プロローグ:裏切りと追放 第1話 裏切りの宮廷
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静寂が広がる謁見の間に、エリシア・グランベルの靴音が響いた。光を通す高窓のステンドグラスは、今日に限ってやけに冷たく感じる。
彼女の前に立つのは、政略結婚という間柄であったが、恋い慕い、婚約を交わしていた王太子レオニス。だが、その瞳には、いつもの優しさはなかった。
「……婚約を解消したい」
その言葉が、あまりに唐突で、現実味を持たなかった。
「理由を、伺っても……?」
絞り出すような声で問うと、レオニスは側近に扉を開くように合図をした。
「失礼します……」
扉の中から一人の少女が姿を現し、レオニスの元に歩み寄った。
クラリッサ・フロイライン――平民出ながら宮廷魔術師として取り立てられた才媛だ。
彼女がレオニスの隣に立つと、涙を浮かべ、演技めいた声で言った。
「ごめんなさい、エリシア様。わたしと殿下は……本気で、愛し合っているんです……」
まるで芝居のような展開だった。なのに、エリシア以外の者たちは皆、それを当然のように受け入れている。
エリシアだけが、蚊帳の外に立たされているようだった。
「君との婚約は政略だった。だが、私は彼女と出会ってしまった。これは……運命なんだ」
熱っぽくそう言い切るレオニスに、エリシアは何も言い返せなかった。
魂が抜け落ちたように、その場を立ち去ることが精いっぱいだった。
その日の夜、エリシアは実父であるグランベル伯爵から一方的に辺境行きを命じられた。
「恥をさらした娘など、我が一族には不要だ。だが、お前のような娘でも欲しいと言って下さる方がいる」
グランベル伯爵は無表情で告げた。
その“利用価値”とは、結婚という名の追放。相手は、花嫁たちが次々と行方不明になると噂される“冷酷な領主”、バルド・シュタイン辺境伯。
「お父様……それは……」
声は震え、手は冷たくなっていた。
(お父様は私に死ねと言っている……)
血のつながった家族にも見捨てられ、エリシアは絶望した。
だが、誰も彼女の言葉に耳を傾けようとはしなかった。
クラリッサの計略が上手く行ったのだ。
翌朝、エリシアはひとり、無言で馬車に乗せられた。
王都の空は、晴れわたっていたが、その青さは慰めとはならなかった。