23話 新しい依頼
「ドリィに任せろつったろ」
ヴィクトルが部屋を出ると、いの一番にそうギルド長に言われた。
ヴィクトルは黙ったまま、ジト目でギルド長を見る。その目はとても暗く、澱んでいた。
ギルド長の依頼で、男を監視し駐屯所に収容されたのを見届けた後の事だ。
戻るなり、シャワーを浴びてくるよう言われ、促されるまま浴室へ向かう。
あの男の血で汚れた衣服も、身体も、ヴィクトルには不快でしかなかった。
念入りに身体を洗い、血の臭いを消す。
彼女が二度と、思い出さなくて済むように。
騒動の後、ギルド内ではずっとギルド長がつきまとってくる。正直、鬱陶しい。
自分達の荷物を回収してくれたギルド職員が、砕けた氷像を皿に乗せて、執務室に持ってきた。
薬草採取で、ティールがとても嬉しそうにしていた姿を思い出し、ヴィクトルは、職員にヒノキを手配してもらった。
そうして手ずから作ったのは、丸まって眠る木彫りの子犬。
彼女の初依頼が、少しでも良い思い出として残るように。
眠る彼女の夢が安らかであるように。そう願いを込めた。
出来上がった子犬を届けたらすぐ戻る。そうギルド長を説き伏せて、今に至る。
「あー。おっかないねぇ。……そんな顔、嬢ちゃんに見せられねぇよ」
ヴィクトルの視線も気にせず、ギルド長はポーションの小瓶を投げ渡した。
「飲んどけよ。紳士たるものレディの前で、血は見せるもんじゃねぇ。口と手、治しとけ」
「……ああ」
ぐっと煽ると、口の傷にポーションが染みる。
握りしめた拳の爪で裂けた傷も、ジクジクとした痛みを帯びていたが、次第に引いていった。
けれどまだ、痛みが残っているような感覚がする。ーー違う、これは弱さだ。
「お前はよくやったよ。嬢ちゃんは怪我して無いし。証拠の男も、生かしたままだ」
「熱を、……出していた」
「ご令嬢、だったんだ。冒険者じゃねぇ。荒事に慣れてなきゃ、熱なんか出るもんだ。……それが、感情つーもんだろ」
そうだろうか。あんなに怖がらせたのに。
もっと適切なやり方、もっと良い対処が、出来たはずだ。
倒れた姿と涙の残る顔が、頭から離れてくれない。
震える自分の手に、まだまだ力が足りないと痛感する。
「床、悪い。……あと、ポーションも」
目を閉じて、口にしたのは別のこと。
男を力任せに叩きつけた際、床に穴を開けたのだ。
散らばる木片と血を、思い出した。あれは、直さなければいけないだろう。
「油断した俺の落ち度だ。気にするな。嬢ちゃんはドリィに任せろ。メンタルケアはアイツの、得意分野だからな」
そう言ってギルド長は、転移陣の先へ消えた。
あれほどつきまとっていたのに、あっさりしたものだ。
そうか、あれは自分を気遣っていたのかもしれない。
ヴィクトルは後に続こうとして、立ち止まる。
彼女の側に居ても出来ることはない。
頭では理解していても、身体は一瞬迷いを見せた。
「……くそっ」
己の未熟さを噛み締めた。
握った小瓶がミシリと軋んだ。
男は、明確にティールだけを狙っていた。
ギルド長は"中毒者"と男を呼んでいた。何か、掴んでいるのだ。
守るためには、全てを知る必要があるだろう。
濡れた髪からポタポタと水滴が落ち、足元にいくつもの水溜まりが出来る。
彼女の側に居たい衝動を振りきり、俯いた顔を上げた。
その顔は泣き顔にも見えーーけれども、ヴィクトルの目には、光が宿っていた。
迷いを振り切るように、ヴィクトルは今度こそ転移陣に、足を踏み出した。
「ギルド長。知ってることを、教えてくれ」
守るのは、彼女の心。
自分の痛みも不安も悲しみも、今は些事だった。
執務室で待っていたギルド長は、ヴィクトルの顔を見て眉を下げた。
「痛そうな顔しやがって。……ガキのくせに」
ぼそりと呟いたギルド長の声に、ヴィクトルは気づかないフリをした。
その顔を見て、ギルド長は頭をガリガリと搔きむしりながら、束の資料をヴィクトルへ渡す。
「……ああ、良いよ。本題に入ろうぜ。お前に頼みたい依頼があるんだよ」




