42話 甘味の罠
「これで良かったのかなぁ」
ポツリと溢したのは、ティールの本音。
達成感はあるけれど、状況が何一つ分からない。
部屋の人たちを助ける手段になったとは、言えないからだ。
ティールは先ほど対峙した男に、別の部屋へと案内された。
今いるここは、床にはカーペットが敷かれ、テーブルと椅子もある。隅に、香炉も炊かれていた。
ティールは悩んだ末に椅子に腰かけて、今は頬杖をついている。
明らかに、先ほどまでの建物とは雰囲気が違った。
そして少し前、目の前にティーセット、そして部屋の脇には着替えが置かれていた。清拭用のタオルとお湯もある。
さすがに上等なドレスとはいかないが、それでも質の良いワンピースだった。
ーー男よりも強敵だわ!
淹れたてのお茶はいい香りで、クッキーも色とりどりで可愛らしい。
空腹のティールには、誘惑が耐えきれない。手で顔を覆って、目の前の誘惑を見ないようにする。
だって、と思い出す。
お酒にもお菓子にも薬物が出回っていると聞いているのだ。
怪しい場所で怪しい物を出されて食べたら、それこそ冒険者として失格だと思う。
ーーそして冒頭に戻る。
これで良かったのか、自分一人だけなら良くなったのだろうが、現状、不自然すぎて分からない。
ティーセットから目を背けて、足をぷらぷらと揺らして、ティールは現実逃避をしているのである。
コンコンコン。
ノックの音が響き、返事を待たずにドアが開く。
汚れの無い革靴を履いた、見るからに仕立ての良いワインレッドのスーツを着た、少し癖のある茶髪に眼鏡の男が現れた。
眼鏡は色グラスになっており、目元で表情は読めなさそうだ。
「おや?お詫びの品は、お気に召しませんでしたか?」
ーー来たわね。
「はじめまして。オルド王国シグラズル公爵家の令嬢、水晶姫と申します。
どうぞよろしくお願いいたしますわ」
椅子から立ち上がり、優雅にカーテシーをする。
「私の身分とこの私の存在が、どのように貴方様のお役に立てるか。
ご判断いただければ幸いですわ」
「……噂は噂ですね。本物の水晶姫は実に、聡明でお美しい。
人形よりもよほど魅力的です。私こそお近づきの栄誉を賜り恐悦至極に存じます。
私のことは、リークリとお呼びくだされば」
リークリと名乗る男はティールの前に来ると手を取って軽いキスをした。
そのまま椅子にエスコートされる。
リークリが向かいに座ると、新しいポットとカップが二つ、テーブルに置かれる。
下働きが古いポットを回収して下がった。
部屋には、ティールとリークリ二人だけになる。
「これらはお詫びの品ですよ。毒など入ってませんから安心して、お召し上がりになってください」
リークリは微笑み、カップに紅茶を注いでサーブしてくる。
ティールはそれを、じっとリークリを見つめていた。
「それは難しい話ですわ……。私は人攫いにあったのですもの。それに最近は、色々と物騒ですものね?」
「はは。それは耳が痛い話ですね。……では、失礼」
「っ!」
リークリはテーブルにあるクッキーの皿から、一枚を取り出し、半分に割ると片方を自分の口へ、もう片方をティールの口へと強引に差し入れた。
さらに、リークリはクッキーを咀嚼したあと、紅茶を飲み干して見せた。
「……少し無作法で、公爵令嬢にはお見苦しいところをお見せしました。ですが、毒は無いと断言しましょう」
ーークッキー。……美味しい。
口に入ってしまったクッキーを吐き出すことも出来ず、ティールは食べてしまった。
そして空腹のところにいきなり来た甘味で、お腹がきゅうっと鳴った。
「……っ!?」
顔がボッと熱くなり、赤面して、ティールはお腹を抱えて俯いた。
ーー恥ずかしい。
相手は気を許しちゃダメなのよ!
主導権取られちゃダメなのよ!!
「何も食べてなかったのですから、恥ずべきことではありませんよ。
その点、本当に失礼しました。まだお疑いでしたら、こちらのクッキー全て。
半分に割ってお互いに食べるということでも、私は構いませんよ」
くすくすと笑いを堪えつつ、リークリはクッキーを半分に割っては、ペロリと食べた。
ティールは開きなおって、カップの紅茶を飲み干すとクッキーを半分取って食べた。
その姿を目を細めて、リークリは見つめていた。




