32話 忍び寄る音
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お嬢様、私に拾わせていただけませんか - カクヨム https://kakuyomu.jp/works/822139840765447449
「ふー」
子守唄の謎が解けた後、ティールは残りの仕事を終わらせた。宿舎の自室で、ごろんとベッドに寝転がる。最近の習慣だった。
見慣れてしまった天井を見て、ティールはぼんやりとする。
「いつ」
いつ帰ってくる。その呟きは、音にならなかった。
1人になると考えてしまうのは、ヴィクトルのこと。依頼が1つ片付いた、そうギルド長に聞いたのは、何日も前。
ドリィやギルド長と毎日会って話してる。仕事も手伝わせてもらってる。充実しているはずなのに。
モヤモヤと広がるわだかまりに、布団をぎゅっと胸に抱える。
視線の先では、連れ帰った木彫りの子犬がベッドに同じく転がっている。
「そう言えば昔、黒い子犬を拾ったわ」
思い出して言えば、ティールの霞がかった記憶が鮮明になる。木彫りの子犬が、あの時の子犬と重なった。
「ぐったりしてたから、連れて帰ったのよね」
お父様が公爵位を継ぐ前、領地の別邸に住んでた頃だ。何かに呼ばれるように歩いた先で子犬を見つけた。
あの時はなぜか、そうしなければと強く思って子犬の口に指を入れて噛ませた。
メイドと護衛騎士に、かなり怒られた記憶がある。獣につけられた傷は、危ないのだと。念入りに手当てされ、傷跡は残らなかったが。
かなり駄々をこねて、子犬を手ずから洗い、元気になるようにと、付き添ってたように思う。
子犬はそのうち、居なくなっていた。
探し回って、それでも居なくて、屋敷の者にも抗議した気がする。
『探さなくて良い。しかるべき時に、また会える。必ずだ』
会えると、お父様が断言したから、ティールは探すのを止めた。そうかと、思うことにしたのかもしれない。
それでもしばらくは、心に開いた穴を抱えていた気がする。そう、今のように。
「そっか。寂しいのね。私」
あの時の子犬は、もう子犬ではないはずだ。元気だろうか。
いつかまた会えるだろうか。
ベッドに寝転んだまま、ティールはうとうと、と眠りに落ちてしまう。
夕食を運んだドリィが様子を見れば、木彫の子犬を抱いたティールが寝息を立てていた。
ベッドにしっかりと寝かせ、布団を被せ、ドリィは静かに部屋を後にした。
《ーーーーーー》
遠くで何か、音が聞こえた気がする。
寝ていた意識が呼び起こされ、ティールは目を開く。
窓を見ようと起き上がると同時に、頭に強い痛みが走る。
「っ!」
痛む頭を手で抑え窓を見れば、家からそろそろと出てくる素足の子どもたちを、見つけた。
ーードリィに言わなくちゃ!
《ーーーーーー》
ティールがドアノブに手を掛けると、再び音が聞こえた。それは笛の音だった。
激しい頭痛に、足元がぐらついた。
「……」
ドアノブから手が離れる。
ティールはのろのろと覚束ない足取りで、窓の方へと歩き出す。
窓に手を掛け、大きく開ける。冷たい風が部屋の中へと吸い込まれた。
その目は虚ろで、どこも見ていない。
ーーなんで。どうして!?
見えているのに、口も手も足も、ティールは何一つ、自分の意思で動かせない。
何が起こったのか、ただ目の前の光景を見ることしか出来ない。
ティールの身体は窓から身を乗り出し、ずるりとそのまま落ちた。
その際、引っ掛かって落ちたものがある。けれどティールは、振り返ることもなく虚ろな目をして歩き出した。
ベッドには木彫の子犬とチェーンが切れたリングが、落ちていた。
ひた、ひた、ひた。
月明かりもない闇の中、笛の音が静かに響く。
空気は冷たく湿っていて、辺りには霧が立ち込めていた。
虚ろな目をした子どもたちが、裸足で街道を歩いている。その後ろ、寝間着に身を包んだティールが歩いていた。
その頬を、雫が線を描いて落ちていった。
ーーやだ。やだよぉ。
心の内で、ティールは悲痛な声をあげる。歩く足は、止まらない。
◇◆◇◆◇◆◇
耳に何かが引っ掛かった気がして、ヴィクトルは顔を上げた。
いつも意識すれば感じることの出来た繋がりが、途絶えたのが分かる。
感じたことの無い焦燥が、胸に広がった。




