54話 選べない、選ばない
リークリ登場回、心理操作重めなので作品はR15にさせていただきました。
今話以降、主人公たちのメンタルがさらに重いです
「おはようございます。……また、眠れなかったのですか?」
ノックの音がして扉が開く。
薄暗い室内へと入ってきたリークリが、微笑を浮かべながら声をかけた。
長い髪を無造作に流し、身を起こしたティールは、隈の酷い淀んだ目でそれをじっと見つめ返した。
地下闘技場に来たあの日。
賭けを取り決める前は、朝まで一緒に寝ると言ったこの男。
賭けを取り決めた後、ティールを寝かしつけると隣の執務室へとリークリは距離をおくようになった。
ティールが賭けを、持ち出したから。
真っ暗な室内。一人きりの温もりのないベッド。
孤独を厭うティールは、眠れなくなった。
眠ると黒い何かに呑み込まれそうで。
けれど起きても部屋は暗く、冷たいベッドでは心が休まらなかった。
それを繰り返すうち、ティールは自分から部屋を出られなくなった。
その事もあり、闘技場の案内は実行に移されることはなくなった。
造りが分からなければ、逃げることも出来ない。
部屋の外へ出なければ、逃げる機会も伺えない。
ティールは何も選べないまま、時間だけが過ぎていった。
それでも男は、寝かしつけると隣の執務室へと離れ、朝になると顔を見に来ることを繰り返している。
宣言通り、ティールの壊れるさまを、間近で楽しんでいるのだろう。
「辛いなら、楽になっていいのですよ?」
ティールの前に跪き、リークリは彼女の手を取って優しく言う。
定期的にかけられる問い。彼は都度、ティールに判断を委ねる。
そしてティールが請えば、きっと朝まで一緒に寝てもくれるのだ。
賭けを持ち出したから、リークリは賭けに乗っ取って距離を取った。
ティールの状況を楽しんではいるが、冷たくはない。
「……」
応えないティールに、リークリは笑い朝食に誘う。
動かなければ、抱き上げて席へ連れていくし、拒否すればそっとしてくれるのだ。
朝食の席で食べなければ……。
「困った人ですね。食べないと賭けにもなりませんよ?」
スープを己の口に含んで、口移しでティールに飲ませていた。
移動するための抱っこ。
スープを飲ませるために添える手とキス。
寝かしつけのための添い寝。
そして意思を確認するための手を握る動作。
今、リークリからのスキンシップはこれらに徹底されていた。日中も寝室から出るのを拒めば夜まで現れない。
アジトから馬車までの、恋人のような甘さはなかった。
そしてことある事に、聞くのだ。
『辛いなら、楽になっていい』
これ以上を望むのなら、自分でねだれというように。
口移しで飲み込む朝食を終え、ティールは寝室へ戻された。
暗い部屋に一人きり。暗いのは嫌だけど。明かりで眩しいのも嫌だった。
ベッドの上、身体を丸めてぼんやりする。
いつだったか、賭けの内容を思い出せなくなった。
首にかかっていた重さも、消えていた。
守りたかった、その重さはなんだったっけ?
ーー私は、何をしているのだろう。
スッと、頬を涙が流れ落ちた。
選べない。選ばない。
どこにも行けない。行かない。
ただこの部屋に在るだけ。
「……たい」
このまま、消えていなくなれたら。
楽に、なれたら。
変わらないまま、終われたら。
リークリの手をとらないまま、終われたら……。
誰にも見つからず、消えてしまえたら良いのに。
目を閉じるといつも見える、細い細い糸。
どこに繋がっているのか、なんの意味があるのか、それは分からない。
けれど、いつものようにそれを両手で包むように握りしめて、ティールは真っ暗な闇に意識が呑まれた。
3.5話
26.5話
Side視点をカクヨムにて加筆しています
また最終話、エピローグも公開中です
お嬢様、私に拾わせていただけませんか - カクヨム https://kakuyomu.jp/works/822139840765447449




