49話 堕ちきらない
リークリ登場回以降、心理操作重めなので作品はR15にさせていただきました。
「んっ……」
馬車に乗り込んだ途端、リークリはティールの両手を上に固定し、その唇を奪い押し倒した。
「……はっ……はっ」
僅かに上気した頬、乱れた呼吸を繰り返すティールに満足し、リークリは彼女を開放して、業者に出発を告げた。
「……出せ」
走り出した馬車、リークリは息を吐き出した。
『ヴィー……』
彼女が別の男の名を呼ぼうとした。
堕としたはずなのに、足りなかった。
それが、こんなにも腹立たしいとは。
頬から首筋、そしてつけた傷を手の甲でなぞり、リークリはワンピースの胸元へ、その手を伸ばす。
「リークリ、様」
リークリのその手を掴んで、ティールはまっすぐに見つめる。
潤んだアメジストの瞳は、宝石のように美しい。
けれど、まだ完全に堕ちきっていない証拠でもあった。
キスは許しても、その衣服の下に隠された冒険者証のネームプレート、そして純潔は許すつもりがないらしい。
リークリはフッと顔を綻ばせると、彼女を起き上がらせ、後ろから抱きしめる形で座る。
部下とティールが、会話でやり合ったと最初の報告で受けていた。
計り知れない価値もだが、それを己の武器として認識し、粗雑なワンピースを着て凛とする姿は、なかなか肝の座った女だった、と。
箱入りもしくは冷遇された、水晶姫のイメージからはかけ離れた報告で、部下も最初は本人か怪しんだという。
部下があまりに楽しそうに言うものだから、リークリは興味半分で会うことにした。
あの時はまだ、期待外れなら適当にうまく転がしておけば良いと思ったからだ。
それがティールに会ってみれば、どうやって出来たのか分からないあのアンバランスな中身に興味を持った。
退屈を紛らわせるには十分で、頭脳と冷静さを保ったまま、無垢な心を黒く染めてみたくなった。
上に立つ自分が、圧倒的強者に魅せられる滑稽さも存外悪くないと思っている。
「私の水晶姫。どうか私を、置いて行かないでください」
彼女の髪に顔を埋め強く抱き寄せ、リークリがそう頼めば。
「私は、リークリ様と一緒にいます」
リークリの腕に手を添えて、ティールが答えた。
リークリは、ティールの耳元へすり寄り、低く甘い響きを聞かせる。
「ねぇ?約束だよ。さっき言った事後処理。……闇闘技場の幕引きが残ってるんだ。ちゃんと私のそばで見届けて。
君が離れてしまったら……私はまた、悪事に手を染めてしまうかもしれない。
だから。お願いですよ」
そう言って後ろから抱きしめたまま、ティールの顔に手を添える。
後ろへと振り向かせると、彼女はリークリの手に頬すりをしながら、その温もりに身を委ねるように目をつむる。
彼女は顔に手を添えれば、必ず手を添え返し、頬すりをする。温もりを確かめる彼女の一つの癖だ。
「はい。リークリ様」
「ん、いい子」
触れるだけの軽い口づけをする。
すると彼女は目を開いて、リークリを見上げてくる。その唇が僅かに緩む。
これが演技であれば、かなりのものだ。
けれど、彼女はそれに当てはまらないだろう。
愛を求める幼子のように。常に人の温もりを求めていたから。
リークリは目元を和ませて、ティールを見つめ返した。
すると、ティールは再び瞼を閉じた。
これはおねだり、だ。
「……王国も帝国も壊してしまうかもしれません。貴女がいるから、私は踏みとどまれている。けれど」
強く結ばれた番を、引き裂くのは難しい。
不完全な番はその精神が、簡単に歪にねじ曲がる。
そして、番を失えば脆く壊れるものだ。
「貴女がどうしても帰りたい場所があるなら、私は貴女の選択を祝福しますよ。
だから、その時は我慢しないで。教えて?
覚えておいてくださいね」
彼女が望む、キスをあげる。それに応えてくれるティールの頭を優しく撫でながら、リークリは思いを巡らせる。
あの番のなり損ないは、彼女の味も知らないだろう。
リークリの所有印を持つ今の彼女を見て、壊れればいい。
リークリは獲物を狙う目を光らせていた。
あの犬か、冒険者の矜持か。
どちらかを壊せば、彼女が手に入るだろう。
撫でる手でそっとリークリは、ティールの髪を分けて耳を出す。そこに煌めく魔道具のピアス。
手に入らなければ、いっそ壊してしまうのもまた一興だ。




