39話 矜持の行方
「ここで待ってろ。檻には近寄るなよ」
ガチャンと扉を閉められれば、ふぅとティール息を吐き出した。
「……怖かったぁぁぁあ」
声が漏れるけど、許してほしい。
さっきの粗雑な扉と違い重厚な鉄扉だ。
少しくらい声を出しても、外へは届かないだろう。
ティールが自己紹介してみれば、男たちはかなり困惑していた。お互いが顔を見合せ、意見を言い合う。
その様子をティールは、ただ微笑んで待っていた。
結果、上に取り次ぐとし、近くのこの部屋に押し込んだのだ。
魔法が満足に使えず非力な時点で、助けを呼ぶための脱出は、ほぼ奇跡だろうとティールは思っていた。
ーーあの部屋であのまま待って、受け身になるの、悪手だよねぇ。
相手に主導権を与えたら不利になる。それは社交に置いての貴族の常識だ。社交は心理戦。
見つかった場合は、貴族令嬢として場を引っ掻き回して、時間を稼ぐことを優先する。そう、決めていた。
泣いてか弱い女として騒げば、価値が落ちる。
ーー次に、扉が開いたら、私は公爵令嬢よ。
もにもに、と頬を揉んでほぐす。
顔が強張れば、うまく笑えない。
ーー引っ掻き回して……、さらに情報も得られたらなぁ。
自分の価値を最大限、相手に魅せることが出来れば、冒険者として最後に、役に立てるのではないだろうか。
「そう言えば、檻って何が入ってるの?」
薄暗くて良く見えない。近づけば、もう少し見えるだろう。
人身売買だから人か?それとも希少動物か?などと辺りをつける。
そっと近づいて見てみると、手前の檻には丸まったボディがあった。そして見覚えのある角が見える。
「……角兎?」
ーーえ。魔物?
しかも、丸まった体が上下しているのを見ると、生きているのだろう。
「……あ」
ガチャガチャと音が聞こえ、ティールは慌てて入り口に立つ。
「こい、ボスがお待ちだ」
先ほどの男たちではない、少し身なりが整った別の男が扉を開けた。
ーーあ、居た。
居ないと思ったら、男の背にさっきの2人が居た。
服装を比べると、例えるなら雑用と下級役人くらいか。
ティールは、スッと役人風の男へと左手を差し出した。
男は、ピクリと眉をあげる。その視線はティールの小指の魔道具を見ている。
「その手は、なんだ?」
「あら?エスコートしてくれるのでございましょう?」
「……は、いいタマした女だな。どうぞ?お嬢様」
とぼけて見せると、男は少し間があったものの乗ってきた。
微笑みながら男の手を取り、ティールは歩きだした。
これは攻撃系でも防御系でもなんでもない、ただの魔力制御用の魔道具のリング。
ーーでもブラフにはなるし、ただの生娘が持つ物でもない。
階段を上り、少し歩いた先で、男が扉を開け中へと促した。
部屋へと1歩入りその中央、椅子に座る男を見る。
その身なり、姿勢を瞬時に判断し、部屋には入らなかった。
すぐ後ろを振り返り、エスコートした男をティールは見た。
「ねぇ。部屋を間違えたのでございましょう?」
「ほう?」
ティールの問いに返したのは、部屋の中にいる男だ。
ーーさぁ。胸を張って。姿勢をまっすぐに。……やるわよ。
人知れず息を吸って吐き、長い髪が映えるように振り返って、ティールは男をまっすぐに見つめた。
「あの、だってそうでございましょう?貴方様の身なりは綺麗ですけれど、それだけですわ。
どう見てもボスの下に見受けられます。私は、ボスの元に案内されるはずでございましょう?」
ーー笑え。弱さも怖さも、全部あとでいいの。私はまだ憧れの冒険者なんだ。
そうティールは自分に言い聞かせ、男へ向けて小さく微笑した。
「質素なボスで悪いか?」
ーー嘘。真っ先にお金かけるわよ。貴族は見た目が大事なんだから。
部屋の男、こちらを面白そうに品定めする目をしている。身なりからしておそらくボスの下、右腕辺りだろう。
ティールは、そう判断した。
たくさんの人を拐い、魔物を生きたまま捕まえている男の身なりが、質素なわけがない。
現に、最初に遭遇したのは粗雑な服装の下働きで、次は幾分か上等な役人風。
目の前の男はさらに質が上がった。順に上がってるのは、その証拠だ。
そして目の前の男のそれは、それに見合うほどトップの上質さとはいえない。
対する今の自分は、ただの寝間着のワンピース。
上等なドレスもコルセットもない。足の震えはすぐにバレてしまう。意識して足に力を入れている状態。
それでも、相手は私を試してきた。自分は土俵に立てている。
「悪くはございませんわ。けれども、貴族相手にそれが通用するとお思いでしたら、少々お甘いようですわね」
ーーさあ、主導権の奪い合いを始めましょう?




