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婚約破棄シリーズ

婚約破棄され、国外に追放されました。「あら、これで終わり?」

作者: 一ノ瀬和葉

王都の大広間には、豪奢なシャンデリアが輝き、磨き抜かれた大理石の床に光の粒を散らしていた。


宮廷舞踏会の夜。煌びやかな音楽と、華やかな衣装をまとった貴族たちの笑い声が交錯している。


その中心で、私――クラリッサ・フォン・ヴェルナーは、場違いなほど冷たい視線に晒されていた。


「クラリッサ・フォン・ヴェルナー。お前との婚約を、今ここで破棄する!」


声高に告げたのは、私の婚約者であるはずの王太子アルノルト殿下。金色の髪と青い瞳を持ち、絵画の中から抜け出したように美しいと称えられる青年。


その彼が、今まさに私を断罪する姿を、集まった百人を超える貴族たちが食い入るように見つめていた。


「……殿下、それは一体どういう意味でしょうか?」


喉が焼けるように乾きながらも、私はかろうじて声を絞り出した。


アルノルト殿下は、隣に寄り添う少女を抱き寄せ、勝ち誇ったように口角を吊り上げる。


「お前の奸計はすべて暴かれた! このリリアーナを妬み、彼女を陥れようと数々の罠を仕掛けたこと――すでに証人もいる!」


リリアーナ。辺境伯家の三女で、華奢な体つきと大きな瞳が特徴的な少女だ。


王宮に上がってわずか数か月で殿下のお気に入りとなり、いまや私を悪女に仕立て上げる役を見事に演じている。


「わ、私は……ただ殿下のご寵愛をいただいてしまって……クラリッサ様が怒るのも無理はありません……でも、私は……!」


涙ぐみ、今にも崩れ落ちそうに訴えるリリアーナ。その姿を見て周囲の貴族たちの囁き声が溢れた。


「なんて可憐なお嬢様だ」

「あのヴェルナー令嬢が嫉妬で……?」


違う。全部違う。

私はリリアーナを陥れたことなど一度もない。


むしろ、彼女が仕組んだ罠に何度も巻き込まれた。だが、その証拠はすべて消され、逆に私が加害者に仕立て上げられていたのだ。


「殿下、冷静になってください。私がそのような真似をしたという証拠を、ぜひお示し願いたい」


「証拠などいくらでもある! リリアーナの涙が、その最たるものだ!」


「……」


愕然とした。

証拠が“涙”? それが未来の王太子の口から出た言葉だというのか。


「クラリッサ、お前は婚約者としての責務を果たさなかった! 冷酷で、領民を虐げ、友を持たぬ高慢な女だ! このアルノルトの妃にふさわしくない!」


殿下の言葉に、周囲の視線が一層冷たく突き刺さる。


その中には、これまで共に学んだ友人、舞踏会で何度も踊った若者たち、そして政務で顔を合わせた大臣や将軍たちまで含まれていた。


誰一人、私の無実を信じようとしない。


――ああ。

これが「断罪の場」というやつなのだ。


一歩後ずさると、背後でドレスの裾が床を擦った。心臓は激しく脈打ち、手は冷たく震えている。けれど、不思議と涙は出なかった。


「……わかりました、殿下」


「なんだと?」


「この場をもって、終わりに致します」


会場がざわめいた。

殿下が勝ち誇ったように顎を上げる。


だが私は、その顔を真っ直ぐに見据えて告げた。


「ただし――この選択が、後にどれほどの代償を生むか。どうぞお忘れなきよう」


一瞬、アルノルト殿下の瞳が揺れた。だがすぐに嘲笑が浮かぶ。


「威勢のいいことだ。だが、お前の居場所などもうどこにもない!」


リリアーナが殿下の胸に顔を埋め、周囲からは祝福の拍手さえ起こる。


私は踵を返し、冷ややかな視線と侮蔑の囁きを背に受けながら、会場を後にした。


――すべてを失った。

だが、ここから始まるのだ。



王城を後にした私は、そのまま馬車に押し込まれた。

窓の外では、夜の王都が煌びやかに光を放っていて舞踏会の音楽と歓声はまだ続いているだろう。


けれども、その中心にいるはずだった私は、いまや 「断罪された悪女」として冷たく追い払われていた。


「ヴェルナー令嬢。王命により、これより別の領地へと帰還していただきます」


馬車の外から、侍従の淡々とした声が響く。

彼は私に仕えてきた者ではなく、王家の使者だ。つまり、私は「護送」されているのだ。


クラリッサが苦しく呟く。

「……護衛は?」


「不要でしょう。どうせ……」


その言葉の続きを、彼は飲み込んだ。


だが、何を言いたかったのかは察せられる。――どうせ、誰もあなたを襲わない。もはやあなたに価値などないのだから。


胸が締め付けられるように痛む。だが、同時に不思議と頭は冷えていた。


婚約破棄の場で泣き叫ばなかった自分を思い出す。涙を流すのは簡単だ。


けれど、あの瞬間に涙を流したら、私は「嫉妬深い女が負け惜しみを言っている」としか見られなかっただろう。


王太子にとって私は邪魔でしかなかった。

政略上の婚約を、ただ気まぐれな愛情で打ち壊した――その愚かさは、やがて国を揺るがすに違いない。


「……忘れないでくださいませ、殿下」


小さく呟き、私は馬車の奥で目を閉じた。



数日後。

ヴェルナー領の城門が見えたとき、思わず息を呑んだ。


「……なんということ……」


記憶の中にある領地の姿とは、まるで別物だった。


かつて豊かな小麦畑が広がっていたはず。

なのに土地は荒れ果て、道は泥にまみれ、子どもたちは痩せ細っている。


市場には活気がなく、露店の品はほとんど並んでいなかった。


「お嬢様!」


城門の前で私を待っていたのは、幼い頃から仕えてくれている老執事・ギルベルトだった。


白髪交じりの髪を風に揺らし、杖をつきながらも、私を見ると深く頭を下げる。


「無事で……本当に良かった……!」


「ギルベルト。これは、一体どういうことなのです?」


「……殿下の庇護を失って以来、領地には援助が回らず……加えて近年の冷害で、収穫は半分以下。領民は苦しみ、商人たちも去ってしまいました」


胸が締め付けられた。


「お嬢様、せめて城へ。疲れを癒してから……」


「ええ、そうしましょう」


だが、城へと足を踏み入れた私は、さらに衝撃を受けた。


かつて威厳を誇った石造りの城は、壁が崩れ、雨漏りに悩まされるほど荒れていた。使用人の数も減り、廊下は静まり返っていた。


「……これが、私の新しい現実……」


鏡に映る自分の姿を見た。


豪華なドレスは馬車の旅で汚れ、髪は乱れ、瞳の奥には深い疲労が滲んでいる。


もう「王太子妃候補」の私ではない。ただの、荒れ果てた一領地の主でしかないのだ。


「お嬢様。領民たちは……まだ希望を捨ててはおりません。あなたが戻ってきたと聞けば、必ず……」


