99.その瞬間を、待っていた。
『──くっ、マナが足りないっ』
『ごめん。このままだと、貴女の生命力が……』
”俺魔術”のマナと生命力の変換効率は、はっきり言って最悪。
<本と知識の女神>の別側面である<魔法と自然法則の女神>曰く。
”俺魔法”とは……
『世界の法則の間隙を突いた”バグ”と云う奴、だな』
なのだそうで。
そこに来て、本来神聖魔術系統にしか、そのバリエーションが存在しない<増血術>擬きを、【音の精霊】たちに無理矢理に行使させているのだ。
そんなの、当然長く保つ訳が無い。
基本的に、此の世界における魔術と云う奴は。
周囲に満ちる万物の構成元素たるマナをかき集め、凝縮してそれを触媒にし、術者の持つ生命力を燃焼させることによって、術者の求む現象を引き起こす術だ。
”俺”と【音の精霊】たちの使う”俺魔術”も、一応この原則自体、何ら逸れるものではない。
ただ、此の世界に在る従来の”魔術”と違う点は、
『引き出せる現象に、一切何の制限も無い』
と云うところ。
そんな、魔法を司る女神さまから”世界のバグ”だと言わしめる反則具合の魔法、なのだが。
────不味い。
”俺”の意識が、半分トビかける。
厳密に云えば、生物ではない【音の精霊】たちの使う”俺魔術”の燃料は。
全て、”ヴィクトーリア”の生命力から賄われる。
『お前ら、今すぐ魔法を止めろっ! 自分の主を殺す気かよっ!!』
ダメだ、シド。
ここで魔法を止めちゃったら、じぃじとばぁばが助からなくなっちまう。
『……だけどっ』
──判ってる。
多分、このまま”俺”の生命と引き替えにして魔法を使い続けても、もう無理だってのは──
『……だったら』
──でも。
皆が魔法を止めなければ、少なくともその間は。
ふたりの老夫婦は、確実に生き存えていられるんだ。
だからさ、もう少し、もう少しだけ──
”俺”/”わたし”の祈りも虚しく。
”マーマ”とふたり、無意味に自身の生命力を削る時間が虚しく続く。
──ああ、ダメだ。
もう、ふたりとも限界が近い──
「ふはははははっ! 無様よな、ヴィルヘルミーナよっ!」
やっぱり来やがったか、カスペル卿め。
「ふっ。無様に地を這いつくばり、神に”奇蹟”を強請るか。だが、貴様の望む真の”奇蹟”。我が手中に在るのだぞ、んん?」
その通りだ。
奴の手にする”神器”<女神の祈り>さえあれば、ふたりともまだギリギリ助かる可能性が残されている。
「ほれ。今すぐ我が前にひれ伏し頭を下げ、そして請い願うが良いっ! 我ひとりを主と仰ぎ、奴隷として一生を捧げると誓えっ! さすれば、我が”奇蹟”。叶うやも知れぬぞ?」
ああ、やっぱり。
こいつの”狙い”は、自身の意が儘できる熟練の<回復術士>そのもの、か。
<女神の祈り>……”前世の俺”が、一度は彼女に貸し与えた”神器”だ。
ミーナもアレを手にすれば、二人が助かる可能性がまだ残るだろう事を当然知っている。
<回復術>の行使を止め、奴の足下に縋り付こうと膝を向け……
「ふふふふふふ……ははははははっ! 勝ったっ! 我は、また英雄の座にっ!!」
やはり。
奴はこの瞬間を、ずっと夢想していた。
その高笑い、わかる。解るよ。
だってさ。
”俺”も。
────この瞬間を、待っていたのだからっ!
「キングっ、クリスっ!」
「「承知っ」」
「「っ、んなっ?!」」
カスペル卿の持つ錫杖の先を、キングが掴み。
クリスが奴の鍛えてもいない、やわらかい分厚い脂肪に包まれた腹を、強かに蹴り抜いた。
「ぐぼらっ」
その隙だけで、充分だ。
「マーマっ!」
”わたし”の言葉の意味を理解したのか、ミーナは投げ与えた<女神の祈り>に生命力を通し、それをふたりへと向けた。
──よし。
みんな、お待たせ。
フラストレーション、かなり貯まってただろ? 行くよっ!
