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【2章完結】お嬢様、私に拾わせていただけませんか  作者: 松平 ちこ
1章

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23話 新しい依頼

「ドリィに任せろつったろ」


 ヴィクトルが部屋を出ると、いの一番にそうギルド長に言われた。

 ヴィクトルは黙ったまま、ジト目でギルド長を見る。その目はとても暗く、澱んでいた。


 ギルド長の依頼で、男を監視し駐屯所に収容されたのを見届けた後の事だ。

 戻るなり、シャワーを浴びてくるよう言われ、促されるまま浴室へ向かう。


 あの男の血で汚れた衣服も、身体も、ヴィクトルには不快でしかなかった。

 念入りに身体を洗い、血の臭いを消す。

 彼女が二度と、思い出さなくて済むように。


 騒動の後、ギルド内ではずっとギルド長がつきまとってくる。正直、鬱陶しい。


 自分達の荷物を回収してくれたギルド職員が、砕けた氷像を皿に乗せて、執務室に持ってきた。


 薬草採取で、ティールがとても嬉しそうにしていた姿を思い出し、ヴィクトルは、職員にヒノキを手配してもらった。


 そうして手ずから作ったのは、丸まって眠る木彫りの子犬。

 彼女の初依頼が、少しでも良い思い出として残るように。

 眠る彼女の夢が安らかであるように。そう願いを込めた。


 出来上がった子犬を届けたらすぐ戻る。そうギルド長を説き伏せて、今に至る。


「あー。おっかないねぇ。……そんな顔、嬢ちゃんに見せられねぇよ」


 ヴィクトルの視線も気にせず、ギルド長はポーションの小瓶を投げ渡した。


「飲んどけよ。紳士たるものレディの前で、血は見せるもんじゃねぇ。口と手、治しとけ」


「……ああ」


 ぐっと煽ると、口の傷にポーションが染みる。

 握りしめた拳の爪で裂けた傷も、ジクジクとした痛みを帯びていたが、次第に引いていった。

 けれどまだ、痛みが残っているような感覚がするーー違う、これは弱さだ。


「お前はよくやったよ。嬢ちゃんは怪我して無いし。証拠の男も、生かしたままだ」


「熱を、……出していた」


「ご令嬢、だったんだ。冒険者じゃねぇ。荒事に慣れてなきゃ、熱なんか出るもんだ。……それが、感情つーもんだろ」


 そうだろうか。あんなに怖がらせたのに。

 もっと適切なやり方、もっと良い対処が、出来たはずだ。


 倒れた姿と涙の残る顔が、頭から離れてくれない。

 震える自分の手に、まだまだ力が足りないと痛感する。


「床、悪い。……あと、ポーションも」


 目を閉じて、口にしたのは別のこと。


 男を力任せに叩きつけた際、床に穴を開けたのだ。

 散らばる木片と血を、思い出した。あれは、直さなければいけないだろう。


「油断した俺の落ち度だ。気にするな。嬢ちゃんはドリィに任せろ。メンタルケアはアイツの、得意分野だからな」


 そう言ってギルド長は、転移陣の先へ消えた。

 あれほどつきまとっていたのに、あっさりしたものだ。

 そうか、あれは自分を気遣っていたのかもしれない。


 ヴィクトルは後に続こうとして、立ち止まる。

 彼女の側に居ても出来ることはない。

 頭では理解していても、身体は一瞬迷いを見せた。


「……くそっ」


 己の未熟さを噛み締めた。

 握った小瓶がミシリと軋んだ。


 男は、明確にティールだけを狙っていた。

 ギルド長は"中毒者"と男を呼んでいた。何か、掴んでいるのだ。

 守るためには、全てを知る必要があるだろう。


 濡れた髪からポタポタと水滴が落ち、足元にいくつもの水溜まりが出来る。

 彼女の側に居たい衝動を振りきり、俯いた顔を上げた。

 その顔は泣き顔にも見えーーけれども、ヴィクトルの目には、光が宿っていた。


 迷いを振り切るように、ヴィクトルは今度こそ転移陣に、足を踏み出した。




「ギルド長。知ってることを、教えてくれ」


 守るのは、彼女の心。

 自分の痛みも不安も悲しみも、今は些事だった。


 執務室で待っていたギルド長は、ヴィクトルの顔を見て眉を下げた。


「痛そうな顔しやがって。……ガキのくせに」


 ぼそりと呟いたギルド長の声に、ヴィクトルは気づかないフリをした。

 その顔を見て、ギルド長は頭をガリガリと搔きむしりながら、束の資料をヴィクトルへ渡す。


「……ああ、良いよ。本題に入ろうぜ。お前に頼みたい依頼があるんだよ」

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