ギルベルトの声は震えていた。

その瞳には、長年にわたりこの領地を支えてきた者の苦悩と、それでもなお諦めない強さが宿っている。


私は拳を握りしめた。


「……わかりました。ならば私が、この領地を立て直します」


「お、お嬢様……!」


「殿下に見捨てられたからこそ、私はこの地に残された。ならば、ここから始めるのです」


その言葉を口にした瞬間、不思議と心が軽くなった。

失ったものを嘆くより、守るべきものを見据える方がずっとまぶしい。



その夜。


静まり返った城の一室で、私は机に地図と古い帳簿を広げた。


「収穫量は激減……税収も落ち込み……兵は半数以下に……」


絶望的な数字が並んでいる。

だが、ページの隅に「まだ希望がある」と書き込む自分がいた。


そのとき、窓の外から「にゃあ」と鳴き声がした。

窓を開けると、一匹の痩せた灰色の猫が、こちらをじっと見上げていた。


「……あなたも、行き場を失ったのかしら」


そっと抱き上げると、猫は力なくも喉を鳴らした。

不思議な温もりが胸に広がる。まるで「大丈夫」と励まされているように。


「……そうね。私たちはここからやり直すの。だから一緒に、生きていきましょう」


その夜、私は猫に「ミルク」と名を与えた。

小さな命と共に、再出発を誓う。


――追放の果てに、私の新しい物語が始まったのだ。



翌朝。


冷たい風に窓を叩かれ、私は早くから目を覚ました。

王都の柔らかな絹の寝具とは違い、この城の寝台は硬く、掛布は薄い。


だが、夜明けの光に包まれると、心の奥に確かな活力が湧いてくるのを感じた。


ベッド脇で丸くなっていた灰色猫――ミルクが「にゃあ」と鳴いた。


「おはよう、ミルク。今日から忙しくなるわよ」

そう声をかけると、ミルクは尻尾を揺らし、まるで返事をするように伸びをした。



朝食を終えた私は、執務室に帳簿を積み上げ、ギルベルトを呼び寄せた。


「お嬢様、これらは過去三年分の記録です。ただ……正確さには欠けます。徴税官の一部は職務を放棄し、逃げ出した者もおりますので」


「……予想はしていました。では、まずは現場を見ることから始めましょう」


私たちは馬にまたがり、領地を巡ることにした。



最初に訪れたのは、かつて黄金色に輝いていたはずの小麦畑だった。


だが目に映ったのは、無残に枯れた穂と、膝を抱える農民たちの姿。


「クラリッサ様……!お戻りになったのですか!」


「ええ。しばらくはここに腰を据えます。状況を教えてください」


農民の老人は、震える声で答えた。

「冷害で収穫が三分の一以下に……肥料も買えず、畑を耕す牛馬も売り払うしかありませんでした」


私は唇を噛んだ。

農民たちが怠けていたのではない。ただ、生きるために削れるものを削った結果、再生の手段さえ失ったのだ。


「……まずは食糧の確保ですね」


「ですが、もう備蓄も……」


「大丈夫。方法はあります」


まだ確かな策があるわけではなかった。

だが、このまま指をくわえて見ているわけにはいかない。



次に訪れた市場は、さらに荒れていた。


並んでいるのは干からびた魚、しなびた野菜、割れた陶器ばかり。人影もまばらで、通りの片隅には病に伏した子どもが寝かされていた。


「薬師は?」と尋ねると、町の女が首を振った。


「王都に呼び戻されてしまって……ここにはもう、まともな医師もいません」


怒りがこみ上げた。

王太子はリリアーナに夢中になって、地方の疲弊など顧みなかったのだろう。


そのツケを払っているのは、紛れもなく何の罪もない領民たちだ。


私は子どもの手を取り、冷たい額に触れた。


「辛かったでしょう……必ず手を打ちます。どうか少しの間だけ、耐えてください」


女は涙ぐみ、深く頭を下げた。


「クラリッサ様……どうか、この地をお救いください……!」


その声が胸に重く響いた。



城へ戻る道すがら、私はギルベルトに問いかけた。


「この地には……まだ力を貸してくれる者は残っていますか?」


「……少数ながら。鍛冶職人の娘、薬草に詳しい孤児の少年、それに商会を飛び出した若き商人など……」


「なるほど。ならば、彼らに会ってみましょう。領地を立て直すには、一人でも多くの知恵と手が必要です」


その夜、私は執務室にこもり、羊皮紙に計画の骨子を書き出した。


――まず、畑を再生すること。

――薬草や保存食を確保し、病と飢えを防ぐこと。

――商業の血を取り戻すこと。


「大きな国を動かすことはできなくとも、この領地を救うことならできるはず」


ペンを握る手に力を込める。

それは復讐心ではなかった。


ただ、ここで苦しむ人々を救いたい――その願いが、私を突き動かしていた。


机の上で丸くなっていたミルクが「にゃあ」と鳴く。

私は微笑み、猫の頭を撫でる。


「ええ、あなたも手伝ってちょうだいね。……私たちの戦いは、もう始まっているのだから」


――そして、クラリッサの改革は動き出した。


領地改革に取り組むと決めた翌日、私はギルベルトに頼んで「まだ力を貸してくれる人々」に会う準備を整えた。


瓦解した領地を立て直すには、知恵と技術、そして人の心が必要だ。



最初に訪れたのは鍛冶工房だった。

火は消え、煤にまみれた作業台には埃が積もっている。


だが、奥から「ガン、ガン」と小さな音が聞こえた。


工房の隅で小さなハンマーを振るっていたのは、赤毛を三つ編みにした少女だった。年は十六ほどか。

私たちに気づくと、ぎょっとした表情で振り返る。


「クラリッサ様……!? お戻りになったのですか」


「ええ。あなたは?」


「リサ。鍛冶職人ヘルマンの娘です。父は病で……今は寝たきりで、工房も私が細々と」


リサの目には、諦めと悔しさが混じっていた。


彼女の前の台には、粗末ながらも形の整った(くわ)が置かれている。


「これを作ったのはあなた?」


「……はい。でも、売れません。食べ物を買うお金さえなくて」


私は鍬を手に取り、しっかりとした重みを確かめた。


「立派なものよ。領地を立て直すには、こういう道具が必要不可欠。リサ、あなたの腕を貸してくれないかしら」


「えっ……私に?」


「そう。あなたが鍬を作り、農民が畑を耕す。これ以上に大切なことがある?」


リサは涙ぐみ、深く頭を下げた。


「……やってみます! お父様の誇りを、この工房を……絶対に絶やしたくありません!」


その日、彼女は改革の最初の仲間となった。



次に出会ったのは、町外れの森にいた孤児の少年だった。


痩せこけ、ぼろ布をまといながらも、籠いっぱいに薬草を摘んでいる。


「……何をしているの?」


「っ……!」

少年は私を見て怯えたように後ずさる。


