61話 対峙する表と裏
ーーとても。
ーーとても。
「静かだな」
氷壁の外。倒すものがいない闘技場ーー当然のように、魔物で溢れていた。
うるさいはずの、目の前の生き物。
けれど、ヴィクトルの耳には届かない。届くのは自分の声だけ。
心はとても凪いでいた。
世界は静かで、音も、色も、感じられなかった。
上の階には結界が。
闘技場の広場は、その奥も飼育場になっているようだ。
「まずは下」
その次は上。動くものは全て綺麗に、片付けてしまおう。
自分の用件は済んだのだ。
出し惜しみすることも、余力を気にすることもないだろう。
氷壁作る時にも感じたが、剣の魔法伝導がとても良い。
普通に魔法を放つより楽かもしれない。
少ない魔力で纏わせた氷の輝きを見て、ヴィクトルは思った。
最初は、普通に魔物を屠ろうと思っていた。
けれど、この剣があれば自分の苦手な、空間への干渉も出来る気がした。
「《ブリザード》」
目の前に剣を構え、静かに唱えた。
イメージするのは、障害物をもろともせず吹き荒れる吹雪。
触れれば生きとし生きるもの全てを、静寂へと還す自然の権化。
ヴィクトルの剣を起点にした吹雪が、魔物を凍結させる。
さらにその奥、出入り口へも吹雪が侵入し、雪に触れた生き物を瞬時に凍らせた。
ヴィクトルの髪、銀だった部分が、どんどんと黒に染まっていく。
魔力消費が大きい証拠だった。
ーーでも、それがどうしたと言うんだ。
魔力が枯渇したなら、次の燃料を使えば良いだけだ。
ピシリ。
何かの壊れる音がする。
ピシリ。
その音に、ヴィクトルが見上げれば。
「はは。番とは実に歪で愉快ですね」
闘技場の結界が壊れ、地下を覆う吹雪が吹き荒れる中に響く。あの男の声がした。
拍手と共に、近くの観客席、その上から見下ろす男。
観客は凍てつき、辺りは静寂に包まれていると言うのに、男は寒さも感じていないようだった。
「彼女が選んだのは、私のようですね」
「……そう思うなら、連れていけ」
クスクスと笑う男に、ヴィクトルは吐き捨てた。
その髪は、ほとんどが黒く変わっている。
「おや。あれほどみっともなく執着されていたのに、よろしいので?」
「それが、彼女の意志ならば」
「……貴方のような壊れても美しい人間は、私の嫌いな分類です」
男はスッと表情を消して、低く言葉を発した。
「……」
「本当に。つまらない壊れ方をなさる」
「……」
ヴィクトルはリークリに背を向ける。
温度のある気配は三つ。ティール、自分、男。なら、ここはもう良いだろうそう踵を返す。
ヴィクトルのやることは、終わった。
どこへ、は分からないけれど、少なくとも、ここには居たくない。
さくさくと、吹雪で出来た雪原を歩く。
「彼女に全てを押しつけて、また逃げるのですね」
ピクリ、黒く染まった耳が音を拾った。
「守らなかった者ほど、相手の"意志"を尊重したがる」
ーーお前が奪ったからだろう。
「彼女頑張っていましたよ。最後まで助けが来ると信じていましたから。
貴方があの日、男だったなら、彼女はこんなに壊れませんでしたよね?」
ーーそう、俺はあの日、間違えた。
「男と言えば……彼女は大変美味でしたよ。
血も、肌も、その声も、顔も。貴方はあの味を、知らなかったようですね」
ーー聞くな。俺にはその資格がない。
「壊れゆく彼女の心は、とても、とても美しかった」
ーー聞くな。戯れ言だ。
「貴方は薄情ですね。
彼女はあんなになるほど、貴方との絆に縋り、純血を守っていたのに。貴方は簡単に切り捨てた」
癒した傷を思い出す。食いしばった牙が唇に刺さり、血が滲む。
「貴方の愛は綺麗で。彼女の愛は穢れてしまって。
ただ、愛されたかっただけなのに……なんとも憐れだ」
たちどまった足は、動かず。ただ、握り絞めた拳から血が滴り、雪に溶ける。
「彼女は堕ちてなお、貴方を信じていましたよ」
ーーっ!お前が!!
振り返ったその先、男はとても愉快そうに笑っていた。
あの手が、口が、目が。彼女をーー。
「お前がっ!」
その瞬間、頭の中が真っ白に吹き飛んだ。
ヴィクトルが叫んで作り出したのは、空を舞う鋭く尖った氷の刃。
迷いなく男へ放ったその刃に、男は逃げることもせず、なぜか愉しそうに笑っていた。
「……あ」
世界がとても、ゆっくりに進む。
色がなかった世界に、目に飛び込んできたのは薄桃の色で。
彼女が駆け寄った先は男の前、氷を見据えて立っていた。
彼女はその氷刃を見て、手を広げて微笑んだ。
怒りで出した氷刃は、ヴィクトルの制御下からは外れていてーー。
「っ!」
ぱたぱたと地面に血が舞い散った。
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Side視点をカクヨムにて加筆しています
また最終話、エピローグも公開中です
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