30話 密輸ルート攻略②
「……は?」
氷像が3つ。うち1つは、走ってきた男の姿のまま凍りついたため、ごとりと床に転がった。
ヴィクトルを中心に冷気が漂い、空気が凍りつくほどの静寂が倉庫内を支配する。
ピチャピチャと、中毒者が床をすする音だけが響く中、間抜けな声が上がった。
「1人で来るヤツって、バカか実力者の二者択一だろ?俺がバカに見えるのか?……どう見ても、自分の都合しか考えないアンタがバカだろ?」
尻尾切りにあうような下っ端は、考えることが基本的に同じだ。呆れるほどに。
そしてそんなヤツが握っている情報もまた、知れている。
が、あれば助かるだろうハルドゥルを思い出し、一応聞いたのだ。
ーー拠点のトップだけでいいって話、予備があっても良いだろう。
鬱憤のたまっていたハルドゥルだ。尋問中にうっかり、もあり得る。
「で?どうする?話さないなら、一緒に並べるだけだ」
何に、とはヴィクトルは言わなかった。
が、伝わったのだろう男は白目を剥いて後ろに倒れた。
「小物だな。リボンでもかけるか?」
念のために氷で男に足枷を作る。
倉庫と言うだけあって、布も縄も資材は豊富だ。
舌を噛まないよう男に布を巻き付け、身体も縛り上げた。
国境の詰所に置いておけば、ハルドゥルが喜ぶだろう。
中毒者達も縛り上げる。こちらは無抵抗なので動作もなかった。虚ろな目は、まるで鏡のようだ。地下に置いておくことにする。
他にも置き土産が無いか、地下倉庫、1階を確認すると酒の他にも色々あった。
が、役立ちそうな書類などは見当たらなかった。
そのまま2階へ上がると、扉が3つ並ぶ。
順に覗くと、そのうちの1つ外から粗末な鍵がつけられた部屋で、母子が寝ていた。子どもは様子からして幼い。
ーー妻子持ちかよ。
さてどうするか、と一瞬考え、ヴィクトルは起こした。
「さて、目覚めのとこ悪いけど。アンタはどっち?」
敵か、味方か?
眠る子どもを手に抱え、冒険者のギルドプレートを見せヴィクトルが訊ねれば、女は泣き出した。
これではどちらが悪党か、分かったものではない。
ーー少なくとも、見た目だけなら。
女の服から覗く肌には、痣が見られた。
「俺。早く終わらせたいんだ。協力する?
……子どもは泣かずに済むかもよ」
トーンを僅かに上げ声をかければ、ビクリと身を震わせ、女はぎこちないながらも動き出した。
そう時間がかからず、ギルド長が喜びそうな資料を用意できた。
ヴィクトルにとって、使えるか使えないか、ただそれだけだった。
店の持ち物だと言う馬車に女と子ども乗せ、せめてもの情けで、顔が見えないよう頭には袋を被せた。
店の方は、火魔法使いが来ないと開けられないように、かなりの魔力を注ぎ、氷でガチガチに固めた。
夜が明ける前、馬を走らせ人知れず街を出た。
「なっ!なっ!なっ!」
国境警備兵の詰所。
指を指し、目の前の光景が信じられないといった風体で、わらわらと震えているのは最初にあった兵だった。
ーーコイツ以外に兵は居ないのか。
そういえば、人手不足だったかとヴィクトルは思い至る。
「ハルドゥルに。前菜だと伝えてくれ」
仕方がないので返事を聞かず、馬車ごと置いてヴィクトルはその場を去った。やることは、まだまだあるのだ。
後に"前菜"を受け取ったハルドゥルは、聴取に協力的な妻子には、その後の監視を目的としてギルドにて労役を科した。
男には過激な尋問の末、今回の薬物治療の被験体として国へ提供した。
またヴィクトルが集めた書類は、ギルド長が精査し、辺境伯に提出。後の捜査で、大いに役だったそうだ。
オルドの拠点が見下ろせる木の上を根城に、ヴィクトルは観察していた。
森へ向かう馬車は見逃し、運搬人は降りて森を進んだ先で捕縛。
逆に森以外へ向かう人や馬車の行き先に関しても、逐一確かめていく。
捕縛と尾行を繰り返し、麻薬拠点の動向を探ること数日。
森へ行く馬車が途絶えた翌日、拠点のいつになく慌ただしい出入りを確認し、ようやくか、とヴィクトルは笑みを浮かべた。
ほどなくして、オルド王国国境の詰所には、縄で縛られた首謀者たちが放り込まれた。
ダザル帝国国境の詰所には、資料を携えたヴィクトルが帰還する。
◇◆◇◆◇◆◇
ひた、ひた、ひた。
月明かりもない闇の中、笛の音が静かに響く。
空気は冷たく湿っていて、辺りには霧が立ち込めていた。
虚ろな目をした子どもたちが、裸足で街道を歩いている。その後ろ、寝間着に身を包んだティールが歩いていた。
その頬を、雫が線を描いて落ちていった。