「待って。私は害を加えるつもりはないわ」


少しずつ距離を詰めると、籠の中に見慣れた薬草がいくつも入っていた。


解熱や止血に効くもの、毒消しになるもの……。


「これは……相当詳しくないと集められないはず」


「……昔、母さんが薬師でした。死んじゃったけど……母さんの真似をしてたら、少しはできるようになって……」


小さな声で答える少年。名を「ユリウス」と名乗った。


まだ十二歳ほどだが、その目は驚くほど真剣だった。


「ユリウス、もしよければ……城に来ない? 薬草を知っている人材は、この領地にとって貴重よ」


「……でも、僕は孤児だし……誰も信用してくれない……」


私は膝をつき、彼の目を真っ直ぐに見つめた。


「私が信用するわ。あなたの知識は、多くの命を救う。私と一緒に働いてほしい」


ユリウスの瞳に涙がにじみ、やがて力強く頷いた。



そして最後に出会ったのは、町の酒場にいた若き商人だった。


栗色の髪を肩まで伸ばし、磨き上げられた靴を履いているが、その表情には倦怠が漂っていた。


「クラリッサ様が直々に? 珍しいこともある」


「あなたが、商会を飛び出したライナーね」


「ええ。王都の大商会にいましたが……殿下が辺境を切り捨てるのを見て、吐き気がしたんですよ。どうせ滅びる土地に、商人は残りませんから」


彼はワインを口にし、肩をすくめた。


「けれど……あなたが戻ってきたと聞いて、少しだけ興味が湧いた。王都で笑い者になった令嬢が、本当に領地を救えるのかって」


挑発的な視線。だが、その奥には確かな知恵と野心が感じられた。


「私には華やかな宮廷の後ろ盾はない。でも、あなたのような商人の力が必要。――協力してくれる?」


「条件次第ですね」


「利益の半分はあなたに委ねる。その代わり、領地を捨てて逃げることは許さない」


ライナーは目を見開き、やがて声を上げて笑った。


「ははっ! 面白い! 王太子に捨てられた令嬢が、ここまで強気とは。いいでしょう、乗ってやりますよ!」


こうして、彼も仲間に加わった。



夜。


私は執務室に集めた三人を見渡した。

鍛冶娘リサ、薬草少年ユリウス、若商人ライナー。


決して大きな力ではない。

けれど、この出会いこそが領地再生の始まりだった。


「今日から私たちは、一つの運命を共にします。困難は山のようにあるでしょう。でも必ず――領地を救いましょう」


私の言葉に、三人は真剣な眼差しで頷いた。

机の端でミルクが「にゃあ」と鳴き、まるで「仲間が増えたね」と告げているようだった。


――こうして、クラリッサの戦いは小さな同志を得て、本格的に動き出したのだった。



辺境の領地に到着してから数週間。

荒れ果てた畑の再生は、想像以上に厳しい戦いだった。


「リサ、この鍬をもっとこう……」


「はい、クラリッサ様。」


リサは黙々と作業しながらも、クラリッサの指示を受け、鍬を扱う手を微調整していく。


ユリウスも、小さな袋に入れた肥料を慎重に畝に撒いていた。


「この肥料は、薬草と堆肥を混ぜた特製です。土の栄養が少しでも戻るように……」


私は畑を歩きながら、土の感触を確かめる。

乾き切った土、荒れた畝、放置された作物の残骸。


――しかし、その中にもまだ、生命の痕跡が残っていることを感じた。


「……まだ、希望はある」


農民たちも、最初は半信半疑だった。


「本当に芽なんて出るんですかね……」

「うちの畑を、令嬢が直せるなんて……」


けれどクラリッサの確信に満ちた指示と、仲間たちの実力が、少しずつ村人の心を変えていった。



畑の土を耕す音が、辺境の風景に響く。

リサの鍬が土を割り、ユリウスの肥料が香ばしい匂いを放ち、私は種を撒いた。


「まずは小麦と大麦。隣村への交易も考えて、安定した収穫を目指す」


農民たちはまだぎこちないが、一歩ずつ動きを揃える。


「令嬢が一緒なら、私たちも頑張れる……!」


芽が出るまでには時間がかかる。

だが、クラリッサの心には、もう迷いはなかった。


「土を甘く見てはいけません。自然も私たちの仲間なのです」


ユリウスは頷き、鍬を振るう手を止めない。


「令嬢の言う通りです。土に敬意を払えば、ちゃんと応えてくれる」



数日後、最初の芽が顔を出した。


「……出た!見えますか、クラリッサ様!」


農民たちは歓声を上げ、子どもたちは跳ね回る。

小さな命の芽に、人々は希望を見た。


私は微笑みながら言った。


「これが始まりよ。小さな一歩でも、積み重なれば大きな未来になる」


リサは鍬を置き、汗まみれの顔で笑う。


「クラリッサ様、本当に…変われそうですこの土地」


ユリウスも小さく拳を握った。

「土も、人も、ちゃんと応えてくれるんですね……」



夜。


城の小さな広間で、私たちは簡単な祝宴を開いた。


焼き立てのパン、少量の穀物。


それだけの粗末な食事が、何より贅沢に感じられた。


「乾杯。私たちの最初の一歩に」


農民たち、仲間たち、そして膝の上のミルクも、一緒にその夜を祝った。


――これが、私たちの領地再生の第一歩。

荒廃した大地に、新しい命が芽吹き始めたのだ。



畑の芽が顔を出した喜びも束の間、次の問題が私たちを待っていた。


「水が足りない……このままでは、せっかくの作物も育たない」


ユリウスが指差したのは、干上がった小川と、土にひび割れの入った水路だった。


「以前の領主は、井戸や水路の管理をほとんど放置していました。ここまで荒れているとは……」


リサが腕組みをして眺める。


「でも、私たちで直せば、きっと水も取り戻せる。どうやって分けて流すかが勝負ですね」


私は深呼吸して、心を落ち着ける。

――水は命の源。人々の生活も左右する。

ここをうまく整えれば、領地全体の安定につながる。



まず、村の中心にある古い井戸の補修から始めた。


石が崩れ、深く汚れた井戸に、ユリウスは慎重に手を入れ、古い砂や泥を掻き出していく。

リサは石を組み直し、土台を強化した。


「よし、これで井戸はしばらく持つはずです」


「でも、村に水を回すには、まだ水路を作らないと」


ユリウスが手元の設計図を広げる。


「簡単なシステムを作りましょう。傾斜と流量を計算すれば、最小限の労力で水を届けられます」


村人たちも、初めは不安そうだったが、次第に手伝い始める。


「令嬢達の言う通りにすれば、水が届くんだな」

「自分たちでもちゃんと水を回せるのか……」



数日かけて、土を掘り、水路を石で整え、木樋を作り直す。


小さな流れが再び畑を潤す瞬間、村人たちは声を上げた。


「見てください! 水が届きました!」

「これで作物も育つ!」


