11話 氷の瞳
冒険者になってみたい。
それは、ティールが口にした初めての願いで。
デビュタントと同時に、第二王子との婚約を結んだ時も淡々としていた"水晶姫"からは、想像も出来ない言葉。
彼女が、自分で選んだことが嬉しくて。
その側に居ることを、許されたことが嬉しくて。
胸が熱くなる。
「あ、あのね。大変だと思うけど、頑張るからっ!お料理とか?洗濯?とか、掃除も!」
ダメかな?そう慌てる彼女は、どうやらヴィクトルが話さないことで不安になったらしい。
調理に励むお嬢様。
洗濯物を干すために背伸びするお嬢様。
埃まみれになりながら奮闘するお嬢様。
ーーあぁ。全部、尊い。
ヴィクトルは目を閉じ、愛すべき姿を全て想像して、喉をならした。
そうして、冷静さを装うようにして口を開く。
「……お嬢様。私は、冒険者を反対しておりません。お嬢様が望まれるのでしたら、しっかりとフォローさせていただきますので」
衣食住には困らない、公爵令嬢としての貴族の生活から一転、冒険者となる。
その道は普通なら大変だろうが、自分はA級冒険者だ。正直、蓄えならかなりある。お嬢様一人に加え世話付きのメイド、下働きを雇ってもなんら問題は無い。
ーーが、せっかくお嬢様と二人になれたんだ。誰にも、その立場を譲る気はないけれど。
ところで、お嬢様はどこで冒険者を知ったのか?
オルド王国にも冒険者ギルドはあるが、シグラズル公爵家が依頼をすることは無かったはず……。
腕の中で彼女がモゾモゾと動き始めたので解放すると、家紋付きのペンダントをヴィクトルへと見せてきた。
「ヴィクトルは知ってるかしら?うちの領地には、龍が住む山があるのよ。御伽話も。それにね、お母様がよく冒険者の話をしてくれたわ!」
ティールはキラキラと目を輝かせて、家紋に描かれた龍を指でなぞる。
スッと細めた目の下、家紋の龍を見て一瞬思考するーー勝てるだろうか、そう考えた自分に呆れた。
自分に向けられたことのないその瞳の輝き、会ったこともない龍に、ヴィクトルは確かに嫉妬した。
「お嬢様は、その冒険者になってみたいのでしょうか?」
目を閉じてくだらない思考を彼は捨て去ると、ティールに話を振ってみる。
「あ、それは無理だと思うの。だって、とてもとても強いのよ。お母様の言う冒険者の人。それでいて温かくて優しいのですって。素敵ね。……でも、出来ればそうね。私も、人の役には立ちたいわ」
「……お嬢様はすでに、人のために行動を起こせる、優しい方です」
ーーいつかの自分に手を差しのべてくれたように。
ところで、その強い冒険者とやらは誰だ。御伽話の主人公か?それにしては、お嬢様の口ぶりでは個人を指している気がする。
母君が存命だったなら、是非聞きたいところだ。
強いと言えば公爵だが、あれは優しくはないだろう。むしろ、周囲を凍らせるのではないだろうか。
「……」
ふるりと彼女が肩を震わせた。
しまった、嫉妬のあまりに冷気が漏れたらしい。
ヴィクトルは頭を振って、サイドテーブルの食器を片付け始める。
「お嬢様が歩き回れるほど回復されましたら、一緒に冒険者登録をしに行きましょう」
背筋を正し、にこりと微笑んで部屋を後にする。その手に持つトレーはきっちりと凍りついていた。
◇◆◇◆◇◆◇
「はい。頼まれてた物」
騎士服に身を包んだガタイのいい男が、シャンパンの瓶三本と、丁寧に布に包まれた使われたグラスをテーブルに置く。
「夜会がまだ前半で助かりました。終わってからだと、回収が間に合わなかったかと」
「そうなったら、お前の首が飛ぶだけだ」
そう言いながらローグル公爵は、瓶の一本を開けーーそのまま飲んだ。
「酷いなぁ。部下は大事にしてください。って、あ、こらっそれは!!」
「大事にしている。……これを、飲んだのか?」
フンと鼻をならしローグル・シグラズル公爵は部下を見た。その銀の目は、僅かに光を帯びている。
「騒ぎの直前だったので印象に残ったようです。目撃者はそれなりに。……殺気、しまってください」
部屋が凍っちゃうんで。と部下はさらりとかわし、その身には魔法で熱をまとっている。
証拠品を含め、部屋を保護する気はないようだ。
「で、"何か"入ってました?」
「巷で出回り始めたドラッグだろう。私には効かん」
が、娘には多少効いたようだ。
毒ではないために魔道具も正常に作動せず、結果、魔力暴走を引き起こすことになったのだろう。
「えぇー、ついに"城も"ですか」
「お前は飲むな。人間には"効き"すぎる」
瓶を見つめる部下の好奇心に、釘を刺した。舐めるだけでも、影響が出るだろう。
娘が手にしたグラス、それを手に持ち見つめる。
偶然、ではないだろう。婚約破棄に合わせ、誰かが意図的に持ち込み、娘に飲ませたことは明白だ。
「他に、このシャンパンを飲んだ者にも目を光らせろ。ーー3本だな?」
「ええ。3本です。今回の夜会の納品、全数調べました。擬装ラベル、魔力痕などからほぼ確定です。指示後すぐ回収しましたので。1本は空。1本は未開封。残りはさっきお飲みになったやつです。お嬢様含め、10人もいないかと。……お疑いに?」
「お前の目は疑っておらん」
部下はそれだけで満足げに頷き、作業へと戻った。
公爵の瞳は、グラスに注がれたまま、その先、遠い光を見つめていた。




