13話 冒険者のたまご
ヴィクトルの後ろを歩いたその先、魔法陣があった。
魔法の方は絶賛勉強中なので、ティールは不思議そうに見るだけだ。
「この魔法陣はこことしたの階を繋いでおります。この階には階段がありません。また、登録者にのみ発動します。お嬢様お一人ではまだ、ここを通れませんので、ご容赦ください」
そう言うとヴィクトルは手を伸ばしてきた、掴めということらしい。彼の手を握るだけなのに、なぜだか少しドキドキする。
二人で魔法陣の中へ入ると、彼のネームタグが少し浮いて光っていることに気づいた。
「っ!!」
目の前が急に真っ白になり、ティールは思わず彼にしがみついた。ヴィクトルは彼女を安心させるため、手を強く握り返した。
「よ、おはよーさん」
「あ、おはようございます」
声がして目を開けると、そこにはドリィとギルド長がいた。
「……待っていたのですか?」
ヴィクトルは不機嫌そうに言葉を投げた。ティールを優しくエスコートして魔法陣から出すと、主にギルド長の方をじろりと見た。
その隣で、ヴィクトルはティールをグッと抱き寄せた。
久しぶりの抱擁に、ティールは思わずドキっとして顔を赤らめた。
その反応に気づいたヴィクトルは、彼女にだけ見えるよう、口元に笑みを浮かべる。そして、自分の背で彼女を隠した。
「いやー、なんか邪魔しちまったみたいで、悪いねぇ。でも良いじゃねぇか。ギルド長の俺が、直々に冒険者登録をするんだ、記念になるぞー」
普通は下の受付嬢がやる仕事だからな!と、ギルド長は笑っている。
「一応は止めたんですよ?絶対に、ヴィクトルさんに怒られますよって。ギルド長室で大人しくしてくださいって。ただ聞く人ではないですからねぇ。すみません」
ドリィはなんだか、申し訳なさそうにしている。
「なんでもありませんよ。お嬢様」
三人の会話が分からなくてティールは首をかしげたら、ヴィクトルに、にこやかに返された。どうやら、知らなくて良いらしい。
「あの。冒険者登録、下の階がいいなら、下でしてきますっ。私一人で!!」
それを聞いた三人は、一斉に渋面になった。
なにか言おうと思って、ティールの口から出た言葉はそれだった。
これから冒険者になって頑張りたいのに、気を遣わせるのは嫌だった。なのになんだ、この反応は。
「あ、それはおすすめ出来ません。冒険者登録どころでは、……その、なくなってしまうので」
ーードリィが謝ってきた。なぜだ、登録をするだけだよね?
「あー。嬢ちゃんの身なりは目立つからな。下手したら、死人が……あー。いや、目立ちすぎて騒ぎになるってことだ」
ーー私の服装!?
「下には危険がたくさんありますので、絶対にお一人では行かれませんように」
ーーなんの危険!?
言われて自分の何が問題なのか、三人と見比べてみる。
ヴィクトルは、さらりとした黒髪に執事服だ。スラリとした体躯が、普通にカッコいい。
ーーというか、執事服以外に見たことがない。
執事らしくないと言えば、腰につけたウエストポーチ。右足に、サイホルスターをつけているところだろう。
ーー何が入ってるのか聞いたら、ポーションや小道具らしい。
ギルド長は会うのは二度目だ。
以前と同じ茶色を基調とした上下スーツを着ている。襟から見える中のシャツは黒色だ。
貴族が着るスーツとは別で。上着にはポケットがたくさんついていた。作業効率の為だろうか?
ーー何も、入ってないけれど。
無精髭をはやし、メガネをかけている暗いグレーの単髪に紺の目の中年の男性だ。
ヴィクトルより、がっしりとした体つきでいかつい。
ーー髭を剃れば、もう少し清潔感が出て良いと思うのは、令嬢の時の知識か。
同性であるドリィも、ギルド長と同じ茶色の上下だ。
おそらくギルドの仕事着なのだろう。
ジャケットは、少し丸みを帯びた襟のデザインでこちらはポケットが無い。
首をすっぽりと隠す黒のインナーを下に着ているようだ。
下は膝下のスカートになっており、下から覗く足は素肌が見えない黒。それにロングブーツだった。
ティールの部屋に朝から来る時は、私服の時もあったが、昼からの時は大抵この服装だ。
そしてドリィ、初めてあった時には驚いてしまったのだが、白くて縦に長い耳の持ち主ーー獣人だ。
オルド王国では珍しいが、ダザル帝国では小国が集まって出来た歴史を持つことから、多種族国家なので、珍しくはないと言う。
獣人と一言に言っても、種類がいくつかあると言われた。大きく共通するのは、人と違い毛のある耳や尻尾を持つことらしい。
その中でも長耳の特徴を持つドリィは白い耳をひょこんと立て、ブロンドの髪を横に流してひとまとめにしている。目はルビーのように綺麗な赤色だ。姿勢もピンと伸びてカッコいい。
ーー大人の働く女性と言えば、彼女みたいな人を指すのかもしれない。
対する私。アメジストの瞳に、暁色のグラデーションの髪で、本日はサイドに三つ編みがしてある。
これは言わずもがな、ーーヴィクトル作だ。
貴族令嬢としての長い髪が短くなった経緯は聞いたし、別にティールはショックでもない。
けれどもヴィクトルは、思うことがあるようで髪飾りや編み込みといった感じで、少しでも華やかにしようと毎日何かをしてくる節がある。
そして着ている服は、うす青のワンピースに白のショール。
コルセットもなく、ドレスでもなく、とても自由で着心地がいい。
そして、かかとの低い靴には小花が飾りであしらってある。
服も靴も、ヴィクトルが全て用意している。
ーーそう、どう見ても良いところのお嬢様。
けっして冒険者ではないだろう。よくて商家の娘だろうか?
確かにこんな姿では、目立つだろう。
皆が渋面になるほど、自分はダメなのだろうか。
しゅん、と三人の服装と自分を見比べて肩を落とす。
「ギルド長。お嬢様は何一つおかしいところはございません。失礼な物言いはお控えください」
「いや、だから、お前のそう言うとこだってー。……やだぁ、怖いー」
「……」
ドリィが、落ち込む私の目を隠してきた。
「お二人とも。それ以上は、別室でお願いしますよぉ?ここには、可愛い冒険者のたまごがいるんですからぁ」
ーー声は優しいのに、なぜだろう、背筋が寒い。
「……おい!ドリィを怒らせるな。そのナイフ仕舞え!!お前はギルド内で、ナイフを出すの禁止っ。嬢ちゃんに手ぇ出した奴、全員消す気だろうが!」
「そんなの、ギルド長がお嬢様に余計なこと言うからだろ。お嬢様は可愛いんだ。そういう下衆な奴が全面的に、悪い。黙って、見なきゃ、死人なんか、出ないっ!」
ボソボソと呟く二人の声、ティールには聞こえない。
けれど、ドリィには聞こえたようだ。耳がピコピコ動くのがティールには見えなくても分かった。
「あらぁ。もしかしてヴィクトルさん無自覚……?」
何がなんだかティールには分からないが、冒険者の仲間入りをした気がするのは分かった。