私は微笑む。

「水は命の源。これで、芽が出た作物も、安心して育てられるわ」


リサは誇らしげに鍬を置く。

「クラリッサ様、この領地……確かに変われますね」


ユリウスも小さく頷いた。

「土も、作物も、人も……ちゃんと応えてくれる」



夜。


星空を眺めながら、水路の音を耳にする。

小さな水の流れが、村と畑、そして私たちの未来をつないでいる。


膝の上のミルクが微笑んでいる。


「ええ、この水のように、私たちの希望も確実に広がっていく」


――最初の芽に続き、水の流れも、領地再生の大きな一歩になった。


村人の信頼、仲間の力、そしてクラリッサの決意。

すべてが揃い始めていた。



水路が完成し、畑に水が行き渡るようになった日、次の課題が私たちを待っていた。


「村の家が……ほとんど崩れかけている」


リサが周囲を見渡し、ため息をつく。


「雨が降れば住める家はほとんどないわね……」


ユリウスも頷く。


「これでは子どもや老人が危険です。まずは住居を整えましょう」


私は深呼吸して、計画を頭の中で整理する。


――安心して住める家があってこそ、作物も人も守られる。


村の再生は、建物の修復から始めなければならない。



まずは村の中心にある広場の整備。

崩れかけた家を補修し、屋根を修理する。


リサが大工仕事を指導し、村人たちが協力して木材を運ぶ。


「クラリッサ様、柱の位置はこうした方が安全です」


「うん、その通り。支えを入れて、雨風に耐えられるようにしよう」


小さな子どもたちも、瓦礫の片付けや土運びを手伝う。


村人たちは笑顔を見せ始め、次第に元気を取り戻していく。



次に道路の整備。


雨で荒れた道や泥だらけの坂道を、石や木材で補強する。


「これで荷物も安全に運べますね」

「商人も来やすくなる。交易も再開できそうだ」


村人たちは徐々に、自分たちの手で村を蘇らせる喜びを覚えた。


「令嬢達がいなければ、こんなに整えられなかった」

「でも、自分たちでもできることが増えてきたな」


私は微笑む。

――村の再建は、人々の心も育てる。

安心できる家があるから、希望も芽生えるのだ。



数日後。


修復が終わった家々の灯りが揺れる中、私は窓の外を眺める。


小さな明かりが集まって、村全体に温かさを与えている。


膝の上でミルクが丸くなる。

「ええ、この村も、少しずつ生き返っている」


私は静かに決意した。

――畑に芽が出て、水路が完成し、家が修復された。

すべては、私たちの手で取り戻した未来の証。


村人たちの笑顔が、次の改革への力となる。

この領地再生は、まだ始まったばかりだ。



次の課題は、領地経済の立て直し――交易ルートの回復だった。


「ライナー、状況は?」

「まだ近隣領との連絡は完全ではありません。道は荒れ、橋も壊れ、荷車は通れません」


私はうなずく。

――思ったより厳しい。

しかし、ここを乗り越えなければ、村も畑も安定しない。



まずは小規模な交易から始めた。


荷車の代わりに人力で穀物や薬草を運び、隣村の商人に届ける。

村人たちも手伝い、泥まみれになりながら汗を流す。


「令嬢、これが初めての交易です!」

「うん、でもまだ道は長い」


ところが、森の中で危機は突然訪れた。

木々の影から、複数の盗賊が現れ、刃を振りかざす。


「穀物を渡せ! 命が惜しければな!」


村人たちは恐怖で凍りつく。

しかし私はすぐに指示を出した。


「リサ、左! ユリウス、後ろを抑えて! 村人も木や石で援護して!」


リサは鍬を盾に構え、ユリウスは杖で石を蹴り、ライナーも素早く盗賊の動きを封じる。

そして村人たちも、恐怖を押し殺して、棒や石を手に盗賊に立ち向かう。


「令嬢がここにいるだけじゃ守れない! 皆で力を合わせるんだ!」

村人の一人が叫び、仲間たちの士気が上がる。


盗賊たちは一度押し返され、驚きと怒りでさらに攻撃を仕掛ける。


しかし、クラリッサ、仲間、そして村人たちの連携は緻密だった。


「ここを通すと思うな!」


私も棒を振るい、リサは巧みな突きを見せ、ユリウスは投石で隙を作る。


数分の死闘の末、盗賊たちは森の奥へ逃げ去った。

倒れこむ村人を支え、仲間と肩を叩き合う。


「……無事だったな」

「ええ、でも危なかった……」


村人たちも震えながら笑う。

「令嬢、みんなで守れた……!」

「一人じゃないってことを、実感したよ」


私は微笑みながら、深く息をつく。

――この危機を乗り越えたことで、仲間の絆も、村人との信頼も、確かに深まった。



しかし、交易ルートの回復はこれで終わりではない。

道はまだ荒れ、橋も不安定で、大型の荷車を通すにはさらに工夫が必要だった。


毎日、村人と一緒に泥道を整え、石橋を補修し、荷車が通れるか試す。


雨が降れば泥に足を取られ、橋は崩れそうになる。

盗賊の噂も絶えず、緊張が続く。


だが、少しずつ成果も出始めた。

村人が自分たちで水路や道を整備し、荷物を運ぶ工夫も覚える。


ライナーの交渉で、隣村の商人たちも協力的になり、交易は少しずつ安定していく。


「クラリッサ様、荷物が届きました!」

「よし、これで少しずつ村の経済を回せるわ」



数週間後、大型の荷車も通れる道が完成。

交易が安定し、村には穀物や塩、薬草が安定して届くようになった。


村人たちは、盗賊との戦いと試行錯誤を乗り越えた自信に満ちていた。


膝の上のミルクも、戦いの後の安堵を感じるように丸くなり、喉を鳴らす。


「ええ、苦戦しても、仲間と村人と一緒なら、必ず前に進める」


私は静かに誓った。

――交易ルート回復の努力は、これからの大きな逆転劇の基盤になる。


村も仲間も、そして私自身も、少しずつ強くなっているのだ。



交易ルートの回復が進み、村には少しずつ日常が戻りつつあった。

畑も水路も整備され、村人たちは穏やかな表情を取り戻していた。


しかし、安心できる時間は長くは続かなかった。


「ユリウス……急ぎです!」

顔色の悪い村の青年が、息を切らして駆け込んできた。


「どうしたんです?」

「子どもや老人が急に高熱を出して倒れています……!」


ユリウスは顔を曇らせ、額に手を当てた。

「ただの風邪ではないかもしれません……集団感染の兆候です」


村の外れの家々からも、うめき声が聞こえ始める。

子どもたちはぐったりと布団に横たわり、老人は震える手で胸を押さえていた。


私はすぐに指示を出した。


「リサ、応急救護所を設置して! 村人も手伝える者は全員呼んで!」

「わかりました、令嬢!」


村人たちは恐怖と不安に揺れながらも、少しずつ集まり、準備を手伝い始める。


