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【2章完結】お嬢様、私に拾わせていただけませんか  作者: 松平 ちこ
1章

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37話 憧れた冒険者

「やぁ。遅かったね」


「……っ!し、師匠」


 滴る汗を拭き、呼吸を整えながら辿り着いたオルドの港町。


 その入り口に、スラリとした長身の赤茶の髪の男が立っていた。

 普段身にまとっている軍服ではなく、マントの下はシャツにズボンのラフな姿。


「やー。あんまりにも遅いと、先に行こうかなって思ったよ」


「……」


 飄々とした口振りとは裏腹に目は笑っておらず、こちらを見定めているような顔つきだ。


「久しく会ってなかったけど。……悪くはないね。うん。連れてってあげよう。

それにしても、相変わらず容赦ないねぇ。それ、痛くなーい?」


 それと師匠が指したのは、右親指のリングだ。肉はとうに焼け焦げ、血は止まっていた。

 骨を溶かすほどではなかったらしく、今は静かなものだった。


「……痛みはもう、ありません。支障も無いので、お構いなく」


「そ。ならいーや。泣きつくなら、切ってくっつけようかと思ったけど。ポーションもったいないしね。あ、休憩要らないよね?」


「行けます」


 汗を拭い乱れた呼吸を抑え、ヴィクトルが返事をする。

 師匠は満足げに頷き、先を歩きだした。




 店じまいを始める通り、その中を歩く二つの影。流れの冒険者に紛れる装いだった。

 先を歩く師匠に、ヴィクトルは声をかけた。


「師匠、なんで……」


「君の手に余るから。ま、事後処理要員だね。ここは王国。帝国につけ入る隙はあげないよ。むしろ"貸し"に持ち込むためさ」


 スッと目を細めた師匠は、マントから衿の記章を見せた。冒険者としてではなく、国として処理するつもりらしい。


「君もその姿だ。ーー公爵家の犬として動くといい」


 師匠は、黒髪に執事服のヴィクトルに提案する。


「ああ、君の成長ぶりを見たいから好きに動くといい。公爵令嬢は譲ろう。他は、私が引き受けさせてもらうよ」


 それはヴィクトルにとっても、ありがたい。拒否権は無いが、断る理由もヴィクトルにはなかった。


「そうだ。君の持つ情報も活用させてもらうよ。……しかし、これほど手際が悪くてご令嬢を危険に晒すとは。

私の教育不足を否めないね。あの人の機嫌、少しは治るといいけど」


 師匠は冷ややかな目で振り返り、その口角をわずかに上げた。

 ヴィクトルは、思わず背筋に寒気を感じ、ゴクリと喉を鳴らした。




◇◆◇◆◇◆◇




「……っ」


 嗅いだことの無い潮の匂い。

 頭痛に顔を歪めて、ティールは目を覚ます。

 頬にざりっとした砂の感覚がある。辺りは闇に包まれている。


ーーここは、どこ?


 暗闇に目が慣れると、自分の他、倒れている人々を見つけた。


 起き上がろうとして、べしゃりと地面に転ぶ。

 暗くてよく見えないが、足を怪我しているようだった。

 痛みもなく、それどころか足の感覚も無い。

 違和感に恐怖を覚え、ティールはそこでようやく思い出す。


ーー窓から、落ちて。


 自分の意思と関係なく、身体が勝手に動き、そしてとった行動を思い出した。

 当時の怖さが胸をよぎり、ぎゅっと自分を抱き締めた。


 チャリと擦れる音がしたその胸元、ペンダントを見る。

 装飾の宝石がほとんど壊れて濁り、ぼろぼろになっていた。

 渡された時、身を守るものだとヴィクトルに教えられた。


 ろくな受け身も体勢もとらず、三階から落ちた。けれど、足以外は怪我をしていないと思う。

 きっと落ちた時に身代わりになったのだろう。もしくは、操られそうになった時か。


 そして庇いきれなかった足の怪我が酷いのは、操られた身体が庇うことなく、歩きだしたせいだろうか。


ーーあれからどうなったのか、覚えてないわ。


 けれども今は、自分の意思で動けるのだ。

 その事がなによりも嬉しく、ティールを安心させた。

 どれくらい時間が経ったか分からない、けれど朝にはドリィやギルド長が気付くはずだ。


ーーきっと、来てくれる。


 ずっと会えてないけれど、そんな確信があった。

 胸の奥、ぽかりと空いた穴に一つ何かの繋がりを感じる気がする。とても温かい何かを。


 だから自分は、大丈夫。


 だとしたら、ティールのやることは一つ。目の前の人たちを助けなければ。


 上半身だけ僅かに浮かせ、回りを見るとたくさんの人がいた。

 ティールの他、起きている人はいない。


 どこかの部屋なのだろう、離れたところに扉も見えた。窓はなく、石と土の壁だった。

 建物かもしかすると洞窟なのかもしれない。


「足、なんとかしなくちゃ」


 動けなければ、何も出来ない。


 でも自分の格好は普段着ではなく、寝間着のワンピース姿だ。ポーションなど持ってるはずも無い。


ーー魔法はイメージ。


 事務仕事の傍ら、ドリィやギルド長が魔法の基礎知識の勉強をしてくれた。

 薬草採取の頃より、うまく扱えるようになったと自分でも思う。


 治癒魔法が存在するとは、知識としてある。けれどその仕組みは、分からない。

 ポーションは、怪我の部位にのみ作用する。自然回復力を助けて、傷を治すのだ。


 その考えを応用出来ないかと、ティールは思案する。

 足の状態が分からないので、どこをどう治すイメージをしたらいいか、分からない。困った。


ーー身体の時間を、加速する?


 時間を巻き戻す、怪我をする前に戻す、はうまくイメージが出来ない。


 けれど、切った髪が伸びるように。子供が大人になるように。

 成長を早めてしまうのは、出来そうではないだろうか。


 本のページをゆっくりから眺める行為から、パラパラと早くめくるように。


「うん。……出来る」


 怪我が治るように。祈るように手を組んで、魔力を巡らせる。

 血の流れを速く。胸の鼓動を速く。


「……ぐ、ぅう!!」


 皮膚の下、何かが脈打ち、骨が軋むような感覚がする。

 急な成長速度に身体が悲鳴を上げて、激痛が襲う。ティールは歯を食いしばってそれに耐える。


ーー止めない。辞めない。


 ティールの憧れた冒険者。


 強くて、優しい冒険者。


 それはきっと、こんなところで無力に打ちひしがれたりしない。


 女の子のそばに居たいから、氷の剣を作れるようになった。

 お話をたくさん届けるために、たくさんの人を救った。

 それはきっと、とても頑張ったのだ。


 ティールはそれに、憧れたから。


 足の感覚が戻り、ズキズキとした痛みを通りすぎて、薄桃の髪が腰の長さを越えた頃。


「みんな、助けな……」


 ティールは力尽きて、再び眠るように意識が闇に落ちた。

 閉じる瞼、視界に最後に映ったのは、己の長い髪。


 夜明けの髪は色褪せ、ローズクオーツを思わせる公爵令嬢ーー水晶姫のティールが、そこに居た。

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