9.やらかし美幼女の憂鬱。
「これ……おすそわけ、デス。できるだけ、はやめにたべてくだ、さい」
先日わたしが摘んだ野草をふんだんに使って、ばぁばが美味しく作ってくれたイワミツバのバターを、シャルロッテちゃんのお家にお裾分け。
地球で生きてきた頃は、地方都市の片隅で一家揃ってひっそりと”ご近所様”とはほぼ関わらず生きてきた身なので、このギャップに未だ慣れることはない。
片田舎の”ご近所付き合い”なんってのは、本当に濃密で、そしてどこまでも遠慮と配慮が無い。
酷い場合なんかは、家主が不在であっても平気で家に揚がっては、勝手にお茶を煎れ飲みながらその帰宅を待っているほどだ。
「あ、ああ。ヴィーちゃんありがとねー。あとでお礼持って行くわねー、おほほほほ……」
……なのに、今日は対応がどこか余所余所しい。
いつもならば、ここでロッティを呼んでくれて、おやつ付きで家に招き入れてくれるのだけれど。
わたしの手から壷を受け取ったロッティのおばちゃんの行動は、本当に顕著だった。
後はもう用無しだとばかりに、粗末な家の扉がさっさと閉じられたのだ。
まぁ、理由は言わずもがなって奴か。
わたしの”やらかし”の詳細は、人口200名を何とか越えた程度の、あまりに狭い開拓村の中全域を、瞬く間に駆け巡った。
この200人という基準は、村長の身分を決定する上での重要な”分水嶺”にもなる。
総人口200名を越えた集落の”長”は、国から正式に<騎士爵>の号を賜ることができるからだ……
とはいえ、あくまでもこの場合での身分は”名誉職”以上の価値も無く、”俸禄”という名の年金なぞ一切発生しないモノだが。
まぁ、今回の一件に関しての、村民達の反応をぶっちゃけて言ってしまえば。
『”お貴族様”のお孫さんに、平民の子が大怪我を負わせたそうな。下手に関わって余計なとばっちりが来たら敵わん。くわばらくわばら』
って事。
いくら”名誉職”だという”一応建前上は”が、必ず頭に付いてくる程度の話で、更には最下級の木っ端だとはいえ、騎士爵という身分は、やはり制度上は正しく”貴族”の一員なのだ。
なので、たかが”村長の孫”ってだけでボスザルを気取り威張り散らしていやがったクソガキの側にも、彼が信じる精神世界上において、立派な理由が存在していたって訳だ。
それが実際に正しいのかどうかは”お貴族様”になった経験も無い以上、わたしには欠片も知る余地が無いのだけれど。
ただ、この国での騎士爵の身分とは、基本一代限りのものであり、ただの孫──しかも次男の子では、結局は平民と何ら変わりはない、はず。
ああ。
でも、村の人口が規定数を越えてさえいれば次代の村長も騎士爵を賜るらしいので、村長の長子とその子も一応は”お貴族様”なのだと言っても過言ではないのか。
正直、国がどーたらとか、身分がこーたらだとか、パン屑ほどの腹の足しにもならん様なモン、”ガキんちょ”でしかないわたしの立場から言わせてもらえば、『だから何だよ』っていう話にしかならないのだけれど。
でも、単純にそうはならないのが、いわゆる”大人の世界”って奴で。
ああ、本当に面倒臭い。
あの日家に帰った後、右膝の辺りがなんだか妙に痛いナーと首を傾げていたのだけれど、夕方頃になってそこら辺が急に腫れ上がってきたもんだから本当にビビった。
どうやらフィンの顎を蹴り抜いた時折れてたっぽい。
慌てて自分に全力の回復術をかけたね。
やっぱり自衛のため少しは鍛えなきゃって心底思った。脆すぎンよ、幼児の肉体。
で。
当然、蹴った方がこうなっていた訳だから、蹴られた側の怪我の具合も、推して知るべしって奴。
顎の骨が逝ってた、らしいよ?