「怖いけど……やらなきゃ!」

「みんなで守るんだ!」



応急救護所では、ユリウスが薬草を取り出し、調合に取り掛かる。


しかし、最初の薬は思ったような効果を示さず、熱が下がらない子どももいた。


「……薬草の量を変えてみましょう。煎じ方も変えないと」


彼は焦りながらも、次々と調整を試みる。

失敗と試行錯誤の連続だった。


リサも、担架の運搬で力尽きそうになる村人たちを励まし、何度も休憩を挟みながら動かす。


「もう少し、あと少しだけ頑張ろう!」


村人たちも恐怖を押し殺して互いに支え合い、協力して水や毛布を運ぶ。


「皆でやらなきゃ、村が危ないんだ!」


小さな声が、次第に大きな力になっていく。



そのとき、外では豪雨が村を襲った。

水路はあふれ、畑の一部も流され、道は泥で封鎖される。


「水路が……決壊する!」

「急いで土嚢を作って! 荷物や薬を守らないと!」


私は仲間と村人たちを指揮し、泥と雨にまみれながら必死に作業する。


リサは滑りそうになる子どもを抱え、ユリウスは薬を抱きながら水路の修復を手伝う。


ライナーも荷車を押さえ、流されそうになる穀物を守る。


何度も泥に足を取られ、土嚢は崩れ、薬草は濡れ、村人の一部は疲労で倒れかけた。


そのたび、私は声をかける。

「諦めないで! 一歩ずつでも前に進めば、必ず道は開ける!」


その中で、ぐったりした小さな子どもが私の袖を掴んだ。

「クラリッサ……お熱下がる?」


私は優しく膝をかがめ、手を握る。

「大丈夫よ、皆で助けるからね。だから安心して」


子どもの目に涙が光ったが、少しだけ笑みが戻る。

その小さな笑顔に、私も胸が熱くなった。

――この村を、絶対に守らなきゃ。



数時間後、雨が小康状態になり、水路も応急的に回復。


救護所には、熱が下がった村人、咳の止まった子どもたち、応急処置を受けた傷病者が並ぶ。


疲れ切った顔の村人たちは、互いに微笑み合い、支え合ったことを喜ぶ。


膝の上のミルクも、小さく喉を鳴らし、安心した様子を見せる。


私は子どもたちに声をかける。


「皆、本当に頑張ったね」

「令嬢、ありがとう……!」

子どもたちは手を握り返し、笑顔を見せた。


仲間たちも疲れ切っているが、誇らしげに互いを見つめ合う。


リサは泥だらけで笑い、ユリウスは安堵の息をつき、ライナーも穏やかに頷いた。


――苦しい時間を皆で乗り越えたことで、絆は確かに深まった。



しかし、病状は完全には回復していなかった。

ユリウスが深刻な顔で言う。


「通常の薬草では完治しません。伝説の“夜光草”が必要です」


私は決意する。

「分かったわ。私たちで取りに行く。村人を救うためなら危険でも行くしかない」


リサは力強く頷き、ライナーも地図を広げて確認した。


「夜光草は深い森の奥、崖の近くにしか生えていません。道中は危険です」


膝の上のミルクも、まるで心配そうに私を見上げる。

「大丈夫よ、ミルクも一緒にいてね」



森に入ると、光は薄く、足元はぬかるみや根で覆われていた。


木々の間から奇妙な音が聞こえ、野生動物の気配が漂う。


「慎重に進もう……」

ライナーの声が緊張を伝える。


険しい崖が現れ、夜光草はその斜面に群生している。

「ここから降りるしかない……」


リサが準備したロープを手に、仲間と安全を確認しながら降り始める。


降下中、足を滑らせる者もいた。


「リサ、しっかり掴まって!」

「大丈夫!」


互いに支え合い、励まし合いながら、ようやく崖下に到着。


そこには、淡く光る夜光草が群生していた。


ユリウスは息を呑む。

「これさえあれば、村人たちを救える」


しかし採取は簡単ではなかった。

茎は硬く、光に近づくと土砂が崩れやすい。


私は慎重に手を伸ばし、仲間たちと声を掛け合いながら少しずつ刈り取る。


膝まで泥に浸かりながら、リサが笑った。


「苦労するほど、価値があるってことね!」


ミルクも土に鼻を突っ込みながら、周囲を確かめる。



採取を終え、帰路に着く頃、雨雲が近づく。

森の道は滑りやすく、枝に引っかかることも多い。


「急ごう、村人たちの命がかかっている!」


仲間たちも疲労で息を切らしながらも、互いに支え合い、励まし合いながら進む。


夜、村に戻ると、救護所には心配そうに待つ村人たちの姿があった。


「クラリッサたち……!」

子どもたちが駆け寄り、手を握る。


ユリウスが夜光草を調合し、慎重に薬を作る。

村人たちに投与すると、少しずつ熱が下がり、呼吸が安定していく。


「効いている……!」

リサも涙を浮かべ、子どもたちは笑顔を見せる。


膝の上のミルクも、安心したように喉を鳴らす。



私は深く息をつき、仲間たちと肩を叩き合った。


「よくやったわ、皆」


疲れ切った顔に誇らしさと安堵の光が宿っていた。

村人たちも少しずつ元気を取り戻す。

子どもたちは笑顔で駆け寄り、私の手を握る。


「令嬢、ありがとう!」

その純粋な声に、胸が熱くなる。


「皆が頑張ったおかげよ。私だけじゃなく、皆の力があったから」


そう伝えると、子どもたちは嬉しそうにうなずいた。


リサは子どもを抱き上げ、優しく頭を撫でる。

ユリウスは夜光草の調合道具を片付けながら、小さく笑った。


ライナーも、疲労で肩を落としながらも、満足そうに村人の様子を見守っていた。



夜空には星が輝き、森の冒険で得た緊張感は、今や安堵と感謝に変わっている。


村の空気は穏やかで、子どもたちの寝息が優しく響く様になった。


膝の上のミルクも安心したように丸くなる。



翌朝、村の広場では子どもたちが元気に遊び、村人たちは畑や作業に戻っていた。


「令嬢、夜光草のおかげで皆元気になったわ!」


ユリウスの声には、疲れながらも満足感があった。


リサが笑いながら言う。


「苦労した甲斐があったね。村人たちも私たちも、みんな頑張った」


私は横のミルクと、森での冒険や苦難を思い返す。

あの緊張と恐怖、疲労、そして村人たちの笑顔……すべてが、今の穏やかな光景につながっている。


村人たちの笑顔、仲間たちの信頼、そして子どもたちの無邪気な笑顔。

この光景こそが、私たちの努力の証だった。



翌朝、村は昨日の嵐の後片付けに忙しかったが、空気は以前よりも生き生きとしていた。


子どもたちは元気に駆け回り、村人たちは笑顔で畑や作業場に向かう。


私は仲間たちと共に広場に立ち、今日からの計画を説明する。


「皆、今日から少しずつ、農業や手工芸、衛生や医療の技術を学んでいくわ。村を自立させるために必要なの」


リサは笑顔で手を振った。

「私たちも教えるから、安心して!」


