96.度し難いっ……
いつも誤字報告ありがとうございます。
非常に助かっております。
「あう……ああっ、くるな……来るなぁっ!」
やっぱり、奴には【音の精霊】の脅しがとても良く効くわ。
何でも力尽くで物事を解決しようとする人間にとって、筋肉で対抗出来ぬ存在には、潜在的な恐怖心を抱くものらしい。
”前世”の俺のことをとことん舐め腐っていやがったからか、此方の言う事を全く聞こうともしないで遊び呆けていた奴に業を煮やし、遂には【音の精霊】を使って徹底的に調教してやった訳、なのだが。
どうやらその時の記憶が、遅効性の毒の様に今日になっても効いている様だ。
奴め。
エル、アール、セントラルの、ウチのスピーカー三兄妹をひと目見ただけで面白いくらいに震え上がってくれるものだから、笑いを堪えるのに本当に苦労したよ。
……でも、安心してね?
ここで大人しく引き下がってくれると云うのなら。
【呪歌】は、しないでおいてあげるから、さ?
なんて。
思ったのは一瞬だけ。
……でも、一定以上の”脅し”は、やっぱり念の為に必要だと思うの。
個人的考え、なのだけれど。
「♪~」
だから、ヒールで軽くリズムを取ってのハミングをしてみれば。
「ひっ、ひいぃぃぃ」
こうかは ばつぐんだ!
アッセル は にげだした!
……この美声と【音楽の才能】というチートまでをもプラスした、それこそ人類最高峰の歌唱力、なのに。
流石にその反応には、ちょっとだけ傷付いた。
ホント、失礼こいちゃうわ。
まぁ、でも。
要らぬ血を流さずに済んで良かったのだと、思っておきましょうか。
「さて、貴方たち。それでは洗いざらい吐いて戴きますわよ?」
あら、嫌だ。
子爵令嬢に相応しくないお下品な言葉が、思わず口から漏れ出でてしまいましたわ。
どうにも魂からの庶民のせいか、こういった時にどうしても。
────フィリップさまに幻滅されなければ良いのだけれど。
何か、近い将来にやらかしてしまいそうなのよ、ねぇ?
何となくそんな予感が。
◇◆◇
ふて腐れた態度を一切崩さない彼らの未来を少しでも想えば、確かにさ、
『まぁ、精々頑張りな。冒険者なんか、きっとオススメだよ?』
くらいしか”わたし”の方からは、言って差し上げられないのだけれど。
それでも、一応”わたし”は、君らの命の恩人、なのだぞ?
【脳筋】アッセルの野郎、しっかり重盾<炎の大盾>と片刃剣<風神牙>の、二つの”神器”を持っていやがったしな。
アレを持った人間相手に、宮中護衛士どもが勝てるビジョンが、どうしても浮かばないんだよね。
少なくとも、今の”ヴィクトーリア”ですら、色々と怪しい。
強化付与系、及び弱体化付与系の【呪歌】が発動さえすれば、その時点でほぼ勝ち確。
発動前に”わたし”が潰される可能性も考慮に入れれば、恐らく半々、と。
現状の戦力比で云えば、大体そのくらい、だろうか?
前世の時より動けるし、剣も巧くはなった。
けれど、肉体性能でこちらは”幼女”という大きなハンデを背負っているのだ。
その分、以前よりも苦戦するのは確定している上で、奴には”神器”と云うアドバンテージがまるっとある。
自惚れを完全に排除した見立の話で、半々。
そうやって考えたら、結構厳しいな。
回避できて良かったわぁ……本当に。
半分そんな彼らのふて腐れた態度にムカっ腹が立ちつつも、宮中護衛士の皆々様のお話を辛抱強く訊ねてみたら。
貴族派の、その中でも極一部のやんごとなき方々から、日々お小遣いを頂戴しているのを漸くお認めになった上で。
『新しい子爵家の護衛は、一切為なくて良い』
なんて。
そんな言いつけをされていたのだそうで。
少なくとも、こんな”指令”を下すと云うことは。
宮中で騒ぎを起こした上で、リート子爵家を物理的に排除するつもり、なのだということよね、これ?
「──それで。お小遣いを戴いていたのは、貴方がた含め如何程いらっしゃいますの?」
ヤケのヤンパチになっていらっしゃる彼らから返ってきた答えを聞いて、”俺”は本当に目眩を覚えた。
まさかとは思ったけれど、宮中護衛士の、ほぼ全員なのだとか。
おい、国王陛下。
幾ら何でもお前さん、本当に無能過ぎるだろ。
冗談抜きに、今すぐ爵位を返上して国外へ逃げたくなってきちゃったぞ。
で。
今回、態々厨房まで”子爵令嬢”の後ろを付いてきたのは何故?
と問い質せば。
レーンクヴィストがレシピを持参したという菓子に毒を混ぜ、中毒騒ぎを引き起こそうとしていたのだそうで。
その上で、このレシピを考案したというリート家と、それを自慢気に持ち込んだレーンクヴィスト家に責を問うてやれば、いくらでも”利権”を搾り取れるだろう、と。
「────なんとお粗末な」
そもそものお話。
ひとたび王宮内で中毒騒ぎが起きようものなら。
レシピ云々の前に、まず厨房担当者こそが真っ先にやり玉に挙がるのだろうし。
それを運んだ家政婦に疑いの眼が行くだけのお話。
更に言えば。
王妃殿下主催のお茶会の、その席に供するモノなのだから。
お毒味役が、その全てを一度吟味するに決まっていると云うのに。
なので、今回の一件。
極端なことを云ってしまえば。
”わたし”が毒だ何だと騒ぎ立てる必要なぞ、どこにも、全く無かったのだ。
『シェフが勝手にレシピを変えやがったせいで見てくれが悪くなってしまったから、今すぐレシピ通りに作り直せ』
そう云っただけで、実際毒だとは騒いではいない訳、なのだけれど。
結局、毒物混入などと云う危機管理上の問題については。
ただ単に、お毒味役の人が苦しみ抜くだけで終わってしまう。
それだけのお話、なのだからね。
お毒味役の人には、申し訳無いのだけれど。
まぁ、そんな事情を実行役のこの人たちが知る必要なんか、何処にも無いのだけれど。
最悪、お毒味役までもグルだったと仮定して。
”俺”の【ギフト】で全部解決しちゃうだけのお話。
【鑑定】と【浄化】があれば、毒なんか何の意味も無いのだから。
ただ純粋に。
今回のお茶の席では、ミルクレープの驚きの白さを皆に見て欲しかったのよ。
そのついでに、美味しい物を口にできたらなぁ。
なんて。
本当に、それだけが希望……だったと云うのに。
「この国の貴族ども。本当に、度し難いっ……」
今回、やることを全てやり切ったら、もう二度と王都には、社交界には近付かないぞっ!
”わたし”は、そう心に固く誓った。
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