そのせいで開拓村は一時騒然。
ウチの母親の治療院へと、大慌てで担ぎ込まれたのだとか。
で、その時の村長の爺さまの狼狽えぶりったら本当に見てられないほどに酷かったらしい。
まぁ、わたしはあの時トドメまで刺しはしなかったけれど、半分殺すつもりでやったのだから、然もありなんって話なのだけれどさぁ。
んで、問題はそれをやった奴と、やられた方。
加害者は数え5つの幼女で、被害者が8歳の男児の上に、6歳と7歳の取り巻き付き。
しかも全員が数え5つでしかない幼女ひとりの手で綺麗に熨されていたのだときた。
こんなのを表沙汰にして大声で喚こうものなら、大々的に世間様へ恥を宣伝してる様なモン。
当然、正面切ってわたしを批難できる訳なんか無い。
今のところ、村民の皆様による村長の爺さまへの忖度って奴のお陰でこうなってる程度だけれど、孫への”溺愛”っぷりが酷いあの爺さまのことだ。
後に色々な嫌がらせをしてきても全然おかしくはない。
そのとばっちりを避けるが為の、さっき見せたロッティのおばさんの”塩対応”なのだから。
実際、じぃじとばぁばが二人して夜中頭を抱えていたのをチラっと見ちゃったし……ううっ、罪悪感……
ここら一帯で”唯一の<回復術士>”でもあるウチの”母親”の社会的地位から言ってしまえば、相手がいくら”お貴族様”だとはいえ、村長の爺さまの方が実質置かれた立場は下だ。
……それが本来であればの話。
あの母親が家に居るのはほぼ寝る時だけで、それこそわたしが意識して無理に会おうともしなければ、後ろ姿ですら滅多に見る機会も無いほどの”超レアキャラ”だったりする。
そんな状況だから、わたし達一家に対して庇護意識なんて、きっとあの人は欠片も持っていないだろうなぁ。
そうなれば、今後村長の爺さまが”ウチの母親”への配慮を捨て形振り構わなくなったら、わたし達一家を護る一切が、どこにも無いことになる。
一応、昔じぃじが領都で偉い”兵隊さん”をやっていた頃の経験を買われて、長年村の自警団の頭の様な立場をやってはいるのだけれど、
それもじぃじの歳からいって半分以上”栄誉職”の意味合いでしか無かったりもするし。
小さな閉じた世界とも言うべき”村社会”で、孤立する。
それは社会的に、だけではなく、実質的な死までをも意味する。
────うわぁ、やっちまったなぁ。
わたしの人生、早くもレッドアラーム点灯のお知らせ。
今後、わたし達一家がどうなるのかは、マジで村長の爺さまの胸先三寸だ。
さすがにガキんちょに毛が生えた(実際まだ生えてないだろうけれど)程度のフィン相手に”貞操の危機”はまだ無いはずだが、でも、それも将来的には分からない話。
何せわたしのこの容姿だ。
赦して欲しくば、フィンもしくは長男の子ベルンハルト、どちらかの嫁に差し出せ。
などと言われたら、いくらじぃじでも絶対逆らえないだろう。
フィンは当然お断りだが、ハルトはもっとお断りだ。
”わたし”の記憶の中の二人は、正に見た目通りの”サル”と"ブタ”。
そして性格も最悪だとか。
ホントもうなんなんだろうね。
その上、わたしを見かけたら気を惹きたいのか、必ずウザ絡みしてくるもんだから、二人の声を聞いただけで、”わたし”はもうダメなの。
寒イボが出ちゃうほどに嫌いって、本当にどんだけよって。
いくら大人でもある”俺”の意識が前に出て来てはいても、結局”俺”は言ってしまえば外付けの”記憶”と”経験”でしかなく、当然今の”わたし”のベースは”わたし”なのだ。
その”わたし”は、アイツら二人が文字通り心底”死ぬほど嫌い”なのだから、当然”俺”の方も大嫌い。
多分、今後何があっても絶対に矯正が効かないレベルで。
ソレを知ってか知らずか。
憐れあの二人は、ヴィクト-リアのことがあまりにも大好き過ぎるっていう……
まだフィンの奴は、それを隠しているからマシに見える。バレバレだけれど。
ただベルンハルトの方は……この時期の6歳差は、いくら何でも流石にヤバ過ぎるだろ。
村長の”溺愛”の果てに、”わたし”が嫌悪するあの性格と容姿が出来上がったのかと思うと。
ホント、もうね。
……逃げるのも、一応は視野に入れていた方が良いのか、なぁ……?
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