10話 あなたと共に
「……お嬢様は、いったい、何があったのですか?」
身体のダメージも深刻で、寝ていた時間が長い、負担にならないよう考えられた少量のスープは、あっという間に空になった。
スープを飲み終えた彼女の口元、ハンカチで拭いながら、ずっと気になっていたことを聞く。
「……分からないわ」
そう答えた彼女は眉間に皺を寄せ、記憶を探しているようだ。
「シャンパンを、飲んだのは覚えているの」
抱き上げた時に、アルコールの匂いを嗅いだことを思い出す。
あれはシャンパンだったのか、それにしては、香りが強く度数が高い気がした。
そもそもシャンパン程度でお嬢様が酔われるはずもない。デザートワインを好まれていたからだ。
「本当に、シャンパンでしたか?それよりも強いお酒、と言う可能性は?」
「夜会で、令嬢に強い酒を勧めるなんて無いわ。それに飲みきるなんてマナー違反よ。いつもグラス半分も飲んでないもの」
「あの時もそうよ」と、酔ったことによる、魔力の暴走説を却下された。
「でも、その後から……、なんだか変だったわ。……ああ、そう。婚約破棄されたわね」
さらりと爆弾発言をする。一瞬自分の願望か、聞き間違えかと耳を疑った。
相手は確か、第二王子だったか。
「義妹のフレイと婚約を結び直すと、ダンスも踊っていたわ。お義母様に言われて私は……。気づいたら、馬車に揺られていたの」
話して疲れたのだろう。
ティールはふうと、息を吐き出している。
その手は公爵のネックレスに触れ、遊んでいた。
「馬車で、涙が出て、驚いたわ。そこからは本当に、よく覚えてなくて。ーーって私、ここで起きてから、泣いてばかりね」
くすりと笑い恥じはらうその姿は、年相応の少女だ。
お嬢様を狙っていたごろつきには、どうやらまったく気づいていないらしい。
婚約破棄直後の襲撃未遂。首謀者が公爵ではないのなら、その相手は。
なら、……彼女には気づかないままで、いてほしい。
芽生えたばかりの心に、後ろ暗い思惑など不要だ。
「お嬢様はこれまで、魔力過多のために魔力と感情を封じられておりました。先日の魔力暴走の際に魔道具が壊れましたので……。これからは、ご自身の感情に、戸惑いになることもあるかと存じます」
ヴィクトルと出会う前、幼いティールは多すぎる魔力に並みの魔道具では対処できず、感情も封じるしかーー、無かったのかもしれない。
出会った時の彼女の無表情を思い出す。背丈も、かなり小さかったはずだ。あの時にはすでに、ピアスをはめていたのだろう。
「感情が揺れた時の魔力の暴発に関しては、先程のピアス、それから小指のリングが防いでくれます」
冷たくなった彼女を思い出す。もう二度と、あんな目にあってほしくない。
けれどそのために、この笑顔を無かったことには、もう、したくない。
「お嬢様にはこれから、魔力の暴走を起こさないよう、魔力制御を覚えていただきます」
笑う彼女のそばに、……願わくば、ずっと居たいと思う。
「ダザル帝国は温暖で魔物も多くいます。そのため冒険者などの活動が活発で、魔力制御の訓練にも適しているかと。一方で公爵領であれば前公爵夫妻がおりますので、何かと心強いかと思います。どちらにいたしましても、私がお嬢様の身の安全をお守りしますので、ご安心くださいませ」
「本邸には、まだ戻られない方が良いでしょう」と続けると、彼女は、そうねと返した。
「この国にいて良いのなら、ここで良いのではないしら?」
と答えてから、「あ、」と彼女はちょっと慌てる。
「違うのよ。自暴自棄とか……、そうではないわ!第二王子との婚約破棄、政治的意味合いでのものだったから、私はなんとも思ってないの。政治的にも恋愛的にも、義妹フレイの方が良いのなら、それがまるく収まるでしょうし」
手を左右にブンブンと振りながら必死に弁解をしている。その顔は少し赤く、きっと今、必死に慣れない感情と向き合いながら考えているのだろう。
「婚約破棄された公爵令嬢なんて……。公爵家には、まだ幼いけれど義弟もいるのよ。私が"事故でいなくなった"にしておいた方が、お互いに都合が良いと思うのよ」
事故?と言って良いのかしら?とティールは頬に手をあて本気で考えている。その一生懸命な仕草と陰った瞳に、ーー思わず手が伸びた。
「たとえ公爵家から離れようとも。どうなろうとも、お嬢様が望まれる限り。私は、……私は。ティール様のお側にずっと……、ずっといます」
「そう?……なら、とっても心強いわね!」
抱きしめられたことに、目をまんまるに身を固くしたティールだったが、へにゃっと笑った。
「あの……今の私、その、実はね。……ちょっと、冒険者になってみたいと思ってたの!」
その顔はとても無邪気で、泣き出しそうで……、綺麗で胸が締め付けられるほど愛おしかった。




