60話 拾ってくれてありがとう
『今の彼女の状態によっては、無理矢理連れ戻せたとして無事とは限らない』
その師匠が言った意味を理解する。
泣いて、笑って、あの頃のティールは、もういない。
あんな男の言葉に、これほどまでに縛られてしまっている状態で、生きていると言えるのか。
拐われて二日が経ったあの日。
アジトで取り乱した姿を見せたという、あの時だったら……。
あの時迎えに行ったのが、未熟なヴィクトルではなく、師匠だけだったら……。
何事にも一生懸命だったティール。
彼女はそれゆえに、こんなにも傷ついた。
誰を責めて、どうすれば良かったのだろう。
悔やんでも、考えても、分からない。
『考えろ。足掻け。節度を守れ。その時の最善を選び続けろ』
ティールが冒険者になる時に言われた、ギルド長の言葉。
節度の意味を履き違えた自分は、どうしたら良い。
あの時、黒髪の冒険者として。一人の男として、ティールに愛を乞いていたら。
過去に聞いた大人たちの声が響いては、過ぎ去る。もっと耳を傾ければ良かったのか。
ーーああ、でも。まだ出来ることは、ある。
見つめた先の動かない彼女、その足元に目を止めた。
断りを入れてヴィクトルはそっと屈み、足を見る。
ただの足枷のようだ。よく見れば足首が痛まないように、布を噛ましてある。
靴も高いヒールではなく、踵がないタイプ。足枷の配慮かもしれない。
狂気の男は、本当に不必要にティールを害する気は、ないのかもしれない。
計算尽くしで、やり方は狂っているが。
なぜなら、地下闘技場は閉鎖が周知されていた。
結果、催しの一つとして使われたけれど、そこに来たのは、確かにヴィクトルの意志だった。
ティールを奪いに来る者が居なければ、ひっそりとこの地を去っていたかもしれない。
「ティール、その足枷だけ外させて、怖くないよ。外すだけだから、怖いことは起こらない」
地面に突き刺した剣を持ってくる。これ以上、彼女が傷つかないように、そう願いながら話しかけた。
そして剣でそっと足枷を切る。彼女の足に触れないように足枷を回収して、そばを離れた。
ーーこれで自由に。
『それが出来ねぇなら、……彼女を帰せ』
『そして、番の相手であるとされる私の愛する彼女は、私と男のどちらを選ぶのか!』
二つの声が甦る。
彼女に触れた。あと一つ、済ませたら……自分の役目は、終わりで良いかもしれない。
「ティール」
静かに名前を呼んだ。もっと早く呼べば良かったのに。
「俺は、ティール、貴女を愛して……、愛しています」
拒絶されても、揺るぎない変わらない気持ち。
「ずっと、ずっと。拾ってもらった、ただの仔犬の頃から」
助けてもらったと恩を感じた。番に逢えたと心が震えた。
けれどもそれだけじゃなかった。彼女もまた、番だと認識してくれていた。
観察眼を発動させたまま、地下の全貌を見据える。
少し使い方に慣れたのか、氷の向こう、土壁の向こうもよく見渡せた。
「俺は、貴女の唯一で……。俺の唯一はティールでした」
そうしないうちに、軍が、師匠が、来るだろう。
催しに、乗ってやる必要もない。
全て綺麗に、片付けてしまおう。
ーーああ、公爵の気持ちが今なら、分かるかもしれない。
「拾ってくれて、ありがとう」
それは別れの言葉。想いは全て言葉にした。
熱かった胸も目頭も、もう全てが凍てついて。心はとても凪いでいた。
もうヴィクトルには、繋がりがどうなったか分からない。
氷を纏わせた剣を携えて、壁を縦に一線。一人分の通り道を作る。
その先へ、ヴィクトルは歩みだした。
願わくば、彼女が最期に一歩でも、指先だけでも自分の意志で選んで動けますように。
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26.5話
Side視点をカクヨムにて加筆しています
また最終話、エピローグも公開中です
お嬢様、私に拾わせていただけませんか - カクヨム https://kakuyomu.jp/works/822139840765447449




