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【2章完結】お嬢様、私に拾わせていただけませんか  作者: 松平 ちこ
1章

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43話 価値ある選択

「お気遣いありがとうございました」


「お口に合いましたか、水晶姫?」


「……ええ。とても美味しかったですわ」


 まだ顔は火照っている気がするが、小腹が満たされて、ティールは少し平静を取り戻した。


 今のところ不調は無い。速効性の毒で無いのは確かだった。


ーー遅効性も捨てきれないなぁ。


「失礼、口元にクッキーが」


 思考が横にずれていたティールの口元に、リークリが指を伸ばしてクッキーのカスを拭い取った。

 ハンカチで指先を拭いながら、リークリは反応を楽しむように微笑む。


「なっ!」


「良かった。水晶姫の笑顔が見れて、私も嬉しくなります」


 リークリは何事も無かったように、静かに紅茶を飲んでいる。

 けれどその口元は僅かに笑みを浮かべていた。


 ティールはやっと落ち着いた朱の頬が、再び熱を持ち始めた。

 赤面した顔を隠すように、ティールは思わず目を反らす。


ーー心が乱されるのは、ヴィクトルに似てるからだわ。


 話し方や仕草、紳士然たるリークリの姿は、かつてヴィクトルがティールに向けていたものと、あまりにもよく似ていた。

 錯覚してしまうほどに。


 テーブルの下、ギュッと両手を握りしめて、ティールは意思を新たに話題を切り出した。


「……リークリ様は、私の価値を正しく見いだしてくださったのよね?どうなさるつもりなのか、お聞きしても?」


 僅かに上ずった声。羞恥を通り越し、ティールは逆に冷静になれた。


「ああ。彼らに何を吹き込まれたのかは存じませんが、私は貴女に危害を加えるつもりはありませんよ。

彼らは少し野蛮で。私も手を焼いているのです。

貴女とは公的な場で出逢えていれば、是非お近づきにと、私は常々思っていたのですから」


ーー公爵令嬢が出席する場に出られる立場?いいえ、むしろ出られなかったと見るべきね。


「冷遇されていた貴女に、心を痛めておりました。長い間、貴女は孤独を耐え抜いた。

亡命もさぞ大変だったことでしょう」


 そう痛ましい顔をするリークリに、ティールは警戒心をあげる。


ーーあの男から、私のことをちゃんと聞いてるのね。


「冒険者ギルドでは、よくしていただきましてよ?ご心配ならさずとも、とても有意義に過ごしていたわ」


 にっこりと笑ってティールは線引きをした。

 短い時間ではあったけれど、あの日々は自分にとってかけがえの無い宝物だ。

 貶されてたまるか。


「そうですか……。では、先ほどの質問ですが。私は貴女が欲しい。

貴女にはその価値に見合う安全で快適な暮らしを、お約束しますよ」


 リークリはテーブルの上で手を組み、こちらを伺うように見つめてきた。


 その視線に、ティールの鼓動がドキリとはね、スッと視線をそらしてしまう。


ーー似てるだけなのに、どうしてこんなにドキドキするの……。


 邪念を払いティールは、意を決して口にする。


「私だけ安全では意味がございませんわ。私、見ましたもの。

たくさんの人達を拐ってきたでしょう?彼らを解放してくださる?」


ーーストレート!駆け引きしてない……。私、すごく動揺してるじゃない。もう!


 心の中で、涙を流したい気分のティールである。


「……ああ。彼らが連れてきた人達ですか?ええ。それで貴女が、私の元に来てくれるなら喜んで家へ帰しましょう」


「……」


ーーえ?良いの?


「おや?お気に召しませんか?では、今後一切の人身売買事業からの撤退をお約束します。人攫いを含め、いたしません。

貴女が私の元に来てくれるのであれば」


 無言を否定と受け取ったリークリは、ティールの予想以上に、かなりの好条件を出してきた。

 裏を感じさせない、人当たりの良い笑みを浮かべるリークリ。


ーー私に、そこまでの価値が?何を求めているの?


 リークリに見つめられると、ティールはドキドキして、思考がまとまらない。


 どうしたらいい?と悩んでいると、リークリがうちポケットからメモ用紙を取り出し、サラサラと書き綴った。


「読んでいただいて構いません。貴女が私の元に来てくれるなら、この紙を彼らに渡して即お約束を果たして見せましょう」


 その紙には、彼らに連れ去られた人々の即解放と、人攫いを含めた人身売買事業の即時撤退がリークリの名で指示されていた。


「ああ、それと。水晶姫に恥じぬよう、貴女が見た部屋の魔物達、あれらも適切に処理して、今後手を引きましょう。

望むなら王国と帝国から手を引くのも良いですね。貴女と2人、他国に行くのも悪くないでしょう」


 それはあまりにも誠実で、疑う余地もない、彼の言動の現れだった。

 面と向かって、そこまで求められたのは初めてで、ティールは一瞬言葉を失った。


 息を吸い込み、視線を上げる。

 リークリの瞳が静かに、しかし確かに自分を捉え微笑んでいた。


 その瞬間、胸の奥で何かがゆっくりほどけていく。

 抗おうとすればするほど、理性がリークリの誠実さに溶かされていくような、不可抗力の感覚。


ーー私の選択。……これで、良いんだよね。


 そう思わせている時点で、もう彼の掌の上だと、ティールは気づかないまま。


『私は貴女が欲しい』


 ずっと誰かにそう言って欲しかったのかもしれない。

 心の奥では、自分が徐々に引き込まれていく感覚があった。いつかは全て、呑まれてしまうのかもしれない。


 心に空いた穴が長い不安と疑念ごと、温かく異質な黒に満たされ、いつの間にか抗えないものに変わっていた。

 そこに一筋の光を残して……。




 こくりと頷いたティールに、リークリは手を伸ばして頬に触れる。

 すり、とティールはそこに頬擦りをした。


 ティールを見つめる目を細めて笑うリークリには、微かに計算と執着の影が混ざり、温かさの裏に冷たさを潜ませていた。


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