51話 賭け
リークリ登場回、心理操作重めなので作品はR15にさせていただきました。
今回、特に重めな台詞が出てきます
「さ。ここが私の執務室の横、寝室です」
最短ルートで来たのだろう。ティールを抱いて迷いなく、回廊を足早に進んだ姿を思い出す。
リークリはティールを抱いたまま、ベッドに倒れ込んだ。
沈むベッドはふかふかで、倒れた身体は全く痛くなかった。
「ほらふかふかでしょう?水晶姫が好きそうだと思いまして」
「……布団、汚れてしまうわ」
「なら脱がして差し上げましょうか?もしくはお風呂?どちらでもご希望をどうぞ」
ティールが素っ気なく返すと、ニヤニヤと意地悪に笑いリークリはベッドから起き上がる。
そして、ティールを下敷きに馬乗りになり見下ろしてきた。
「汚れたら交換すれば良い。服のまま寝てしまっても良いですし。服を脱いで抱き合えば寒くはないでしょう。
お風呂で汚れを落とすことも可能ですよ、設備がありますので。どうされますか」
すらすらと同じ言葉を繰り返し、ティールに選ばせるように。
「……だったら、そのまま寝っ……!!」
塞がれた口。キスをされたのだとティールは遅れて気づく。
その激しさに、リークリの胸を叩いて反抗する。
「っは……。なに、するのっ、よ」
息もあがって抗議をすれば、リークリは剣呑に目を細めて言う。
「貴女は私の物だ。いつまでもお預けされたら、たまには噛みつきも、したくなりますよ。
私も男だ。全て、可愛い貴女のせいです」
そう言って、彼はスーツの襟を緩めた。
その仕草が、誰かと重なって見えて、ティールにズキリとした痛みを与えた。
「まだ、約束の途中でしょう」
痛みを堪えてティールが言えば、リークリは満足そうに目を細める。
「ええ、……ですが。今の状況は言うなればオプションです。
だったら貴女も私にオプションを。その方が、フェアでしょう?」
「……貴方は、簡単に手に入るものより、賭けの方がお好きでしょう?
約束を見届ける立場なのよ、今の私は。
……だから、見届けるまでの間。ゲームをすればよろしいわ」
「否定はしません。ですが、利益がないものは好みませんね。面白くない」
「なら掛けましょう。私は私の、全てをかけるわ」
「約束が終われば。そもそも私のものなのに?」
おかしな話だと、リークリがくすくすと笑う。
それをティールは真正面から受け止めた。
確かにいるとは約束した。それに伴うであろうという想像がつく数々のことも。
それでも一つ約束の外にあるものが、あった。
「心まで貴方に渡すとは言っーーっ!!」
再び乱暴なキスをされ、ティールが顔を背けて抵抗をする。拘束されていない手が拒絶した。
カシャン、とリークリのメガネが床に落ちる。
リークリが紳士の仮面を脱ぎ捨てて、熱を帯びた目で舌なめずりをした。
手で乱暴にかきあげた髪で、リークリの顔が顕になる。
そのエメラルドの瞳には、泣いているティールが映っている。
ーー彼なら、こんな意に沿わないことしない。
そう思って、さらに涙がこぼれる。
彼って……誰……?
ーー分からないよぉ。
胸を刺す痛みが、またズキリとした。
「ええ、良いでしょう。賭けましょう」
そう言ってリークリは、ティールの涙を舐め取った。
「一生懸命な貴女も、堕ちて歪んだ従順な貴女も。闇を恐れる幼子の貴女も。
何より、壊れゆくままに踠き苦しむ貴女が愛おしい。
私はどんな貴女でも必ず、ものにしてみせましょう」
ティールの散らばった長い髪を、リークリは拾い上げてキスをする。
「馬車ではよく眠れていましたね。
極限状態だった心身から、思考力が幾らか回復したのでしょう?
それでも、貴女は存在自体が、ひどく歪だ」
「……そういう貴方は、それが素なのかしら?」
「いかにも悪らしい」
とティールが言えば。
「それが本職なので」
と彼は笑う。
「私は、貴女ほど歪んでいません。もともと壊れているだけですから。
ああそれと、貴女に薬を使ったのは一度だけです。それも後遺症も残さない優秀なもので、ね」
そこで一度、彼は言葉を切った。
「だから。今の状態は貴女自身が、壊れた結果だ」
リークリの暗い光を宿した瞳が、ティールを見つめる。
「貴女はこれから、どんどん壊れていくでしょう。私はそれを特等席で見させていただきます。
約束ですからね。一緒にいますとも」
額と額をコツンとつけ、一言も聞き逃すなと言わんばかりに、リークリはその艶のある甘い声でハキハキと話す。
「王国の奴らがここに来て、貴女を取り戻せるかどうかにしましょう。
もちろんそれまで、貴女が正気でいられるかも含めて、ね。
辛くなったら、いつでも言ってください。……薬で、助けてあげましょう」
「良いですね?」
とティールの顎を掴んで、リークリはキスを迫る。
ーー拒否権なんて、ないじゃない。
受け入れるしかない口づけは。
今度は、ひどく優しいものだった。
「……いないわ」
ぽつりと溢れたのは、本音だ。
言葉にしたら、溢れてしまった。止まらない。
大切にしてもらった。
お嬢様が望むなら、と聞いてくれた。
けれど、彼から望んでは貰えなかった。
与えられるばかりで。
彼は黙っていなくなるばかり。
寂しいのは自分だけで。
彼は仕事で、自分の庇護をしているに過ぎない。
だって私の籍はまだ公爵家にある。彼は執事だ。
ほしいと言ったのは目の前のリークリだけで。
温もりをくれるのもまた、目の前の彼で。
心の中が黒でグズグズで、誰か分からなくなった彼じゃない。
ズキズキと痛む心が、頭が、悲鳴をあげていて辛い。
止まらない思考が、痛みが辛くて顔を手で覆った。
「"私"を取り戻しに来る人なんて……いない。公爵令嬢として、回収しに来るのよ」
「帰りたくなければ、私のそばにいれば良いのですよ。……私は水晶姫。ただ貴女だけが欲しいのですから」
リークリは頬と首筋をあやすように手で撫でる。
そして首筋のチェーンをチャリともてあそぶ。
いつもなら気づいて、やめさせるはずのティールは、自分のことに精一杯で気づけない。
「私の元まで堕ちてきて下さい」
リークリは微笑みながらチェーンを指で千切り、冒険者証のプレートをティールから引き抜き奪った。




