53話 朝焼け色をまとって
約束の日、身支度を整えたヴィクトルの部屋に、コンコンコンとノックの音がする。
「どうぞ」
ヴィクトルが声をかければ、現れたのは包みを持ったドリィだった。
その姿は冒険者ギルド職員の服ではなく、動きやすい服装。おさげの髪はポニーテールでまとめられていた。
ーーそういえば、捜索の際に現場復帰したと言っていたか。
「……間にあって、良かった」
ほっとする彼女の目は隈が酷く、赤い。その表情も疲労の色が濃い。今にも倒れそうだ。
「何があった?」
「なにもないわ。ただ貴方に渡したい物があったの。……行くんでしょう?」
その問いに頷けば、彼女は包みをヴィクトルへと差し出した。
「使って。きっと役に立つから……」
「おい!」
包みを受け取ると彼女がバランスを崩し、ヴィクトルはとっさに支えた。
「あはは、歳ね。……貴方、公爵と違って何もないところを起点に氷を出すの、苦手でしょう?
長剣よ。とびきり丈夫なのを選んだから。……氷、まとえるわよ」
あの子の憧れを、とドリィは口にして、息を吐く。体調はかなり悪いのだろう、脂汗が滲んでいた。
「服、暴れたくらいじゃ破けないわ。ある程度各種耐性もつけてもらったから、多少の毒液浴びても弾くわよ。……だから」
ヴィクトルの胸ぐらを力一杯掴んで、ドリィは引き寄せた。
「連れて帰ってきて。……私、あの子に謝りたいの。貴方にも」
「……」
目に涙を貯めて懇願するドリィに、ヴィクトルは無言で、出発のため整えた綺麗なベッドの上にドリィを寝かせた。
着ていた上着を脱ぐと、ドリィの顔に投げて被せた。
手早く着替え、着心地を確認する。スーツでも執事服でもない。
夜を思わせるような濃紺の上下。所々紫で装飾が施されていた。
中のシャツは薄桃色。襟と袖に金と水色の刺繍が施されている。
騎士服や軍服を思わせるようなスッキリとしたデザインには、機能性がみられた。
けれど、どこにも所属を表すようなものはみられない。
そこに込められた意味は……。
ーーティールの色。
彼女の髪、目の色をふんだんに使った戦闘服。
銀に黒混ざる髪に、揺れる銀の耳。
どちらにもなりきれない今の自分にも、その服はよく似合っていた。
腰に剣を差す。華美な装飾などはなく、銀と青の配色。こちらはおそらくヴィクトルの色だろう。
使いなれたナイフではなく長剣の見立ては、おそらく投げれる環境下ではないことを想定している。
彼女の憧れと共に、彼女を確実にその手に掴み、戻ってくるための、武器。
「ありがとう。ご期待に応えるから、安心して休んでくれ」
「ふふ。美形は特ね。なに着ても似合うから」
ギルド長だったら、と軽口を言おうとしてドリィは気を失った。
かなり無理をしたのだろう。
静かに扉を閉め、ヴィクトルは部屋を後にする。すれ違ったメイドに声をかけて、ドリィを頼んだ。
シグラズル私兵の詰所、その建物から出れば、装備の最終チェックなどで周囲は人が行き交っている。
「やぁ、良い感じになったね。良縁が築けていたようで。君達のこれまでが少しは、報われたんじゃなーい?」
「どうでしょう」
師匠の軽口に、力なく笑ってヴィクトルが返せば、師匠の目は上を捉えた。
「それは、出てて良いの?足手まといは要らないよ?」
ヴィクトルの頭上に揺れる二つの三角の耳。色は銀だが輝きは少し鈍い。
髪も銀と黒とが入り交じり、万全と言えないのは本当だった。
だから、否定も肯定もしない。
「俺は、彼女の手を掴みに行くだけです」
決めたことはただ一つ。不器用な自分はそれだけを抱いて前へ進む。
「そ。なら先に行っといで。こちらは軍と合流してから行く。こちらが着くまでに、見つけなさい。
乱戦になるし、こちらが彼女を見つけちゃったら保護になるからね」