吹っ飛んだカスペル卿と【脳筋】アッセルに【腰巾着】タマーラ。
あと、その他どーでも良い有象無象。
”わたし”たちの【呪歌】で、今すぐ全員黙らせてやる。
王宮内で血を流す行いは、不敬罪に相当するのだからね。
◇◆◇
目覚めた時の姿勢のまま、見知らぬ豪奢な天蓋を見上げ、ポツリと。
「はっ。なにが、チート、だよ……」
反則過ぎる数々の【呪歌】を発明して。
世界の”バグ”を利用した”俺魔法”を自在に操り。
手練れの【冒険者】を、ほんの一言だけで意の儘に使い。
────それでも、”家族”ふたりの生命すら救えなかった、ただの無能。
────結局。誰も助け、られなかった。
”俺”/”わたし”は、誰も。
誰も、だっ!
ジュードを始め、衛士として子爵家で召し抱えることとなった、村の自警団のみんなも。
そして。
リート子爵たるじぃじも、ばぁばも。
『……だから、俺は反対したんだ。こうなっちまうのは、最初っから判ってたンだからよ』
……シド、か。
『ほら。変に希望を持つから、余計に、こんな……』
ああ、そうだね。
本当にさ、お前の言う通り、だったよ。
歪みきったカスペル卿の性格なら、困っているその最中、絶対目の前に現れる。
そう確信していたからこそ、無理を通し続けてみた……のだけれど。
あの時、すでに”ヴィルヘルミナ”も、”ヴィクトーリア”も。
ふたりとも。
<回復術>を行使できるほどには、もう生命力が欠片も残っていなかったと云う訳だ。
”マーマ”も今頃、同じ様に無力感に苛まれているのだろうか?
”ヴィクトーリア”を伴って、ばぁばが彼女の治療院に転がり込んでから。
それからの4年間。
もしかしなくても、あの時間が一番”わたし”たちにとって一番の幸せのひとときだったのだろう。
その幸せも、もう終わる。
終わったのだ。
どうして、リート子爵、子爵夫人に、その護衛たちがああなってしまったのか?
──そんな今更なこと、全然追求する気にもならない。
それどころか。
『こんな想いをするくらいなら、爵位なんて、もう要らないっ!』
こころの扉の向こう側から。
”ヴィクトーリア”の明確な拒絶の声が、矢鱈と大きく響いた。
変に混じり合い斑模様となっていた、俺たちの持つ”自我”の、その曖昧な境界線を描いた精神世界の地図も。
どうやら、また綺麗に別れてしまったらしい。
そりゃ、そうだよな。
”母親”は、仕事に託けて育児放棄をしていたんだから。
元々”ヴィクトーリア”は、爺さん、婆さんっ子だったのだ。
なのに。
あんな凄惨な現場を目の当たりにしてしまったら。
泣き叫びそうになるのを必死に堪え、賢明に延命処置を施したと云うのに。
「その結果が、これでは……なぁ」
人の気配を感じ、そちらへ顔を向けてみる。
そこには、椅子に腰掛けたまま船を漕ぐフィリップ卿の姿が。
────あれからさ、どれだけ経った?
『二日目の深夜ってところ-』
『こいつさ、今までずっと横で寝ずにいたんだぜ? ご苦労なこったよな』
『シド、嫉妬してらー』
『うっせーっ!』
『きゃははははーっ☆ ウケるー』
態と、なのだろう【音の精霊】たちが無闇に明るく振る舞う。
魂から繋がっているのだ。
そんな要らぬ気遣いなぞ、嫌でも伝わってくる。
だからこそ余計キツいんだよなぁ。
死するその瞬間を、何度も味わってきた”俺”自身は。
その辺、わりと慣れていて、結構ドライになっていたり。
だが、やっぱり”ヴィクトーリア”は違う。
彼女は、未だ数え9つの小娘に過ぎないのだ。
その気遣いだけどさ。
できれば、”わたし”に向けてやってくれるか?
本当に、頼むからさ。
誤字脱字等ありましたら、ご指摘どうかよろしくお願いいたします。
評価、ブクマいただけたら大変嬉しいです。よろしくお願いします。




