22話 木彫りの子犬
「ーーっ!!」
ぞくり。
言い知れない何かが触れた気がして、ガバリと起き上がった。
くらくらと世界が回って、そのまま後ろへと倒れた。ぼふっと、埋もれる感じがする。
ぼんやりと見た先、見慣れた天井がティールの目に入った。部屋は夜なのだろうか、薄暗い。
「あらあら。タオル、冷たかったかしら?でも、慌てん坊さんね。急に起き上がったらダメですよ?」
声がして横を見れば、ドリィがタオルを持って椅子に座っていた。
「ど、…して?」
変だ。声を出したらカラカラで、上手く音にならない。
じわりと、ティールの視界が滲んだ。
どうして、寝ているのだろう。
身体がなんだかふわふわしている、そう、風邪を引いたみたいに。
「初めてのお出掛けもあって、疲れちゃったのよ。大丈夫。寝たら元気になりますからね」
そうそう。とドリィが包みを取り出して、そっとティールの枕元に置いた。
そこには木彫りの子犬が、丸くなっていた。
「氷は溶けちゃうから、ですって」
誰が、とは言わなくても分かった。木の香りの他、子犬からよく知る香りがしたからだ。
ヴィクトルから香る匂いと同じ、ラベンダーの甘い香りがする。
いつも側にある温もりはないけれど、その匂いに安心して、身体から力が抜けた。
スッと閉じた瞳から、雫が落ちる。
それをドリィの手が優しく払う。
「大丈夫。怖い夢を見ないように、おまじないをしますからね」
ドリィが撫でてくれる手の冷たさを、気持ちいいと感じながら、ティールの意識は再び沈んでいった。
◇◆◇◆◇◆◇
ティールの浅い寝息を数え、寝たのを確認してドリィは嘆息する。
ティールは気づいていなかったが、倒れてから今も、ずっと小指にあるリングは光ったまま。
それこそ、夜の室内を明るくするくらいに、だ。
魔道具の意味することを、ドリィはギルド長から聞いていた。
魔力の暴発を防ぐため、あの場でドリィはすぐにティールの意識を、夢へと誘った。
獣人として身体能力は人より高いが、得意とするのは精神作用のある魔法である。
その能力を買われて、ギルド長の補佐を任されていた。
椅子から立ち上がり、部屋に焚いてある香の調整をする。
目覚めたティールは、木彫りの子犬に明らかに安堵していた。香りを邪魔せず、寄せた方が効きが良いだろう。
香炉には、ドリィの魔法式を組んである。
効果は鎮静と良夢だ。
「……若い、わねぇ。独占欲も可愛らしくて。自覚はないままなのかしら?」
ドリィは木彫りの子犬を見て、呟く。
削ったばかりだろう子犬は、ヒノキの香りを漂わせている。
先ほど、ヴィクトルが部屋に戻ってきた。
ティールの無事を、どうしても確認したかったのだろう。
汚れを落とすのにシャワーを浴びた髪は、濡れたままだった。
発熱して呼吸の浅いティールを見て、自身が傷ついたようにヴィクトルは、顔を歪めていた。
ドリィが追い出すよりも早く、ギルド長から呼ばれて、彼はすぐ部屋を出ていった。
その際、木彫りの子犬をドリィへと預けていった。まるで自身の代わりのように。
側にいるだけが、守ることではないと、少しは彼も分かったのだろうか?
以前の彼なら、側から離れなかっただろう。
ギルドにやってきたばかりの、寝食を忘れて付き添っていたヴィクトルの姿を思い出す。
あの時、毎食の食事を運んでいたのはドリィだった。
ギルド長から、他の職員では有事の際に手に余るから、頼むと言われた。
女性であるドリィを荒事に巻き込む、ギルド長もギルド長だが、信頼されてるので悪い気はしない。
手を握り祈るヴィクトルの姿は、近づく者を斬る、むき身の刃のような、そんな危うさと、置いてかれた子供のような哀愁が漂っていた。
ドリィはずっと無言で食事を運び続け、ギルド長に報告していた。
木彫りの子犬を預け出ていった背を見送りながら、これは託されたのだろうか?とドリィは考えた。
日の浅い付き合いではあるものの、すっかり情が湧いてしまった。
「やだわ。これじゃ私、お年寄りみたいです」
そう言いつつも、危うい二人に、つい世話を焼きたくなってしまう自分がいた。




