56話 狂気の幕開け
地下への入り口。その長い階段を下りるのが面倒で、ヴィクトルは階段を凍らせ坂に変え、身体強化をかけて一気に滑り降りた。
「ちっ」
降りた先、天井は広く高く、目の前にはいくつもの屋根付きの長い通路が続いていた。
そのせいで、全貌がいまいち掴めない。
さらに、地下だからだろう、所々に換気の窓があり、遠くでは通路か窓か判別しづらい。
迷路のような手の込んだ造りに、苛立ちをあらわにした。
ただでさえ、繋がりが辿れず居場所が掴みづらいと言うのに。
ーーなんだこの広さは。
《さぁ、皆様。大変お待たせいたしました。閉幕式のメインイベント。その主役が到着したようです》
拡声の魔道具が使われているのか、地下へ入ったばかりのヴィクトルにもよく聞こえる。
忘れもしない、あの男の声がした。
ーー何をするつもりだ。
《皆様、"番"という言葉は馴染みがないでしょう、ですが!
周辺国には獣の耳を持つ人。獣人という種族を代表に、魂で繋がった運命の伴侶とも言える"番"というものが存在します》
ピクリ。
ーーまさか……コイツ。
やろうとしてることの考えが分かり、額に青筋が浮かぶ。
ピクピクとヴィクトルの目元が痙攣した。
《そして先日、私と隣の愛しい彼女。その愛の巣に現れてしまいました。
彼女の番と名乗る男が!》
「……」
ミシ。
剣を持つ手に、力がこもる。
けれど、折れることは無かった。なるほど、ドリィの言うように本当に頑丈らしい。
意識がそれて、ヴィクトルに少し冷静さが戻る。
《一度は愛しい彼女が断って私の手を取ってくれたので、逃げることが出来ました。
が、番と言うものは侮れません。男の執着は恐ろしいものです。私は考えました!》
ーーよく回る……口だな?
ヴィクトルの目がスッと険しくに細められる。
ヴィクトルは獣人ではない。フェンリルの姿から、人に化けれるだけのことだった。
そして今、万全では無いために本来の耳が隠せていないだけ。
相手もそれが分かっていて、あえて注目を集めやすい捏造話を口上としているのだろう。
《男の愛が!この闘技場で、どこまで通用するのか!その愛が果たして、真実なのか!!》
「ぉぉぉおおお!!!」
観客が多いのだろう。野太い声が、騒ぎ立てる声が空間に響き渡る。
大変耳障りではあるが、流れは分かった。
ヴィクトルは、強引に意識を切り替えることにする。
高いところへ行けば少しは、状況が把握出来るだろう。
出し物にしているのだ。陳腐なことは仕掛けて来ないだろう。
逆にそう考えて苛立ちを我慢……出来そうには、なかった。
ヴィクトルは苛立ちをそのまま地面へとぶつけ、通路の屋根ーーそのうちの一つに跳躍して飛び乗った。
とりあえずは、その目玉の闘技場を目指すことにすればいいだろう。
《そして、番の相手であるとされる私の愛する彼女は、私と男のどちらを選ぶのか!》
登った屋根は、そこそこ高い分類だったらしい大まかな造りは見えた。
中央のひらけた場所へと行くほど、凹んでいる周り、地上へと続く階段のあった出入口は、地下では最上階にあたるようだ。
あとはフロアごとにさらに地下へと伸びていく造りのようだ。
「っ!!」
その真ん中、一番深くひらけたところにドレス姿の彼女がいた。
その隣にはやはりというかあの男が。
ニ人の装いは白を基調として合わせたものになっており、その事がさらにヴィクトルの番への意識を煽る。
ーー楽に、済ませてやるものか。
手を出す相手を間違えたこと、後悔させなければならないようだ。
《先ずは彼女への愛を見せてもらいましょう!!》
そう叫んだ男は、闘技場の職員だろうヤツらへなにやら指示している。
《……私の愛しい人。少しの間、頑張れますか?
大丈夫。貴女が動かなければ、なにも怖いことはないですよ。
けれど、しばらく離れる私を許してほしい。終わったらうんと、抱き締めてあげますね》
男の声のトーンが代わり、音声も小さくなる。
それは"愛する女性"に向けての別れの言葉。
それに合わせ、会場の喧騒も静まり返った。
ヴィクトルがしたくても"出来なかったこと"をことごとくしてのけるあの男に、殺意以外の感情はもう沸いてこなかった。
ニ人が離れると、それぞれに応援の声援が贈られている。
男が消え、ティールだけが残された。
ヴィクトルは、感じた異質な魔力にほぼ反射で飛び出していた。自分にとっての脅威を感じ取ったのではない。これはーー。
会場も感じ取ったのだろうか、次の展開に息を呑んでいる。
その静まりかえった空間に、ガシャンと音が大きく響き、現れたのはーー。
ーーっ!狂ってる!!
ティールに狙いを定めた、魔物の群れだった。
3.5話
26.5話
Side視点をカクヨムにて加筆しています
また最終話、エピローグも公開中です
お嬢様、私に拾わせていただけませんか - カクヨム https://kakuyomu.jp/works/822139840765447449