ユリウスは薬草や簡単な医療知識を、子どもたちにもわかるように整理して伝える。


ライナーは畑の整備や簡単な工具の使い方を丁寧に教える。



最初の授業は農業。

村人たちは、以前はただ作物を植えるだけだったが、土壌改良や水路管理、効率的な植え方を学ぶ。


「水は深くまで行き渡るようにしないと、根まで届かないのよ」

私は指導しながら手本を見せる。


村人たちは最初は戸惑いながらも、少しずつ理解して作業を進める。


子どもたちも興味津々で質問する。


「クラリッサ、なんで水路を高くした方がいいの?」


「そうすると、水が全体に行き渡るから、作物が元気に育つのよ」


子どもは納得してうなずき、夢中で手を動かし始める。



次に、簡単な手工芸や修理技術を伝授。

リサが道具の使い方を教えると、村人たちは初めはぎこちなくても、次第に手つきが慣れてくる。


壊れかけの器具も、数日かけて修復され、村の生活に少しずつ役立つようになった。


ユリウスは薬草の知識と応急処置を教える。


「薬草の種類や効き目を覚えて、簡単な手当てができるようにしよう」


村人たちは真剣な表情でメモを取り、子どもたちも興味深そうに質問する。



数週間が経つと、村は少しずつ変化していった。

畑は整備され、作物は健康に育つ。


小さな手工芸の製品もでき、生活に必要なものを自分たちで作れるようになった。


子どもたちも授業に参加し、自然と知識を身につけていく。


ある日、森で採取した夜光草を使って簡単な薬を作った子どもが、嬉しそうに私の元に駆け寄る。


「クラリッサ、できたよ! お熱が下がったおじいちゃんに使うの!」


私は微笑み、頭を撫でる。

「よくできたわ! これで皆が助かるわね」



日々の努力が実を結び、村は以前よりも強く、逞しくなっていく。


仲間たちも、教えながら成長していく村人たちの姿に喜びを感じる。


「皆、本当に頑張ってるね」

リサが笑い、ユリウスも誇らしげに頷いた。


私は膝の上のミルクと、村の広場を見渡す。


子どもたちの笑顔、村人たちの働く姿、仲間たちの誇らしげな表情。

全てが、ここまでの試練と努力の結果だと感じる。


「これからも、この村を守り続ける――」

静かにそう誓い、私は深く息をついた。


春の陽射しが村を包む頃、村の広場は活気に満ちていた。

畑は整備され、作物は豊かに育ち、村人たちは生き生きと働いている。


「見て、クラリッサ! 今年は収穫がこんな多い!」

子どもたちが大きなカゴを抱えて笑顔を見せる。


「すごいね、皆の努力の成果よ」

私は膝の上のミルクを撫でながら微笑む。



村人たちの自立した力を活かし、クラリッサたちは交易の準備を始めた。


「輸送ルートも整ったし、これで近隣の街に作物や手工芸品を届けられる」


ユリウスが地図を広げて指を動かす。


リサは荷車や運搬道具を整え、ライナーは交易の警護を確認する。


初めての交易は緊張の連続だった。

荷車がぬかるみにはまったり、急な雨で道が滑りやすくなったりもした。


しかし、村人たちは自分たちで修理や調整を行い、仲間たちと協力して乗り越えた。


「皆でやれば、どんな困難も越えられる!」

その言葉が、村人たちの表情に自信を生む。



交易先の街では、村の作物や手工芸品が評判を呼んだ。


「こんなに質の良い作物は久しぶりだ!」

商人たちが口々に褒め、価格も上々。


村人たちは初めて得た報酬に目を輝かせ、手を取り合って喜ぶ。


「皆のおかげよ、これで村ももっと豊かになるわ」

私はそう声をかけ、子どもたちの笑顔を見守る。



村に戻ると、広場では収穫祭が開かれた。

村人たちは歌い、踊り、笑顔に溢れている。


クラリッサたちも疲労を忘れ、仲間たちと喜びを分かち合う。

「ここまで来られたのは、皆が支え合ったからよ」

私は膝の上のミルクと、心の中で感謝を噛み締める。



夜、星空の下で村人たちが穏やかに語り合う。


「令嬢のおかげで、村はこんなに変わった」

「皆で協力したからだよ」


笑い声が風に乗って広がる。

私は静かに微笑み、村人たちの自立と繁栄を感じた。


領地再生は、単に建物や畑を整えることではない。


村人たちの自立、仲間たちの協力、そして絆の積み重ねこそが、繁栄の基盤となったのだ。


村人たちの笑顔と仲間たちの信頼が、私の胸に温かく広がった。



朝日が村を黄金色に染める。

畑では子どもたちが遊びながら作物の世話を手伝い、村人たちは笑顔で働いている。


「見て、令嬢! ここまで村が変わったよ!」

リサが嬉しそうに笑い、ユリウスは誇らしげに手を組む。

ライナーも穏やかに村の景色を見渡し、微笑んでいた。



かつては病や災害、交易の停滞に苦しんでいた村が、今や笑顔と活気にあふれている。

「ここまで来られたのは、皆のおかげだわ」


村人たちは、自分たちの力で生活を整え、技術を習得し、困難に立ち向かう力を身につけた。


「あの嵐も、夜光草の冒険も、すべてが今の村を作ったんだね」


子どもたちは無邪気に笑い、未来を希望に満ちた目で見つめる。


リサが私の肩に手を置く。

「令嬢、あなたが先頭に立ってくれたから、私たちも全力で支えられた」


ユリウスも頷き、ライナーは小さく笑った。

「皆で力を合わせたから、ここまで来られたんだ」


「ありがとう。皆がいてくれたから、ここまで来られた」



村の広場では、子どもたちが新しい遊びを考え、村人たちは生活をさらに豊かにする工夫を重ねている。


遠くに広がる空を見上げると、朝の光に照らされて、森も畑も街道もすべてが輝いている。


「ここからが本当のスタートね……」


膝の上のミルクが小さく喉を鳴らす。

私は微笑み、希望に満ちた未来を胸に刻んだ。



春の陽射しが、広大な村の畑を黄金色に染める。

畑では子どもたちが元気に駆け回り、村人たちは笑顔で作業に励む。


「これだけ整えば、もう何が起ころうと大丈夫ね」

私は膝の上にミルクを抱き、深く息をついた。


リサが隣で腕組みをし、誇らしげに広場を見渡す。


「ここまで来るのに、本当に長い道のりだったわ。

でも、まだやることは残ってるわ。あの二人のためにも――」


私の心は、かつて婚約を破棄したリリアーナとアルノルトへの復讐を計画でいっぱいだった。


仲間達と村人たちは、既に信頼と絆で結ばれている。

「皆が協力してくれるなら、私たちの計画は必ず成功するわ」


ユリウスがにっこり笑い、森や野山での情報収集へと向かっていった。


ライナーも頷き、村の警護や監視を担当することを宣言した。



広場に集まった村人たちは、初めは不安そうな顔をしていたが、私の計画を説明すると次第に目に輝きが戻った。


