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”運命の神”は、俺の敵。  作者: 青山 文
第三章 お貴族さまになりました
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99.その瞬間を、待っていた。




 『──くっ、マナが足りないっ』


 『ごめん。このままだと、貴女の生命力(プラーナ)が……』


 ”俺魔術”のマナと生命力の変換効率は、はっきり言って最悪。


 <本と知識の女神(インディグレイス)>の別側面(アナザー)である<魔法と自然法則の女神(マギカ=ゲゼッツィー)>曰く。


 ”俺魔法”とは……


 『世界の法則の間隙を突いた”バグ”と云う奴、だな』


 なのだそうで。


 そこに来て、本来神聖魔術(ホーリーワード)系統にしか、そのバリエーションが存在しない<増血術(ブラッディ)()()を、【音の精霊】たちに無理矢理に行使させているのだ。

 そんなの、当然長く保つ訳が無い。


 基本的に、此の世界における魔術と云う奴は。


 周囲に満ちる万物の構成元素たるマナをかき集め、凝縮してそれを触媒にし、術者の持つ生命力を燃焼させることによって、術者の求む現象を引き起こす(すべ)だ。


 ”俺”と【音の精霊】たちの使う”俺魔術”も、一応この原則自体、何ら逸れるものではない。

 ただ、此の世界に在る従来の”魔術”と違う点は、


 『引き出せる現象に、一切何の制限も無い』


 と云うところ。

 そんな、魔法を司る女神さまから”世界のバグ”だと言わしめる反則(チート)具合の魔法、なのだが。


 ────不味い。

 ”俺”の意識が、半分トビかける。


 厳密に云えば、生物ではない【音の精霊】たちの使う”俺魔術”の燃料は。

 全て、”ヴィクトーリア”の生命力から賄われる。


 『お前ら、今すぐ魔法を止めろっ! 自分の主を殺す気かよっ!!』


 ダメだ、シド。

 ここで魔法を止めちゃったら、じぃじとばぁばが助からなくなっちまう。


 『……だけどっ』


 ──判ってる。

 多分、このまま”俺”の生命(いのち)と引き替えにして魔法を使い続けても、もう無理だってのは──

 

 『……だったら』


 ──でも。

 皆が魔法を止めなければ、少なくともその間は。

 ふたりの老夫婦(じぃじとばぁば)は、確実に生き存えていられるんだ。

 だからさ、もう少し、もう少しだけ──


 ”俺”/”わたし”の祈りも虚しく。

 ”マーマ”(ヴィルヘルミナ)とふたり、無意味に自身の生命力を削る時間が虚しく続く。


 ──ああ、ダメだ。

 もう、ふたりとも限界が近い──


 「ふはははははっ! 無様よな、ヴィルヘルミーナよっ!」


 やっぱり来やがったか、カスペル卿(ゴミやろう)め。


 「ふっ。無様に地を這いつくばり、神に”奇蹟”を強請るか。だが、貴様の望む真の”奇蹟”。我が手中に在るのだぞ、んん?」


 その通りだ。

 奴の手にする”神器”<女神の祈り>さえあれば、ふたりともまだギリギリ助かる可能性が残されている。


 「ほれ。今すぐ我が前にひれ伏し頭を下げ、そして請い願うが良いっ! 我ひとりを主と仰ぎ、奴隷として一生を捧げると誓えっ! さすれば、我が”奇蹟”。叶うやも知れぬぞ?」


 ああ、やっぱり。

 こいつの”狙い”は、自身の意が儘できる熟練の<回復術士(ヒーラー)>そのもの、か。


 <女神の祈り>……”前世の俺(ヨハネス)”が、一度は彼女に貸し与えた”神器”だ。

 ミーナも()()を手にすれば、二人が助かる可能性がまだ残るだろう事を当然知っている。

 <回復術(ヒール)>の行使を止め、奴の足下に縋り付こうと膝を向け……


 「ふふふふふふ……ははははははっ! 勝ったっ! 我は、また英雄の座にっ!!」


 やはり。

 奴はこの瞬間を、ずっと夢想していた。

 その高笑い、わかる。解るよ。


 だってさ。

 ”俺”も。


 ────この瞬間(とき)を、待っていたのだからっ!


 「キングっ、クリスっ!」


 「「承知っ」」


 「「っ、んなっ?!」」


 カスペル卿の持つ錫杖の先を、キングが掴み。

 クリスが奴の鍛えてもいない、やわらかい分厚い脂肪に包まれた腹を、強かに蹴り抜いた。


 「ぐぼらっ」


 その隙だけで、充分だ。


 「マーマっ!」


 ”わたし”の言葉の意味を理解したのか、ミーナは投げ与えた<女神の祈り>に生命力を通し、それをふたりへと向けた。


 ──よし。

 みんな、お待たせ。

 フラストレーション、かなり貯まってただろ? 行く(やる)よっ!


