寝言で自動書記
その昔、睡眠学習機というものがあった。寝ている間に暗記するための機械である。枕にテープレコーダーが内蔵されており、そこに覚えたい内容を吹き込んだテープをセットしておく。そのテープを睡眠中に再生、それを聞くことで脳が記憶するというのが売りだった。確かに、凄く売れた。しかし効果の程が曖昧で、いつしか廃れたとのことだ。
確かに、睡眠中のインプットは難しいかもしれない。
だが寝ている間のアウトプットは、どうだろう? 何とかなるのではないか?
そう思った人間が既にいる。フランスの詩人アンドレ・ブルトンである。シュルレアリスム(超現実主義)の創始者である彼は眠りながらの口述といったオートマティスム(自動記述)と呼ばれる詩作実験を行い、成果を挙げた。つまり寝言での創作を成功させたのである。
その実験を再現したいと思った私は昔懐かしき睡眠学習枕を押し入れから見つけ出し、普段使う枕の代わりに寝床にセットした。それで寝言を録音すればいいのである。録音スイッチオン! さあ寝るぞ。
翌朝、私は録音した音声をウキウキワクワクしながら再生した。いびきが録音されていた。歯ぎしりも。それだけだった。いや、もしかしたら、私は寝言を喋っていたのかもしれない。何か言っているような声が録音されていたのだ。だが、何を言っているのか、さっぱり分からない。細心の注意を払って聞いているうちに疲れてきたので、止めた。意味のない寝言だから仕方がないとも言えるが、ずっと聞いていると飽きるし、苦痛になってくるのだ。
それでも少しは意味のある寝言を聞き取れたケースがあった。
「天才/缶コーヒー/えんぴつ/ランドセル/量子力学
星座/夏祭り/チェックメイト/ひまわり/おふだ
体育祭/ポーカーフェイス/屋根裏」
何のことなのか分からない。だが調べてみて驚愕の事実が判明した。これは「第4回下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ大賞」のお題だったのだ。
暗記されていた「第4回下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ大賞」のお題が二年の歳月を経て寝言として蘇った理由は不明だ。睡眠学習枕が実力を発揮したのかもしれないが確証はない。だが、すっかり忘れていたお題が寝言となって現れたのは事実である。自動書記は無意識や意識下の世界による表現だと聞く。寝言による自動書記は古くて新しい創作術として普及していく予感がしてならない。