「リリアーナたちは慢心している。国外で贅沢に浸っている今こそ裁判を開き、彼らの悪事を暴き、権力も信用も奪うチャンスです」


「でも、令嬢、危険じゃ……?」

年長の村人が心配そうに尋ねる。


「大丈夫。皆で力を合わせれば、絶対に安全に成功させられる」

私は、村人たちに安心を与えるように微笑む。


「皆の知恵と協力があれば、どんな慢心も打ち砕ける」


村人たちは互いに顔を見合わせ、小さく頷く。


「よし、私たちも力を尽くそう!」

「令嬢、私たちも全面協力します!」

「今こそ令嬢へ恩を返す時だ!」


歓声が上がり、広場には一体感が生まれた。

次の段階は、国外にいるリリアーナたちの悪事の証拠を集めること。


「まずは情報収集からね」


私は仲間たちと目を合わせ、作戦の詳細を話し合う。


リサは商人や貴族との接触を通じて情報を集める担当。

ユリウスは薬草や森での観察を利用して、現地の様子を密かに確認。

ライナーは警備や監視で二人の動きを抑え、必要に応じて妨害する。


村人たちは、自分たちの特技を活かしてそれぞれ任務へと向かう。



朝霧が村を包む中、私は仲間たちと広場に集まった。


「今日は、アルノルトたちの国外での動きを確認する日よ」


膝の上のミルクが話を理解しているかのようにこちらを見つめる。


「慎重に、でも確実に証拠を掴む――それが最重要」


私は地図を広げ、交易路や貴族の拠点を指し示す。


「私が街で情報を集めるわ。商人や役人との会話から、二人の動向や不正の証拠を探る」


ユリウスは森の間道を指さして言う。

「私は現地の状況を観察し、秘密裏に物証を手に入れる。村人たちも協力してくれると助かる」


ライナーは穏やかに頷く。

「警備や監視は俺が担当する。二人が動けば逐一報告する」


村人たちは各自の特技を活かして動き始める。


年長の村人たちは国外の役人や商人とのパイプを利用して情報を集め、若者たちは森や山道での偵察を行う。


子どもたちも無邪気に街の様子を観察し、小さな証拠や異変を知らせてくれる。


最初の数日は順調とは言えなかった。

リサが取引の現場で聞き込みをすると、商人たちは二人を庇うか、わざと情報を誤魔化す。


ユリウスも森で隠れて証拠を撮ろうとするが、途中で野生動物に追われ、死にかける。


ライナーの監視も、雨で視界が悪く、二人の行動を把握できないこともあった。


しかし、村人たちの努力と協力は着実に成果を生む。


「小さな証拠でも積み重なれば、確実な証拠になる」



数週間後、証拠は徐々に揃い始めた。


アルノルトが交易資金を私的に流用していた記録


リリアーナが国外の貴族との不正な取引に関与していた証拠書類


両者の慢心や虚言、贅沢な生活の明細


「これで、決定的な一手が打てる」

リサが微笑み、書類やデータを丁寧にまとめる。


「村人たちの協力も、ここまでの成果を生んだのね」

仲間たちの手を握り、全員の努力に心から感謝する。


夜、広場で膝の上のミルクを撫でながら、私は仲間たちに告げる。


「次は、アルノルトとリリアーナに対する重要な一手よ。信用を失わせ、追い詰める」


星空に浮かぶ月が、冷静かつ静かな決意を映し出しているようだった。


仲間たちは互いに目を合わせ、小さく頷く。


「私たちならできる」


その言葉が、村全体の力となり、復讐への道のりが進んでいることを実感させた。



薄曇りの朝、村の広場に仲間たちが集まった。


「今日は、アルノルトたちの信用を揺るがす準備、最後の一手よ」

私は膝の上のミルクと、心を引き締める。


リサは街で得た証拠書類を丁寧に広げる。


「これをうまく使えば、アルノルトたちの不正が明るみに出せるわ」


ユリウスは森の間道を確認しながら、警備体制を調整する。

ライナーも静かに頷き、監視体制を整えた。


最初のターゲットは、アルノルトが贅沢品の資金を不正に流用していたことだ。


村人たちは、国外の貴族や商人たちに匿名で情報を流す。


最初は軽く嘲笑されたり、無視されたりしたが、次第に「アルノルトは信用できない」という噂が広まっていく。


「令嬢、これで少しずつ追い詰められるね」

リサの声には、勝利への期待が混ざっていた。


同時に、リリアーナの不正な取引の証拠も公開する。

村人たちは細心の注意を払い、証拠を巧妙に配布。


最初は信じない貴族たちも、複数の証拠が揃うにつれ、二人の信用は揺らぎ始める。


アルノルトとリリアーナは初めて不安を覚えた。


「どうして……私たちのことを知ってるの?」

「こんなはずじゃ……」


二人の慢心と傲慢さは、徐々に揺らぎ、苛立ちを隠せなくなる。


村人や仲間たちの協力はここでも光った。


森の見張りでアルノルトの行動を逐一報告

商人や役人に匿名で証拠を渡し、信用を失わせる

村の若者たちが街の噂を巧妙に拡散


仲間と村人の努力が重なり、アルノルトたちは次第に孤立を感じ始める。


「あともう少しだよ、ミルク」

私は膝の上のミルクと、勝利の予感に微笑む。


数日後、アルノルトは商取引で失敗を重ね、リリアーナは国外の貴族たちからの信用を失う。


村人や仲間たちの策略が功を奏し、二人の権力は徐々に削がれ始める。


「作戦は成功ね」

私は静かに宣言し、仲間たちと軽く拳を合わせる。


喜びに溢れた笑顔が広場に広がり、膝の上のミルクも喜んでいるようだった。



長きにわたる作業の末、ついに訴状と証拠一式が完成した。


机の上に整然と積まれたそれは、村の努力そのものだった。


「……これでようやく、あの二人を法の場に立たせられる」

クラリッサは深く息を吐き、ミルクを抱き上げた。


翌朝、クラリッサたちは訴状と証拠を馬車に積み込み、仲間と共に国外裁判所へと向かった。


石造りの堂々たる建物を前にしても、彼女たちの足取りは迷いがなかった。


「訴状の提出に参りました」

受付でリサが書類を差し出す。


役人は慎重にそれを受け取り、書類を一枚ずつ確認していく。静まり返った空気の中で紙のめくれる音だけが響いた。


やがて役人は顔を上げ、厳粛に告げる。

「証拠は十分。訴状、正式に受理いたします。近日中に裁判を開廷しましょう」


その瞬間、村人たちから小さなどよめきが起こった。


「……やった」

「これで、ようやく……!」


クラリッサは胸の奥が熱くなるのを感じ、仲間たちと視線を交わした。


努力の結晶が認められ、ついに彼らを法の場へと引きずり出す道が開けたのだ。



夏の光が邸宅の書斎を柔らかく照らす午後、アルノルトは机の上に置かれた封書に目を留めた。重厚な印章が押された封筒は、普段の通知とは明らかに違う重みを持っている。


「……これは一体……?」


