97.生クリームの影に潜む攻防
2025.02.01.微妙に足りない言葉の追加。
「……分かりました。本当に、あの愚王ったら、もう……」
うへぇ、こわい。
さも可笑しそうに微笑んでいるかに見える正妃殿下だけれど、そのお顔をよく見ると、目元はやっぱり全然笑っていないっていう……
折角美味しく出来たミルクレープも。
そして、辺境伯夫人秘蔵の茶葉を使ったこの紅茶も。
こんなのを話題にしていては、味わいだの、香りだのもヘッタクレも無いというか。
「……おやめなさいな、マハテルート。折角ヴィーがわたくしたちのために作ってくださった特製のお菓子ですのに。その様なつまらないお話をなさっては、味気ないものになりましてよ?」
「ええ。そうでしたわね、お義姉さま。失礼致しましたわ」
正妃殿下主催のお茶会だとはいえ、公式の場ではないからという理由で。
この場では、辺境伯夫人の方が立場が上の様で。
まぁ、実際に正妃殿下は、辺境伯夫人にとって義妹に当たる訳だから、きっと間違いでは無いのだろうけれど。
それでも、これが公式の社交の場であれば。
臣下の礼を取って頭を下げる立場なのは、辺境伯夫人の方である訳で。
理解はできているつもり、なのだけれど……どうにも頭がこんがらかってくると云うか。
貴族、本当に面倒くさい。
「お義姉さまったら本当にズルいわ。こんな可愛らしいお嬢様をお迎えするだなんて」
「うふふ。いくら貴女のお願いでも、ヴィーは絶対にあげないわよ?」
何だろうね、この空気。
微妙に底冷えするっていうか。
妙に背筋がゾクゾクとくる、嫌な気配が漂うというか。
「ええと、ヴィクトーリアさま? この白いお菓子ですけれど」
「はっ、はいぃ。そのミルクレープがどうかなさいましたでしょうか、王妃殿下」
まさか正妃殿下の方から、こちらに直接お声掛けされるだなんて欠片も思ってもいなかったし、咄嗟に声が出て来ないというか、一瞬裏返りそうに。
まぁ、【神の舌】がそれを絶対に赦さないのですけれど。
「他にも、レシピはございますの?」
ああ。
我が領の特産品である”上白糖”のプレゼン用に最適だったとはいえ、ミルクレープはどこまでも味が単調。
最初の一口のインパクトこそ最強だけれど、流石に3人で1ホールともなってくると、飽きが来るのは仕方のない話。
……というか。
まさか、ふたりともそこまでお召しになるだなんて。
全然思ってもみなかった訳、なのだけれど。
「ええと、そうですね。例えば、ですけれど……」
スライスした果実をクリーム層の中に埋め込んでみたり、甘さ控えめのジャムとかを上からたっぷりと。
そういうアレンジも良いかもね、と一応は提案してみた。
後は焼いた腸詰めにジャムを添えて、クレープ生地で巻いたり……とか。
日本人の感覚では、肉に甘い果物のソースの組み合わせは馴染みが無い。
……というか、特にアメリカ人が好んで食するベーコンにメープルシロップとかなんかは、
『うえぇっ』
なんて。
そんな反応をする人が、わりといたり。
でもさ、”甘塩っぱい”は、全世界共通の正義なのだと、個人的には思うんだ。
(魔女に仕立て上げられ火炙りの刑で死んだのは、そういえばこの国での生の時、だったっけな……)
当時のレシピで現在も生き残っているのは、主に豚脂を使用した揚げ物と、鶏ガラや仔牛の骨を使った出汁の概念に。
恐らくは衛生的な問題もあっての話なのだろうけれど、当時のものとは違い異様に酸味が強くなっているマヨネーズ、くらいだろうか。
甘味だけではなく軽食系のレシピにも、クレープ生地は応用が利く。
その中でも、マヨネーズなんかは特に相性が良い。
それらも含めて、正妃殿下には提案してみた。
「ああっ、もう。やっぱりお義姉さまったらズルいわ。どこでこの様な才能に満ちたお嬢様を見出してきたと云うのかしら?」
「うふふ。本当に、わたくしは何もしていないの。ウチの子がね……」
そうだったね。
思えば、あの時のやらかしが全ての引き金、だったんだよなぁ。
ああ、畜生。
アウグストたちを街に放流さえしなければ……
いやいや、どのみち領都に入る際にすでに衛兵どもに眼を付けられてた訳だから、結局は遅かれ早かれの話……だったか。
てゆかさ。
全部に掛かってくる話になるけれど。
”俺”さ、全然、何も悪くなくね?