 吹っ飛んだカスペル卿と【脳筋】アッセルに【腰巾着】タマーラ。

 あと、その他どーでも良い有象無象(雑魚ども)

 ”わたし”たちの【呪歌】で、今すぐ全員黙らせてやる。


 王宮内で血を流す行いは、不敬罪に相当するのだからね。




 ◇◆◇




 目覚めた時の姿勢のまま、見知らぬ豪奢な天蓋を見上げ、ポツリと。


 「はっ。なにが、チート、だよ……」


 反則過ぎる数々の【呪歌】を発明して。

 世界の”バグ”を利用した”俺魔法”を自在に操り。

 手練れの【冒険者】を、ほんの一言だけで意の儘に使い。


 ────それでも、”家族”ふたりの生命すら救えなかった、ただの無能。


 ────結局。誰も助け、られなかった。


 ”俺”/”わたし”は、誰も。


 誰も、だっ!


 ジュードを始め、衛士として子爵家で召し抱えることとなった、村の自警団のみんなも。

 そして。

 リート子爵たるじぃじ(ヘンドリク)も、ばぁば(ユリアナ)も。


 『……だから、俺は反対したんだ。こうなっちまうのは、最初っから判ってたンだからよ』


 ……シド、か。


 『ほら。変に希望を持つから、余計に、こんな……』


 ああ、そうだね。

 本当にさ、お前の言う通り、だったよ。


 歪みきったカスペル卿(やつ)の性格なら、困っているその最中、絶対目の前に現れる。


 そう確信していたからこそ、無理を通し続けてみた……のだけれど。


 あの時、すでに”ヴィルヘルミナ”も、”ヴィクトーリア”も。


 ふたりとも。

 <回復術>を行使できるほどには、もう生命力が欠片も残っていなかったと云う訳だ。


 ”マーマ”も今頃、同じ様に無力感に苛まれているのだろうか?


 ”ヴィクトーリア”を伴って、ばぁばが彼女の治療院に転がり込んでから。

 それからの4年間。

 もしかしなくても、あの時間が一番”わたし”たちにとって一番の幸せのひとときだったのだろう。

 

 その幸せも、もう終わる。

 終わったのだ。


 どうして、リート子爵、子爵夫人に、その護衛たちが()()()()()しまったのか?


 ──そんな今更なこと、全然追求する気にもならない。


 それどころか。


 『こんな想いをするくらいなら、爵位なんて、もう要らないっ!』


 こころの扉の向こう側から。

 ”ヴィクトーリア”の明確な拒絶の声が、矢鱈と大きく響いた。


 変に混じり合い斑模様となっていた、俺たちの持つ”自我”の、その曖昧な境界線を描いた精神世界の地図も。


 どうやら、また綺麗に別れてしまったらしい。


 そりゃ、そうだよな。

 ”母親(ミーナ)”は、仕事に託けて育児放棄をしていたんだから。

 元々”ヴィクトーリア”は、爺さん、婆さんっ子だったのだ。


 なのに。

 あんな凄惨な現場を目の当たりにしてしまったら。


 泣き叫びそうになるのを必死に堪え、賢明に延命処置を施したと云うのに。


 「その結果が、()()では……なぁ」


 人の気配を感じ、そちらへ顔を向けてみる。


 そこには、椅子に腰掛けたまま船を漕ぐフィリップ卿の姿が。


 ────()()からさ、どれだけ経った?


 『二日目の深夜ってところ-』


 『こいつさ、今までずっと横で寝ずにいたんだぜ? ご苦労なこったよな』


 『シド、嫉妬してらー』


 『うっせーっ!』


 『きゃははははーっ☆ ウケるー』


 態と、なのだろう【音の精霊】たちが無闇に明るく振る舞う。

 魂から繋がっているのだ。

 そんな要らぬ気遣いなぞ、嫌でも伝わってくる。


 だからこそ余計キツいんだよなぁ。


 死するその瞬間を、何度も味わってきた”俺”自身は。

 その辺、わりと慣れていて、結構ドライになっていたり。


 だが、やっぱり”ヴィクトーリア”は違う。

 彼女は、未だ数え9つの小娘に過ぎないのだ。


 その気遣いだけどさ。

 できれば、”わたし”に向けてやってくれるか?


 本当に、頼むからさ。



誤字脱字等ありましたら、ご指摘どうかよろしくお願いいたします。

評価、ブクマいただけたら大変嬉しいです。よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
 いずれは誰かが生命を落とす世界観だなあと思っていた。  やはりこうなってしまうか。  少なくともクズにはクズに相応しい結末を贈らんとやりきれませんな。
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