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【1章完結】お嬢様、私に拾わせていただけませんか  作者: 松平 ちこ
1章

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48話 逆らえない業

「さて。君の何がいけなかったのか、一つ一つ教えてあげようか」


 師匠はヴィクトルの目の前に立ち、彼の手首から仕込みナイフを全て回収する。

 その次は彼の足のナイフを全て。


ーーふむ、ナイフの本数は足りるだろうか?


 先ずはじめは、足の腱からだ。


「一つ、暴走したこと」


 荒れ狂う力に翻弄され、己を制御できなかった。

 薬物に簡単に屈するなんて言い訳にはならない。


「一つ、みっともない獣になりさがったこと」


 ただ叫び、泣きじゃくるなんて無様を晒した。

 それで手を差しのべられるのは幼子までだ。


「一つ、彼女の手を取らなかったこと」


 彼女を前に、迷いと恐怖で手を伸ばさなかった。

 理屈ではない、取らなければいけなかったのに。


「一つ、彼女に想いを伝えなかったこと」


 言葉にすべき想いを伝えず、心に届くわけがない。

 届かない想いは、無いのと同義だ。


「一つ、彼女の側を離れたこと」


 依頼がなんだ、立場がなんだ、そんなのは言い訳でしかない。

 フェンリルの彼は、身体強化をかけて駆ければ、誰よりも速いのだ。


「一つ、自らの力を、周囲を過信したこと」


 世界はとても残酷だ。失ってから気づいても、それでは遅い。



「一つ、彼女を孤独にしたこと」


 それは彼だけのせいでは、決してないけれど。救えるものは、番たる彼しかいなかったのだ。

 彼女はあの日、父ではなく、ヴィクトルを拾い選んだのだから。


「一つ、彼女を害するものを排除しなかったこと」


 立場と権力があっても、それを行使するための努力はしていなかった。

 なにも感じないから、傷つかないわけではないというのに。


「一つ、彼女の心を守らなかったこと」


 歪な彼女を正せるのは、等しく彼女の対になるものだけだった。

 欠けたピースを補い合うのが番だから。優しくするだけが守ることではない。


「一つ、彼女に愛を教えなかったこと」


 ただ唯一の揺るぎない想いを知っていれば、結果はきっと違っただろう。

 甘言に惑わされることも、諦めることもなかったはずだった。


「一つ、彼女の側にいることを、当たり前と享受したこと」


 与えられた居場所に、研鑽の余地がなかったと本当に思うのか。


「一つ、己の心に向き合わなかったこと」


 自分の本質に向き合わず、綺麗事を並べたのは、内にある弱さを恐れたから。


「一つ、彼女に甘えたこと」


 血を与えられて繋いだ命、そのことにすがりついていた。

 彼女もまた、助けを求めてすがりついていたけれど。


「一つ、己の立場に自惚れたこと」


 お嬢様と執事の関係も、番という絶対の呪いも、ただ永遠に続くと思っていたこと。

 彼女が側に居ない世界を、本当の意味で理解していなかったことだろう。


 地面に倒れ、立つことも出来ないヴィクトルに、見下ろす師匠の声が静かに降り注ぐ。


「……まだ足りないよね。それでも、己の業を少しは自覚出来たかい?」


 個が強いものほど、世界への影響は大きく。そして、番に対しても業を背負う。


 シグラズル初代公爵は女。


 人の身で先に老い死に逝くことを、番である龍に生涯愛を囁くのと同じだけ、詫び続けたという。


 女が居なくなっても子供が居る。子供の次は孫が。最初は代わりを務めるだろう。


 そうして代々、女にも龍にも似ない、血が薄まっていく子孫を最後は他人のように見守るのだ。

 番の死後。世界から番の存在が消え去るまで長い時を生きる龍。


 番が死んで、龍が孤独に世界を滅ぼさないように。

 過ごした場所で、途切れることのない唄を初代は作った。

 いつか生まれ変わるその日まで、唄と思い出が龍の正気を保てるように。


 女は生まれ変わる度、龍の番であるようにと魂に盟約をかけた。

 番は生涯に一人だけ。魂が同じなら同じ人だろうと、ねじ曲げた。

残した龍が孤独に苛まれないように。


 それは長い時を生きる、龍の代替わりまで続く。

 龍が死ぬ時、女もまた、やっと役目から開放されるのだ。


 これを呪いと言わず、なんという。

 シグラズルでは、毎日誰かがこの唄を歌う。

 途切れること無く、毎日、毎日。永遠に。


 師匠は暗い目をして、ヴィクトルを見る。

 彼は荒い息を吐いて、変わらず歯を食いしばって耐えていた。


 出来なかったことばかりの不出来な弟子は、地面に転がりながらもなお、みっともなく生きている。

 諦めて苦痛を手離せば、仮初めの番の中でせめてひと思いに、楽にしてやれるのに。



 辺りは、朝日が上り明るくなり始めていた。

 魔物の討伐完了も聞いている。今は残党など周囲警戒中だ。拐われた帝国民の名簿も出来上がるだろう。


「生きる覚悟があるなら、次は手離すなよ……バカ弟子」


 土や砂で薄汚れた銀髪を掴んでヴィクトルの顔をあげさせる。その固く閉ざされた口を強引に開けた。


「痛み分け、にはならないけれど。まぁ腕1本。番の血と一緒に、お前にあげよう」


握った紅い結晶。公爵がヴィクトル用に用意した薬物への特効薬。


それを手ごとヴィクトルの口へねじ込む。

結晶を確実に飲み込むように。


「お前が、どーしてもダメだったら。まぁ師匠だからね。終わらせてあげよう」


結晶を飲み込んで、疲労の滲む顔で眠る青年に、かつての仔犬を重ねて、師匠は嘆息しながら頭を撫でた。

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