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お嬢様、私に拾わせていただけませんか  作者: 松平 ちこ


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19話 子守唄と氷の子犬

「愛しい人」


ティールの唇から溢れた音に、ドキリとヴィクトルの胸が高鳴った。


「恋しい人。貴方に言葉を贈ろうーー」


ティールはどうやら、詩を歌っているようだ。

彼女の足元から、風が起こり木の葉がふわりと巻き上げられた。


「ーーっ!」


声をあげかけて、ヴィクトルは口に手をあて押し黙る。ーー彼女の指輪が、光っていない。

ティールの頬は果実酒のせいか少し朱に染まっている。瞼を閉じて歌う姿はとても穏やかだ。

魔力の暴発は起こっていない。


ティールの周りがキラキラと光っているのは、氷か水か。

感情に呼応して、彼女の魔力が周囲に具現化していた。




《大地に雨が降り注ぎ、やがて海が生まれた。

海には命が泳ぎ、大地には命が芽吹く。

命が溢れ、輝き、世界は色づいた。


春は命が花開き、夏は命が繁る。

秋は命が姿を変え、冬は命が紡がれる。


空は帳を開けて始まりを告げ。

夜は優しく抱き、終わりを告げる。


風は強く、優しく。

閉じることなく、すべては繋がっている。


命が散り、器を離れても。

心は世界へ羽ばたくだろう。

旅立つ先、目指す先。

降り立つ場所、帰る場所。


哀しみも、寂しさも。

喜びも、激情も。

空に、大地に、海に、

大きな腕で抱かれて。


巡る世界の果てで、別れても。

巡る逢瀬で、また巡り逢おう。


愛しい番。

恋しい番ーー》


木漏れ日の中、彼女の周りを、木の葉と水で形作られた魚が舞い踊っている。


その美しい光景に、ヴィクトルは見惚れていた。


「……あ!ヴィクトル!!」


歌い終わり、ティールがこちらに気づいたようだ。風も水も消え、世界が戻った。


「先ほどの歌は、……とても、綺麗ですね」


「シグラズル領地での、子守唄よ」


「初めて聞きました」


誇らしげに答えた彼女に、ヴィクトルは笑みを返す。自分はちゃんと、笑えているだろうか。


「そう?私も初めて歌った、かもしれないわ。領民は皆、この歌を歌えると、お母様が言ってたの」


弱い魔物しか出ない森の入り口。のどかな景色に、領地を思い出したのだろうか。


「そうそう。歌の歌詞がね。……難しくて。聞いたことがあったの。お母様は笑うばかりだし、お父様にはティールには、まだ早いって言われてしまって」


ヴィクトルは分かるかしら?とティールに聞かれたので、答えられることならば、とヴィクトルは返した。


ーー歌の歌詞なら、難しいものはないだろう。


そう思っての判断だった。すぐに、後悔することになるが。


「"番"って言うんだけど、分かる?」


「……っ」


師匠に強烈な一撃をもらったような、そんな衝撃がヴィクトルの身体に走った。

確かに、聞いた歌詞の中、最後に出てきていた。


「最初は人って出てくるのに、最後は番。……どういう意味なのかしら?」


彼女が"番"と唇から紡ぐ度、どうしようもなく胸が高鳴る。彼女から香る甘い香りに頭は痺れ麻痺する。

ドクドクと、自分の心音がやけにうるさい。

うるさくて、うるさくて、その唇を塞いでしまいたい。ーー違う。そうじゃない。


「……とても、とても大切な人って言う言葉ですね」


おかしな方へと思考が傾きかけ、ヴィクトルは必死に正気を保った。


「あら、そうなの?じゃあお母様もお父様もそういえば良いのに。意地悪だわ」


頬を膨らませる彼女は、こちらの焦燥には全く気づかない。

それが愛おしくもあり、少し恨めしくもある。


この話題は危険だ。そうヴィクトルは、自身の中で結論づけた。


「……ティー様、先ほど。歌と一緒に魔法を使われていましたが、お気づきですか?」


「え?そうなの?」


「はい。風と水を使われているようでした。歌詞に呼応していたようです。魔法を、今までお使いになられたことは?」


魔力の暴走や暴発を起こした際、暴風や衝撃波が起きていたことを考えると、ティールは風属性との親和性が高いのかもしれない。


「ないわ。私、魔力がないと思っていたもの。……子供の頃も、覚えてないわ」


「魔法に必要なのは、行使するイメージです。お嬢様は、きっと素敵な魔法使いの冒険者になられますよ」


暗い目を伏せ、膝を抱えてしまったティールに、ヴィクトルは優しく告げた。


ーー貴女の父が、そうであるように。


「難しく考えなくて大丈夫です。……ほら」


「……犬!」


ヴィクトルが手のひらに出した、犬を模した氷の彫像に、ティールは目を輝かせた。


「可愛い。昔拾った子犬に似てる」


ティールは自分の手を広げて、じっと見つめている。


パキ。


「……あ」


「お嬢様!」


ティールの両手が、氷に包まれた。

ヴィクトルは、焦った声を上げてティールの手を取る。氷越しに伝わる冷たさに、眉を寄せる。

ティールの手はガッチリと凍っていて、取れる様子がない。


ーー初めてで、これほどとはっ!


ティールの凍った手を離し、ヴィクトルは歯噛みするように思案する。


どうする。自分は、火属性に適正がない。

火を起こして、湯を沸かすか。それでは時間がかかり過ぎる。

ああ、師匠みたいに温度だけでも操れたら。


ヴィクトルの横、ティールは投げ出された子犬をじっと見つめていた。


「難しいわね」


「1度で氷が出せただけでも、素晴らしいことでございます。けれど……」


「ああ。大丈夫よ」


ヴィクトルが言いかけると、ティールは事も無げに言った。

その手の氷が、パラパラと風に舞い、溶けてなくなった。


「ほら、大丈夫」


まるで、さっきのことがなかったかのように手は綺麗だった。


「必要なのは、イメージなのでしょう?」


「さすがでございます」


「ふふ。……これでも"元"公爵令嬢だからね」


お勉強は得意なの。と、ティールは落ちた氷像の子犬を拾い上げ、まるで宝物のように胸に抱えた。



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