94.前方の劇毒、後方の剣。
現在のわたくし、インフルエンザで半分死んでおります。
文章がおかしかったら多分熱のせいですので、ご容赦を……
王家の厨房を覗いてみたら、案の上でした。
「此をお作りになったのは、何方かしら?」
今回のお茶会用にと、王家へ献上した材料とレシピはミルクレープ。
生地と生クリームの艶めかしくも美しき白さと、新鮮な乳脂肪の持つ旨味、甘味を味わうのにも。
そして、我がリート子爵領の新たな特産品である”上白糖”のデモンストレーションにも。
これ以上無いくらい最適と云える生菓子だろう。
少々脱線した個人的なお話になってしまうのだけれど。
正直に言えば、苺のショートケーキこそが生菓子の中でも至高の物だと思うの。
でもね。
正味、この世界、この時代の果物なんて代物は。
到底生食に耐え得るモノではない。
精々加熱したり干したりして、ギリギリ何とか口にできる。
なんて。
本当に、その程度。
それこそここから果糖を取り出そうだなんて、文字通りに甘過ぎる考えだ。
なので、果物入りのスイーツだなんて、端から選択肢に上る訳もなく。
ジャム入りならどうかな、とかは少しだけ。
この手に”上白糖”が無ければ、そもそもレシピだって王家に提供する訳もないっていう。
何せ、この国が輸入している砂糖というのは、基本的に雑な精製処理しかされていないだけの、青臭さとえぐみが強く残るお粗末過ぎる黒糖なのだからね。
こんなのを使ったりしたら、どうしても見た目の良くない茶褐色の残念な塊になってしまうし、何より”俺”が一口も食べられない。
で。
【鑑定】の結果は、思いっきり黒。
過去の”俺”がタマーラに教えた劇毒が、見るからに残念な色をしたミルクレープ擬きの中にしっかり含まれているそうな。
混入された量自体、致死には到底満たない微々たるものでしかないのだけれど。
それでも身体の弱い者がこれを口にした場合、激しい嘔吐と腹痛に見舞われ、場合によっては一時昏睡状態にまで陥る可能性もやはりあるそうで。
タマーラの劇毒を覆い隠すには、上白糖よりも黒糖を用いていた方が当然都合が良い。
味も、色も、臭いも。
全部、黒糖の茶褐色によって塗り潰されてしまうのだから。
「……私めでございます」
”わたし”の問いに対し、如何にもな感じの初老のシェフが名乗り出て来た。
この様な馬鹿なことに荷担するお方には、到底見えないのだけれど。
……そもそも普通に考えればあり得ないお話。
王家の厨房に在る時点で、エリート中のエリートであるという証明になるのだから。
「貴方、どうしてレシピ通りに此をお作りにならなかったのかしら? お渡しした材料、足りませんでしたの? でしたらそうと正直に仰ってくださらなくては。此方もすぐには対応できなくてよ」
「そ、それは……我が王家の”決まりごと”でございますので。お茶菓子には、この上級の砂糖、と」
王家の厨房を任されてきたシェフ曰く。
高そうな壷に入っていたその砂糖は。
今まで”俺”が口にしてきたどれよりも高級な品、らしいのだけれど。
それでも”俺”の【鑑定】曰く。
仕来りにできる程、上等な物では決して無いそうで。
「このお菓子の肝は、我が領の”上白糖”を用いることによってのみ得られる美しき白さ。わたくしに無断でその様な粗末で粗悪な砂糖などお使いになるのだから、ほら。貴方の見てくれ同様、醜悪で無様な褐色の物体へと成り果てていらしてよ?」
「……」
情け無ぇなぁ、おい。
如何に此方が貴族であるとは云え、小娘如きにここまで悪し様に言われているってのに、碌に言い返しもできねぇってか。
「高貴なる方々がご出席下さるお茶の席に、この様な醜悪極まりない無様な物体をお出しするだなんて蛮勇、わたくしにはございません。材料ならまだまだありましてよ? さぁ、わたくしの顔に泥を塗る前に、今すぐ作り直しなさいっ!」
