18話 執事ではいられない
ヴィクトルは、仕留めたままの三匹の角兎を回収し、ティールの目に触れないよう、木の影に移動する。
首の関節を狙ってナイフを投擲したので、逆さに吊るし血抜きをする。
その間に捌く準備として、地面に適当な氷を魔法で作る。即席のまな板である。
氷に映った自分の、なんとも情けない顔に、ヴィクトルは息を吐き出した。
『狙う側には、理由なんて要らねぇぞ』
耳に甦るのは、ギルド長の声。
ティールを寝かせた後、ヴィクトルがギルド長の元へ行く。
待っていたかのように、テーブルにはグラスが二つ、並んでいた。ドリィの姿はなかった。
黙って酒を注がれ、勧められるがまま飲んだ。
『A級の銀狼。……狼か。1匹狼のお前が思ったよりガキで、人で、俺はちょっと安心したぞ』
喉が焼け付くのは強い酒のせいか、それともこれからされる説教のせいか。
ヴィクトルは黙ったまま。手元のグラスを見た。
ティールと二人、最初に言われた時は思わず、カッとなった。
けれど、ドリィからも威圧を受け取って、押し黙って冷静になる。
間違っているのは自分だ、と。
『ありゃ可愛いよなぁ。守りたくもなる。さすが公爵の水晶姫』
感情が封じられたことで、誰からも利用されず、思惑に揺さぶられず、付け入る隙も与えない。
淡々と感情の読めない存在。
触れたと思っても、決してその核心に触れることは無い。中に宿る価値を、隠し続けた。
身近に居た強烈な存在が、さらに隠れ蓑にさせたことだろう。
執事として支えることが、守ることだった。
水晶姫は今、その外見そのままに、表情をくるくると変え、幼さゆえの愛らしさが覗く。出会った時のように瞳には熱があった。
『水晶姫はもういない。お前、いつまで、執事でいる気だ?』
ビクリ、肩を揺らせてヴィクトルはギルド長を見た。その静かな目に、己の情けない姿が映る。
『お前が守りたいのは、誰だ?命を掛ける理由は、なんだ?』
ーー拾われた命。
彼女のそばに考えるより先、カチリとはまって動けなかった。
『守ってるつもりで、一番危険な場所に立たせるな。狙う側に付け入る隙を与えるな』
ーーただ、大事にしてるつもりでいた。手放すなんて考えたこともなかった。
『狩られるのは一瞬だ。……狙う側には、理由なんて要らねぇぞ』
残りは全部やる、そう言って、ギルド長は席を立つ。
言いたいことは言った、と言わんばかりだ。
ヴィクトルの返答など、最初から聞く気も無いのだろう。
なにか言えたとも、思えないけれど。
『考えろ。足掻け。節度を守れ。その時の最善を選び続けろ。それが出来ねぇなら、……彼女を帰せ』
どこへ、とは言えなかった。
あのまま、一睡も出来なかった。
血抜きの終わった角兎を手早く捌き、肉の表面は氷で覆う。
布で包み、保存袋へ素材ごとにまとめて入れた。
血で汚れた周囲は魔法で冷水を出し、洗い流した。
自分のこのわだかまりも、一緒に流れれば良いのに。
サンドイッチを食べたその後、つい癖で己の汚れを指で拭った。
邸に居てた時は、そんなことは絶対にヴィクトルはしなかった。
彼女の連れ出した後、無事な姿が嬉しくて、つい世話を焼いた。
差し出したハンカチの先、彼女の視線に気づかないフリをした。
考えろ、とは己の感情か行動か。
足掻けとは、この立場か。
節度とは、彼女との距離。
最善は、彼女の幸せだ。
『人とは実に面白い。世に触れ、育め、それが後に、大きな力になる。なに、嫌気がさしたなら戻ってくれば良いさ。帰る場所はあるからな。いくらでも鍛え直してやろう』
と言ったのは、牙を見せ豪快に笑う自分の母だ。
可愛い子には旅をさせよとは、よく言ったものだ。
その豪快さで、森へと突き落とされ、命を失いかけたのだが。
でも、そのおかげで唯一に出逢えたのも、また事実だった。
袋を肩に下げヴィクトルが戻った先、ティールは食べ終えて、果実酒を飲んでいるところだった。
その姿が本当に愛おしく、眩しく映り、ヴィクトルは目を細めた。
ああ、自分が拾われたまま、ただの子犬だったなら、獣だったなら……。
こんなにも、悩まずに済んだのだろうか。
でも、ただ本能で生きる獣だったなら、彼女の隣にはいられなかっただろう。