偶然が重なった果てがこうなのだから。
人生って奴は、きっと何処までも儘成らないもの、なのだろうけれど。
────でも、だからこそ<運命の神>は、思いっきり殴ってやる。
それこそ、力の限り全力で。
めいっぱいに、音高く。
◇◆◇
胃の痛いお茶の時間は、何事も無く何とか凌ぐことができたのだけれど。
正妃殿下と辺境伯夫人の。
「ズルい。わたくしも欲しいわ♡」
と。
「うふふ。絶対にあげない♡」
の。
エンドレスで繰り広げられる、無限ループな会話を、傍から聞かされるとか……もう、本当に辛かった。
当事者のひとりである、はずなのに。
地蔵に徹し少しの反応すらも赦されない……だなんて。
何この罰ゲーム。
多分、アレがあと10分も続いていたら。
”ヴィクトーリア”は胃潰瘍で血反吐を吐いていたかも知れない。
数え9つの幼女にして良い仕打ちじゃねぇだろ、お義母さまよぉ?
あのストレスによる胃痛を、耐えに耐えた辛抱の時間。
【脳筋】アッセルと、その飼い主さまのご登場を待っていた訳、なのだけれど。
<光学迷彩>を施したセントラルをアッセルに付けて監視させていたのだが。
あいつのことだから、飼い主さまに失敗を伝えず素知らぬ顔を貫くもの、だとばかり思っていたのに。
まさか、自らの過ちによって失敗したと飼い主さまに正直に伝え次の策の指示を仰ぐだなんて。
──くそっ、お陰で計画が狂ってしまった。
中毒の振りをして奴らをおびき寄せ、その場でふん縛るつもりだったのに。
セントラルからは、あの後特に進展が無いとの報告を受けている。
まぁ、奴の飼い主さまが予想通りカスペル卿だったのには、本当に笑うしかないのだけれど。
一般の<回復術士>の技術力が底上げされてきたせいで、神器<女神の祈り>の”神通力”というか、アドバンテージが崩れかけているからと、まさか もう一度王族の生命の危機を救うことで英雄に返り咲こうだなんて。
そんな都合の良すぎるマッチポンプを計画していたとは、ね。
で。
日頃の行いのせいで見放されかけているのを空気で感じていたのか、貴族派の連中にリート家とレーンクヴィスト家の”利権”を絡めた旨味のある話を持ちかけての今回の一幕だった……という訳で。
”狂人”カスペル卿にしては、わりと頭を使ったのだなと少し感心したのだけれど。
……というか、そもそもダミアン王子の”事故”ですら、奴の自作自演の可能性も充分に考えられる訳、なんだよなぁ。
<本と知識の女神>にも頼まれている訳だし、やっぱり<女神の祈り>は、奴の手から取り上げてしまわないと不味い気がしてきた。
少なくとも、国王陛下が奴を王宮で野放しにしている間は、きっと誰も幸せになれないだろうし。
ただ、先程まで奴らを監視していたセントラル曰く。
常に肌身離さず、あれを手にしていた、とのことで。
まぁ、そりゃカスペル卿にとって”切り札”なのだから当然だと云えば、当然のお話。
回収する方法については、一応考えておかないといけないかな。
誤字脱字等ありましたら、ご指摘どうかよろしくお願いいたします。
評価、ブクマいただけたら大変嬉しいです。よろしくお願いします。