「ぐっ……で、ですが、これは”決まりごと”でございますれば……それはできませぬ」
────へぇ。
貴方がどんな弱みを握られているのか”わたし”は知らないし、大して興味も湧かないけれど。
あくまでシラを切り続けると仰るのですか、そうですか。
「あら? おかしいわね。わたくしは然と確認致しましたけれど。エレオノール=ディア=レーンクヴィストさまに直接、ね?」
辺境伯夫人のミドルネームでもある”ディア”は、女系の王統を示す称号だ。
その号を持つお方に直接レシピの承認を戴いたのだから、彼の云う”決まりごと”が口から出任せであることの確かな証明にもなる訳で。
「それと今回のレシピ、ミルクレープですけれど。我が領の上白糖を用いる理由のひとつに、”毒の有無を見極め易い”──というものがありますの。賢明な貴方なら此がどういう意味か、お解りになるのではなくて?」
「そ、それはっ!」
この時代、万象様々な技術が未熟なのだから仕方のない話だけれど。
毒殺を謀るにしても、不純物を取り除く術が確立できていないせいで、有効成分それのみを用いるより致命たる必要量が増えるし、精製者の意図せぬ色も味も付く。
もし仮に上白糖を用いた生クリーム、もしくは生地のどちらかに……まぁ余計な加熱をしない方が毒性はしっかりと保たれるのだけれど……タマーラの劇毒を致死量の半分も混ぜ入れれば。
その時点で、薄らとした緑色を帯びてしまうはずだ。
それが微かな違いであったにしても、注意して観る人なら何となく違和感を覚えるくらいの違いで。
「────このお菓子の考案者たるわたくしが、逐一監修して差し上げましょう。ほら、お茶の時間にはまだ充分に間に合いますわ。今すぐ作り直しなさい、全て」
(──素直に言うことを聞くなら、今回毒を入れたことについて不問にしてやる)
「はっ、はい……」
シェフの耳にだけ入る様に、音の波を少し調整したりして。
【呪歌】を使い続けていくと、最終的にこんな芸当も当たり前に熟せる様になってくる。
まぁ逆にこれができなきゃ、味方も弱体化付与に巻き込み。
当然、敵にも強化付与が同様に入り大惨事となってしまうのだけれど。
なりたての<歌手>がよくそれをやらかしてくれたせいで、<歌祖>時代も当初、労力のわりに中々【呪歌】が浸透していかなくて苦労したっけ。
『誤爆ばかりで<歌手>なんて、全然使えない職業だぜ』
なんて。
周りからそんな風に云われたりして。
で。
こんな白々しいやり取りをしている最中、”俺”の中で全然仕事をしないと評判の宮中護衛士どもはと云うと。
”わたし”の発した、
『今すぐ作り直せ』
の言葉に、判り易く反応していたり。
(ああ。どうやら此奴らの上の方は繋がっていらっしゃる様、ね?)
今回”ヴィクトーリア”の厨房訪問に無理に付いて来たのも。
子爵令嬢たる”わたし”の護衛ではなく、監視が目的だった訳、だと。
幾度か致命の殺気を、間合いをはぐらかし躱して続けてやっているのだけれど。
てゆか、一応名目上は”わたし”の護衛なのだからさ。
少々都合が悪くなったからといって、短絡的に剣の力で持って排除しようとするのは流石にどうなんだ?
なんて。
此奴らが馬鹿なだけなのか。
馬鹿をやっても赦されるくらいに此奴らの上が強いのか。
少なくとも、一閃で殺れねば抜きはしない。
そのくらい自制が働く程度は、辛うじて体裁を繕っていらっしゃるみたいではあるのだけれど。
シェフの彼と、”ヴィクトーリア”の身も。
同時に守りつつそれを見極めろ、だとか。
これ、何の罰ゲームさ?
────さて。
此奴らは一体、どちらなのでしょうか、ね?
誤字脱字等ありましたら、ご指摘どうかよろしくお願いいたします。
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