3話 零れ落ちる熱
寒い。
寒い。
胸の奥から冷えるような、凍えるような、熱が奪われていく感覚がある。
目の前には吸い込まれるような、真っ暗な闇が広がっている。
ーー怖い。
大好きだった母、最後に握ったその手は冷たく、固かった。
見つめた自分の手も、それと同じように熱を感じない。寒い。冷たい。
自分は、どうしてしまったのだろう。
周りを見渡しても誰もいない。ひとりぼっちの闇。
パタリ。アメジストの色の瞳から、頬を伝って涙が落ちる。
ーー悲しい。
パタリ。伝う涙が、時が止まったわけではないと教えてくれる。
けれども自分の身体は固まったかのように重く、動かない。
ーー悲しい。
寂しい。言い知れない不安が、冷たい闇が、私から熱を奪う。
「ーー…っ?」
ふと指先に僅かな熱を感じた。
同時に、冷えた身体が砂糖菓子のような甘いラベンダーの香りに包まれる。
小さな熱は指先から四肢へと広がり、じんわりと胸のうちに灯りを落とす。
ーーこの香りを、知っている。
安堵とともに温かな熱をしっかりと感じ、目を閉じる。
「ヴィー…?」
ヴィクトル。いつも側にいる、私の執事。
掠れた声は、うまく音を紡がない。
けれどーー
「はい。お嬢様、あなたのヴィーです」
低く柔らかい声が、耳に心地よく届いた。
お母様が居なくなって、ずっと寂しくて、悲しくて、泣いてばかりだった私。
お父様はいつも、眉を下げて優しく抱き締めてくれた。
それでも心は満たされなくて、空虚で。
そんな時、あなたに出会った。
あなたが居れば、もう寒くない。
この温もりが、私の胸を満たすから……。




