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【1章完結】お嬢様、私に拾わせていただけませんか  作者: 松平 ちこ
1章

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45話 ごめんなさい

『ーー』


 微かな声と匂いを感じた気がして、ヴィクトルは師匠の歩く先を見た。

 何も見えないはずの彼方。けれども、ふわりと香る彼女の匂い。

 その瞳から、一筋の雫が溢れた。


「ーーっ」


 途絶えた繋がりが、一瞬、繋がった。

 それが錯覚かと思うほど、再び途絶えたと思ったら……。


 まるで細い、細い糸のように繋がっていて、少しの風でも切れてしまうような、そんなあるかないかも分からない儚い糸。


 それでも繋がっていると、ヴィクトルは感じた。


 立ち止まったヴィクトルに気付き、師匠は振り返る。


「ーーああ、"見つかった"かい?」


「……はい」


「じゃあ、ちゃんと迎えに行きなさい」


 師匠が片手を上げた。それを合図に、ヴィクトルは身体強化で疾走する。向かうのは、繋がりの先。




「お嬢様!!」


 風になびく薄桃の髪、その後ろ姿を捉え、ヴィクトルは迷わず声を張り上げた。

 記憶にある彼女は、朝焼けの青から薄桃へとグラデーションした髪で肩につく長さだった。


 髪の長さに違和感はあれど、自分は間違えない。


「ああ。待っていましたよ。……待ちくたびれて。とても、とても有意義な出逢いと時間を、過ごせました。

貴方には、感謝申し上げます」


 にこりと笑う嫌なほど耳に心地よく届く声音の男。

 しっかりと見れば、彼女の横、肩に腕を回して見せつけるように抱き締めている。


「ーーっ!!」


 ブワリとヴィクトルを中心に冷気が爆発する。抑えられない怒りがこみ上げた。

 それをあの男にぶつけられたら、どんなに良いか。


 あの距離ではお嬢様まで傷つけてしまう。

防御のネックレスがあれば良いが、彼女の状態が分からなくては動けない。


 何より、無傷で済むと思っても彼女に向けて、ヴィクトルは攻撃は出来ない。


「お嬢様から離れろっ!」


「嫌ですよ。離したとたん噛みつくのでしょう?ああ、怖い。……それに彼女はもう、私の物ですよ」


 くすくすと笑う男が、憎らしい。

 腹が立つことはあっても、ここまでの激情をヴィクトルは抱いたことが無い。


「ねえ、"水晶姫"。彼は自分が捨てられたことに気が付いて無いようです。

憐れですね。君が誰の物か……教えてあげてはどうでしょう?」


 男はこちらが手を出せないと知って、ティールの肩を抱き寄せたまま無防備に背中を晒し続けている。

 そして、ティールの顔を覗くように前へ屈み、その耳元へ話しかけていた。


ーーやめろ。やめろ。やめろ!その人は、お前が触れて良い人じゃないっ!


「はい。リークリ様」


「……お、嬢様」


 温度の無い透き通る声。男と共に振り返った彼女は、色の無い瞳で、薄く微笑する。

 着ているドレスは、自分が見たこともないもので。

 感情を封じられた頃の、"水晶姫"そのままの彼女がそこにいたーー。


 目が合っているはずなのに、彼女の瞳に自分が映っていない。

 彼女は何も、見ていない。


「ごめんなさいね、私。リークリ様と一緒に行くわ」


 頬に手を当て、こてんと首を傾げる彼女の張り付いた微笑は、作り物の人形のそれだった。


「……ティー、ル」


 カラカラに乾いた喉。音を振り絞って出せば、なんて頼りない、声。


「……待って……」


 そろそろと、ヴィクトルは手を伸ばす。


「ごめんなさい」


 彼女は、ただ静かに微笑むだけで。


「行かない、で……」


 手を伸ばしても、届かない。こんなに距離があるのだから、当然だ。


 では、足は?なぜ彼女の元へ行かないのだ。


 相手は丸腰だ。

 いつものように彼女の側に駆け寄って、背に庇って、守れば良い。


「私。リークリ様と行くの」


 繰り返し言う彼女は、自分ではない別の男の名を紡ぐ。

 いつものように、自分の名を呼んで、笑いかけてはくれない。


 "ごめんなさい"と他でもない彼女が、自分を否定する。


 その隣。彼女の傍らにいる男が、暗く嗤っている。




『狩られるのは一瞬だ。……狙う側には、理由なんて要らねぇぞ』


 視界が滲む。彼女の姿が滲んで霞む。

 ギルド長の言葉が、耳に甦る。




『あの……今の私、その、実はね。……ちょっと、冒険者になってみたいと思ってたの!』


 そう言ったのは、無邪気な彼女自身で。




『あら、許されるかどうかが重要かしら?それを受け取るかどうかは相手が決めることよぉ』


 ドリィは、忠告してきていた。




『考えろ。足掻け。節度を守れ。その時の最善を選び続けろ。それが出来ねぇなら、……彼女を帰せ』


 ティールが魔力を暴走起こしたあの日、公爵家に、もしくは公爵領に戻っていれば、こんなことにはならなかったのか?


 ただのお嬢様と執事だったなら、こんな、ことには……。




「ぁあああああああああ!!!」


 ヴィクトルは頭を抱え、咆哮する。


 身の内、言い知れない力が暴れまわるのを感じる。

 抑えられない激情が溢れ出す。

 止められない。止まらないーー。




「どうですか?"番"を奪われるお気持ちは?」




 まとわりつくような甘さの声音で、男の声が耳にこびりつく。


『あら探しするヤツはいろいろと探り当てるだろう』


 ギルド長の言葉が、自分の咆哮に呑まれて消えたーー。

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