リリアーナも机の隣に寄り、眉をひそめた。「また取引の通知かしら?」


アルノルトは封を切った。中から出てきたのは、国外裁判所への出廷命令と、資金横領、不正取引、権力乱用など、二人の悪事の詳細を列挙した書類だった。


「国外裁判所への出廷を命ず」


アルノルトの顔が青ざめる。「な、なんだと……俺たちが裁かれる……?」


リリアーナも唇をかみしめる。「まさか……私たちが……」

かつての高慢さは消え、恐怖だけがその場を支配した。


その夜、二人は国外裁判に備え、書類を読み直しながら言い訳を探す。


「こんな証拠……全部でっち上げだろう!」アルノルトは声を荒げる。


「嘘よ!こんなの証拠にならないわ!」リリアーナも声を上げる。


しかし、クラリッサたちは村で最後の準備を整えていた。リサは証拠書類を整理し、ユリウスは現地での観察報告を確認し、ライナーは法廷内の警備体制を調整している。


村人たちは証言の練習をしながらも、固い決意を持って出廷する準備をしていた。


「皆で力を合わせれば、二人を追い詰められる」

クラリッサは膝の上のミルクを抱き、決意を固めた。



翌朝、アルノルトとリリアーナは警護に付き添われ、裁判所へ向かう。馬車の中、二人は街道に広がる噂や視線を感じ、自分達が孤立していることを痛感する。


「こんな……どうして……」


アルノルトは膝を抱え、リリアーナも小さく震えながら呟く。


慢心は消え、恐怖だけが二人を支配する。


石造りの裁判所に到着したアルノルトとリリアーナは、警護に付き添われて法廷へと歩を進める。


「こんなところで、私たちが……」

リリアーナの声は震え、アルノルトも目を伏せて足早に進む。


控え室ではクラリッサたちが最後の確認をしていた。リサは書類を重ね、ユリウスは証拠品を確認する。


ライナーは法廷の警備体制を整え、村人たちも全員が証言の準備を整えていた。


「皆、私たちの背中を見せるのよ。協力が、彼らを完全に追い詰める力になる」

膝の上のミルクを撫で、私は深く息をつく。


法廷内、裁判官が重々しく声を上げる。

「アルノルト・リリアーナ両名、出廷に応じよ」


アルノルトは肩を震わせ叫ぶ。

「俺たちには何も悪いことは……!」


「そうよ、私も被害者なの!」

リリアーナも必死に反論する。


証人台の村人が静かに声を上げる。

「記録によれば、アルノルトは国外の資金を私的に流用していました」


「流用なんて……それは計画の一部だ!」

アルノルトは顔を赤らめ、声を張る。


クラリッサが立ち上がり、書類を差し出す。

「計画だと言い張るなら、この記録を説明してみなさい。日付も金額も全て一致しています」


リリアーナも負けじと反論する。

「でも、私の行動は村のためだったのよ!私が指示した取引は、村のために必要だったの!」


ユリウスが冷静に証拠を示す。

「その指示の結果、村人たちは困窮し、畑は荒れ、貯蔵も損なわれました。結果を見れば、村のためにはなっていません」


アルノルトは必死に食い下がる。

「でも、あの時は……俺たちは正しいと思ったんだ!」


ライナーが鋭く言い放つ。

「正しいと思っただけでは許されません。結果として村を危険に晒したのです」


リリアーナは顔を歪めて言う

「あの時は混乱していただけなの……!」


村人の一人が立ち上がり、低く言う。

「混乱では済まされません。あなたたちの欲まみれの慢心が、村を苦しめました」


次々に証拠が提示され、反論は一つずつ論破される。


アルノルトは膝をつき、リリアーナは嗚咽を漏らす。


「どうして……俺たちが……」


裁判官が判決を読み上げる。


「それでは判決を言い渡す。

 アルノルト・リリアーナ両名は国外追放、並びに鉱 山での強制労働に処する」


アルノルトは崩れるように座り込み、リリアーナも泣き崩れた。


かつての高慢な二人は、完全に没落したのである。



法廷の外、春の光が差し込み、村人や仲間達は笑う。


「皆の協力がなければ、追い詰められなかった」

私は、仲間たちの顔を見渡す。


街道を進む馬車の中で、二人の姿はかつての威厳も笑みもなく、ただ疲弊と絶望だけを漂わせていた。


慢心は滅び、協力と努力が真の力であることが、二人の没落によって証明された。


村では再び平穏が戻り、畑では子どもたちが遊び、村人たちは笑顔で働く。


膝の上のミルクが小さく喉を鳴らす。

「これが……皆で成し遂げた勝利なのね」


アルノルトとリリアーナのザマァは、村と仲間たちの力を象徴する爽快な結末となったのだった。


ーー後日談。


石と土に囲まれた薄暗い坑道の中、二人は重いツルハシを手に、無言で働かされていた。


「くそ……こんなところで……」

アルノルトは苛立ちをあらわにし、汗で顔をぐちゃぐちゃにしている。


リリアーナも同じく疲弊し、鼻をすすりながら土を掘る。かつての華やかな衣装も、今では煤にまみれて灰色の布切れに変わっていた。


坑道の奥からは、先に働く村人たちの足音や掛け声が響く。


彼らは淡々と、しかし手際よく鉱石を掘り出しており、二人の高慢な姿勢は微塵も許されない。


アルノルトは頭を抱え、「俺たちは……こんな……」と漏らすが、言葉は途中で途切れる。


リリアーナは手元の石を見つめ、涙をこぼしながらも、体は休むことなく動かされる。


昼も夜も区別なく続く労働の中、二人の威厳や笑みは完全に消え失せた。


かつて人々を支配し、村や領地を見下していた面影は、もはや坑道の壁に映る影しか残っていないのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


今回は中編よりの短編を書いてみました。


一方的な婚約破棄から始まったクラリッサの物語は、荒廃した村での生活、仲間や村人との絆、領地再生の努力、そしてアルノルトとリリアーナの裁き――数々の物語を経て完結しました。


物語を通して描きたかったのは、仲間との絆です。そして、慢心や不正は必ず裁かれるということですね笑。


クラリッサたちの成長や努力、仲間との絆が、最終的に爽快な結末を生んだことを感じていただければ幸いです。


この作品が、少しでも読んでくださる皆さんに「スカッとした」「温かい気持ちになった」と思って頂けたなら、作者としてこれ以上の喜びはありません。


好評であれば長編化して書いていきたいと思います。


最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。


ブクマ、評価、感想などぜひぜひよろしくお願いいたします。


一ノ瀬和葉



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