14話 《銀狼》と《ミルティ》
「さて。こちらで先に、登録を済ませてしまいましょう」
魔法陣のあった部屋の隣にある、ギルド長の執務室へ、ドリィに目隠しをされたまま案内される。
ヴィクトルとギルド長は、まだ魔法陣の部屋にいる。
ドリィが、ティールをソファに勧める。そしてすぐさま紅茶を入れ始めた。
魔法陣と執務室の続き扉からみて部屋左側、窓際には、乱雑に積まれた書類の山があるテーブルと机。右側には外へと続く扉だろう。
扉の正面の壁には本棚が並んでいた。部屋の中央にはソファとローテーブルがある。
どことなく、こっそりと覗いた領地の執務室を思い出した。仕事部屋の造りは、どこも同じなのかもしれない。
紅茶の香りを堪能していると、トレーを持ったドリィが次に現れた。
「……ヴィクトルが着けてるのと、色違い?」
「冒険者ギルドのネームタグですね。階級によって色を変えています。こちら、身分証にもなりますので、肌身離さずお持ちください」
トレーに乗っているのは、ネームタグの銀のプレート。針。それから手拭きだ。
「ネームタグは魔道具になっています。血を垂らして、お名前を述べてもらうことで、名前と声音、血で個人を識別出来るようになります」
登録は自己申告制らしい。偽名でも良いとのことに驚いた。
「お忍びで冒険者をされる尊き方々もいらっしゃいますからねぇ。ちなみにヴィクトルさんは"ウルヴ"と名乗ってらしたので、《A級の銀狼》と二つ名がついてますよ」
「……かっこいい」
「実は私、まだ貴女のお名前を伺ってませんの。……なので、お決めになったら是非とも教えてくださいね」
ドリィさんに、にっこりと微笑まれてしまった。
そういえば初めて会った時、ギルド長もドリィさんも名乗らせてくれなかったな、と思い出す。
ーー冒険者登録をする場合は、決まってから名乗るもの?でも、そうすると……。
「犯罪者が偽名を使って、幾らでも不正できちゃう?」
「そちらは、心配要りませんよ。
冒険者が犯罪を犯せば、タグに血が登録されているので。
未登録者が犯罪を犯した場合も、大小の罰を問わず血で登録されます。
タグはあくまでも端末。
大本は冒険者ギルド、国で管理されてますので、偽りの身分証を得ようと、タグに血を垂らすとその場で分かる仕組みなのです。
また重複登録も出来ないようになってます」
「すごいんですね!」
「まぁそのせいで、今、ヴィクトルさんは面白い立場になってますけど」
と、ドリィは思い出したのか、くすくすと笑っている。
「あー。あれか。銀狼に兄弟説《黒狼》現れる!だっけか?」
「……大変、不本意です」
「あらぁ。お帰りなさい」
二人は肩を組んで出てきた。中で何をしてたのか、着衣が少し乱れ、ヴィクトルはやや不服そう。
「そりゃお前、《銀狼》と同じ服装でイケメン。違うのは髪色と言葉遣いってなれば、噂にもなる。目立つからなー」
「はぁ……。暇な人が多いですね。羨ましいです」
"暇な人"のところでヴィクトルは隣、ギルド長を、見た。衣服の乱れを手早く直すと、ティールの後ろへと控える。
ーーこれからはもう、主従じゃないのに。むしろ先輩後輩では、ないのかな。
そう考え、チクリと胸を刺す痛みが走る。
ドカッと向かいのソファに腰を下ろすギルド長、その横ドリィも座った。
「で、嬢ちゃん。名は決まったか?」
「あ、はい。ここに血を垂らして名乗れば良いのよね?」
「あぁ、血は少しで良いぞー。怖いなら後ろに任せたら良い。安心だろ?」
後ろをチラリと見ると、ヴィクトルに、にこやかに微笑まれた。
その手には、傷を治す下級ポーションがある。……いつの間に。
ーー自分で刺すのはちょっと怖い。でも、何事も経験、経験。これで私も冒険者に……。
えいっ!と指に針を刺すとプツリと赤い玉が出来た。
「ミルー」
タグに指を近づけるーー。
しかし言い終わる前に、ギルド長の手によって素早くトレーが回収された。
机にパタリ、赤が落ちる。
ーーなんで?
ポカンとしていたティールの後ろで、ヴィクトルは素早くナイフを抜き取ーー、ドリィとぶつかった。
「さっきギルド長にも言われましたよねぇ。ダメですよぉ?」
「お嬢様の気持ちを踏みにじった罰は、受けるべきかと思います」
頭上では二人が言葉を交わしている。それには反応せず、ギルドは長渋い顔のまま、ポカンと固まるティールに告げた。
「わりぃ、嬢ちゃん。今、"ミルル"って登録しようとしたろ?」
「ええ」
「そりゃダメだ。……ああ、いや悪い、理由もなんとなーく分かるんだが、ダメだ」
「どうして?」
ミルルはお母様の名前だ。公爵夫人だったけど、冒険が大好きだったお母様。登録名が自由なら、一緒に連れていけると思ったのだ。
「これは俺の一存では言えねぇ。が、絶対にやめとけ。……あ、"ミルティ"なんてどうだ?」
「ミル、ティ……?」
「ほら、これだともっと仲良しみたいだろ?」
ギルド長は名案だとニッと笑い、ティールの名前、出自を知っていることを仄めかしていた。
ーーミルルとティールを、合わせたら。
母にピッタリとくっついて、ティールはよくお話を聞かせてもらっていたことを思い出す。
一つ頷くと、もう一度差し出されたトレー、その上ーータグに、ティールは指を置いた。
「《ミルティ》」
タグ全体がぽわっと光ると、血が吸い込まれ、銀のプレートが黒く染まった。
「おい。いつまでやってんだ。早く手当てしてやれ」
ギルド長が呆れると、ヴィクトルは舌打ちしつつ、ナイフとポーションを素早く持ち替える。
ティールが針で刺した傷に、ヴィクトルが手際よくポーションをかけ、周囲がが濡れないようハンカチで覆う。
傷が無くなったことを確認して、再びヴィクトルは後ろに控える。その目はずっと、ギルド長を睨んでいた。
ドリィさんは平然と隣に座り直していた。
「はい。これで登録は完了です。……ね、名前、教えてくれる?」
約束を思い出して、ティールは笑顔で答えた。
「はい。《ミルティ》です。これからよろしくお願いします」
「こちらこそ歓迎するわぁ、よろしくね、ミルティちゃん」
ドリィさんが両手でパチっと拍手をし歓迎してくれた。




