31話 子守唄の意味
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お嬢様、私に拾わせていただけませんか - カクヨム https://kakuyomu.jp/works/822139840765447449
街で事件が起こる、少し前。
午後の仕事が一段落した時、執務室で鼻歌交じりにティールが紅茶を飲んでいたら、ギルド長が興味を示した。
「お、それ。シグラズルの唄じゃねぇか」
「知ってるの?」
「ん。なんですかー?」
ギルド長にティールが問えば、茶菓子を持ってきたドリィが話に混ざる。
◇◆◇◆◇◆◇
愛しい人、恋しい人。
貴方に言葉を贈ろう。
大地に雨が降り注ぎ、やがて海が生まれた。
海には命が泳ぎ、大地には命が芽吹く。
命が溢れ、輝き、世界は色づいた。
春は命が花開き、夏は命が繁る。
秋は命が姿を変え、冬は命が紡がれる。
空は帳を開けて始まりを告げ、
夜は優しく抱き、終わりを告げる。
風は強く、優しく。
閉じることなく、すべては繋がっている。
命が散り、器を離れても。
心は世界へ羽ばたくだろう。
旅立つ先、目指す先、
降り立つ場所、帰る場所。
哀しみも、寂しさも。
喜びも、激情も。
空に、大地に、海に、
大きな腕で抱かれて。
愛しい人、恋しい人。
巡る世界の果てで別れても、
巡る逢瀬で、また巡り逢おう。
愛しい番、
恋しい番。
◇◆◇◆◇◆◇
ドリィに乞われ、ティールは歌ってみせた。
「番へ贈る、愛の唄ですね」
上に下にとドリィの長い耳が、ピョコピョコと動いた。
「龍に捧げた唄だなー」
「龍?」
「シグラズル領には龍がいる。……いや、龍がいるから、シグラズル領が出来たんだ。知らなかったか?」
嬢ちゃんの領地だろう?そう暗に言うギルド長に、何と言っていいのか分からず、歯切れ悪く返す。
「私は、その……教えられてなくて」
「あら、これからなんでも知っていけばいいだけですよぉ。ギルド長、いじめないで下さい」
ティールの隣、ソファに腰をおろしたドリィがギュウっと抱きついてきた。
その豊満な胸に顔が埋まり、ティールは真っ赤になった。
「あ、あの!いじめられて無いですわ!知らなかっただけだからっ!!」
大丈夫だと必死にティールが伝えたら、ドリィの抱擁から解放された。ふぅとティールは息を吐く。
「あ、あのね。番と、龍と……、どう言うこと?私ずっと、子守唄として覚えてただけなの」
2人は言った。
番へ贈る愛の唄、龍に捧げた唄だと。
番の意味は以前ヴィクトルに聞いた、けれどあの時の様子から違和感があって、そう言えばドリィに聞こうと思ってたのだ。
そう話をすると、ボソリとドリィが呟いた。
「ヘタレ」
「え?なんて?」
「なんでもないわぁ」
にこやかに笑うドリィにそれ以上聞き返すことは、ティールには出来なかった。
「まぁ、帰ることがあったら詳しく聞いてみるといい。先代なら優しく教えてくださるぞ」
先代公爵、今は領地に居るティールの祖父だ。優しかった祖父を思い浮かべて、ティールは頷いた。
「シグラズルは龍の庇護下にある。領地が魔物被害も少なく、平和なのはそのためだ。冒険者泣かせの土地だなー。
あそこで悪さをすれば、人も魔物も龍の制裁を受けると言われてる。領地の子どもは"悪さをすると龍が来る"としつけられるらしいぞ。
ま、そう言うことで初代が龍と契りを結んだのが始まりだな。
初代が龍に捧げた唄だ。自分の死後も唄い続けるように遺し、今に至る」
冒険者泣かせの土地。だから他国の領地のことまで、ギルド長は知っていたのか。
龍と言えば、おとぎ話に近いだろう存在ではないか、少なくとも令嬢時代では、見聞きしたことがない。
魔物と関わることが生業の冒険者には、オルド王国民より龍の存在は身近なのだろうか?
「龍、帝国にも居る?」
「居ねぇな。近隣諸国含め、シグラズルの龍しか、俺は知らねぇ。
シグラズルでは信仰対象だし、龍が悪さをしたこともねぇから、とーぜん、討伐対象にもならない。
そもそも、人に倒せるとも思わないがなー」
気になって聞けば、ギルド長は肩をすくめて答えてくれた。やはり珍しいことだったらしい。
「初代シグラズルと龍は、番だったのねー」
と、頬に手を当てて頷いたのはドリィだ。シグラズルの話は初耳だったようで、興味深く聞いていた。
「番はね。ミルティちゃんが聞いたように、"とてもとても大切な人"のことを指すのだけど。私みたいな獣人を始めとして、人の持つ理性よりも本能が強い種は、一生に一度の、唯一無二の存在を番と呼ぶわ。
人で言う、結婚や恋愛に似てるけれど。婚約破棄や離婚は無いの。本能が求めてやまない唯一だから、人から見ると、呪いのようでもあるわねぇ」
静かに語るドリィは、そう言うと紅茶を口に含む。
「龍はかなり長命な種族なのかしら?シグラズルの初代は、自分亡き後の龍が心配だったのねぇ。いつか自分が生まれ変わって龍に逢いに行くと、唄に遺すくらいだもの。
龍は今も、待ち続けているのかも知れないわねぇ」
ドリィの目は、龍を想ってか、遠いところを見ているようだ。心なしか、声も他人事のよう。
ーーなんとなく、寂しそう?
「ドリィは、番いる?会いたい?」
「居ないわぁ。一生に一度と言っても、世界は広いからぁ。会えないままの人もいるのよ。
そう言う意味で人より強い獣人は、番を求めて冒険者になる人も多いわ。私はそうね。今の生活が気に入ってるから、大丈夫よぉ」
にっこりと笑ってドリィは、ティールの口にクッキーを持っていく。されるがままクッキーを受け入れ、モグモグとティールは咀嚼した。
プレーンのクッキーはサクサクとして軽い。バターの風味が口に広がる。
「番じゃなくても、伴侶を得て家庭を築いて、普通に暮らしてる獣人は居るわぁ。冒険者よりも多いかも。
でも、番に出逢えたらっていうのは、多くの獣人の憧れでもあるわねぇ。そこは貴族令嬢が恋愛結婚に憧れるのと、似てるかもしれないわ」
もう1枚とドリィに差し出されたクッキーを食べた。今度はジャムの甘味が口に広がって、ティールは顔が綻ぶ。
それを見て、ドリィは愛でるように、ティールの頭を撫でた。
「ミルティちゃんは、大丈夫。今のままで素敵だもの。気持ちを大事にね」
そんな2人のやり取りを、いつもより多めの砂糖を紅茶に入れ、ギルド長は黙って聞いていた。
眉間に皺を寄せ紅茶を飲む。そっと様子を伺う瞳には、笑うドリィの姿が映っていた。
ティールは気づかなかったけれど。




