47話 師匠とバカ弟子
「やぁ。それにしてもやっぱり、番に優るものはないですね。久しぶりに使うけど。効くことだ」
唸るだけで動けないヴィクトルに、師匠はにこにこしている。
初めて使ったのはいつだったか、ティールの透き通る髪と幾つかの魔物素材を使って、公爵が作った躾の魔道具。
当時、教育しろと言われても、番と離したら、番犬になるどころか狂犬にしかならないかった。
いくら小さいとは言っても、無理があると公爵に抗議したら、持って来たのがこれだった。
使いだしの頃は、意志疎通が出来るまで、首にリボンとして結んであげたものだ。
長さがとにかく長いので、大きなリボンが出来て、ラッピングされてるぬいぐるみのようで面白かった。
女の子なら可愛いのに男の子なのだから、笑うしか無い。
本人は動けないから、笑いたい放題である。
慣れてきた頃は、力のコントロールの為、手首に巻いたまま、身一つで魔物蔓延る谷に突き落としたこともある。
谷から出てきた時、自分はぼろぼろなのに、リボンには傷一つ無いのだ。
番が呪いだと言われる理由の検証に、大いに貢献してくれた、と思う。
「先ずはその過ぎた装飾品、外そうか」
切りすぎないように、スッと師匠が剣を払う。
小さく乾いた音がして、ヴィクトルの足元を赤が染めあげていく。
地面に転がったリングを掴み、師匠は傷がないか確かめた。
そのリング穴越し、髪が銀髪に戻ったヴィクトルに声をかけた。
「ほら、聞こえてるかい?手を離しなさい。……汚れるよ?」
何が。とは師匠は言わなかった。
聞こえたからか、切ったからか、どちらかは分からないが、ヴィクトルの唇を噛む動作で、伝えたいことは伝わったと判断する。
強化分の負担は減ったはずだが、抑えるにはまだ、力及ばずらしい。
ーーあーあ。あんなに噛んじゃって。
「自制出来ないかい?それは辛いねぇ。まぁ後で、幾らでもポーションはかけてあげるよ」
ヴィクトルから漏れる魔力の威圧が、周囲に集まりつつある魔物の暴走抑制に、ひと役買うだろうと師匠は予想していた。
回りを見て、その予想が確信へと変わる。
魔物は、普段より動きが鈍いくらいだった。本能が上位種であるヴィクトルを畏れて動けないのだ。
今回連れてきたのは国の軍ではなく公爵の私兵。
ヴィクトルの威圧程度、公爵に比べれば可愛いものだ。
慣れている兵達の動きに、制限は無い。
ーーまぁ動けない者が居たら、訓練の見直しをしなきゃいけないからね。
このまま行けば救助と討伐に、それほど時間は取られないだろう。
それまでバカ弟子はこのままだ。ついでにしっかりと教育を施しておこう。
徐々に力を削いで、自制を鍛えさせる。
強い力を持つのなら、それなりに制御してもらわないと凡人に皺寄せがくるのだ。
ーー自然災害級は、一人で良いんだよね。
彼を自然災害と例えず、かっこいいとか優しいとか、理解不能なことを言うのは亡き夫人一人だけ。
言葉足らずで、ただひたすらに憧れて、好きだと慕うのは愛娘一人だけ。
そのニ人しか大切じゃなかったが為に、自然災害というあだ名が誕生してしまった。
胃薬が友達とか勘弁したい。ホントに。
次代はおそらく目の前の仔犬。今のうちから言い聞かせておかないと。
「ああ、手が動かせないなら、フェンリルに戻るかい?
四つん這いにでもなれば、もしかしたら汚れなくて済むかもよ。……まぁ伏せちゃったら意味ないだろうけどね」
大事な番の一部が、織り込まれた帯。
守りたいなら、それしきの薬物に屈すること無く立ち上がれ。
ティールを連れていった男。身なりからして、実力者だろう。
自分の固有魔法ーー鑑定眼で見ても、ティールに洗脳が使われた痕跡が無かった。
あの男が"遮った"のは一度だけ。
最後の"仔犬"に反応したティールに対しての一度のみ。
それ以外は全て、ティール意志による行動だ。
公爵が娘の望む先を邪魔することはない。それが例え、どんなに間違っていたとしても。
ーーバカ弟子、勝てなければ、その先は地獄だぞ。




