1話 暴走する魔力
「違うのよ。自暴自棄とか……、そうではないわ!第二王子との婚約破棄、政治的意味合いでのものだったから。
私はなんとも思ってないの。政治的にも恋愛的にも、義妹のフレイの方が良いのなら、それがまるく収まるでしょうし」
手を左右にブンブンと振りながら、ティールは必死に弁解をしている。
その顔は少し赤く、きっと今、必死に慣れない感情と向き合いながら考えているのだろう。
「婚約破棄された公爵令嬢なんて……。公爵家には、まだ幼いけれど義弟もいるのよ。
私が"事故でいなくなった"にしておいた方が、お互いに都合が良いと思うのよ」
事故と言って良いのかしら?とティールは頬に手をあて本気で考えている。
その一生懸命な仕草と陰った瞳にーー思わず手が伸びた。
「たとえ公爵家から離れようとも。どうなろうとも、お嬢様が望まれる限り。
私は……私は。ティール様のお側にずっと……ずっといます」
「そう?……なら、とっても心強いわね!」
ヴィクトルに抱きしめられたことで、目をまんまるに身を固くしたティールだったが、へにゃっと笑った。
「あの……今の私、その、実はね……ちょっと、冒険者になってみたいと思ってたの!」
その顔はとても無邪気で、今にも泣き出しそうで……綺麗で、胸が締め付けられるほど愛おしかった。
◇◆◇◆◇◆◇
パタタ、と何かが膝に落ちる音を聞き、なんだろう?と視線を落として、私は瞬きをした。
月明かりが射し込む馬車の中、ドレスには幾つもの丸い染みが出来ていた。
……これ、涙?
頬に触れた指先に温かい雫が溢れる。
ガタガタと、森を荒く進む馬車の中。
窓に映り込んだのは、ローズクオーツを思わせる薄いピンクの髪。
泣き腫らしてなお煌めくアメジストの瞳の少女。
泣いているのは、私。
ーーなぜ、泣いているのだろう…?
ぼんやりとした思考の中で、考えがまとまらない。
夜会に居たはずなのに、なぜ今馬車に揺られているのか…。
ただ、涙だけが静かに、絶え間なく零れ続けていた。
パキッと何かが壊れる音がする。
耳からスルリと落ちたそれは小振りの宝石がついた意匠の施された金のピアス。
ピアスを拾おうと手を伸ばし、瞬間、身体の奥を言い知れぬ熱が焼く。
視界が白く染まり、轟音が世界を押しつぶしていく。
「これは、ティールを守るための魔道具だよ」
ずっと昔に聞いた父の声が鮮明に耳に甦る。
私の中で何かが弾けた。
目の前に、闇が広がっている。
ーー怖い。
大好きだった母、最後に握ったその手は冷たく、固かった。
見つめた自分の手も、それと同じように熱を感じない。寒い。冷たい。
自分は、どうしてしまったのだろう。
周りを見渡しても誰もいない。ひとりぼっちの闇。
パタリ。アメジストの色の瞳から、頬を伝って涙が落ちる。
ーー悲しい。
パタリ。伝う涙が、時が止まったわけではないと教えてくれる。
けれども自分の身体は固まったかのように重く、動かない。
ーー悲しい。
寂しい。言い知れない不安が、冷たい闇が、私から熱を奪った。




