84.冷徹なのかも知れないけれど。
激おこ状態の辺境伯夫人がいらしてからは、本当に展開が早かった。
クレマンス公爵領最大の城塞都市であるクルマルスの、リート準男爵家にだけ固く閉ざされていた門戸は。
「どっ、どうぞ、皆様。お通り、ください……」
「辺境伯夫人はこう仰られております。”貴方たち全員の、顔と名前。辺境伯家の名において、しかと覚えました”と。さて、ご自身周りの整理をなさった方がよろしいかと存じますわ、老婆心ながら」
辺境伯夫人お付きの家政婦さんのこの一言で、門番の皆さん、一斉に膝から崩れ落ちてるよ。
本来であれば。
門番如きの卑しき身分の者が。
如何に上の指示であったとて、彼らは”貴族”に正面から楯突いてみせたのだ。
当然、何らかの”処分”を受けねばならないだろう……あまりにとばっちり過ぎて個人的に可哀想だと思うけれど。
でも、その感傷も。
あとから”魔導具”に映し出された映像を視て、綺麗さっぱりと消えちゃったのだけどね。
クルマルス入りを拒む理由を教えろと抗議するクリキンのふたりへと向けられた、奴らの顔が。
……うん。
まぁ。
生命が助かっただけでも、良かったじゃないのかな?
”俺”がもし辺境伯夫人の立場だったら。
絶対に公爵閣下には。
今回の一件の正式な謝罪と共に、この日立っていた門番ども全員の首を要求しただろうから。
なんて。
”魔導具”の映像証拠を、辺境伯夫人と公爵夫人とで公爵閣下に突きつけている時に、半ば他人事に考えていたら。
「さて、サンデル。貴方、何時の間にその様に偉そうなお立場になりまして? わたくしの、知らぬ間に」
「そうですわよね、叔母さま。リート準男爵家”陞爵”のお披露目も兼ねた此度の”巡礼”は、ある意味”王命”だというのに。まさか、この様な幼稚な嫌がらせをなさるだなんて。これが公爵を名乗る者の所行なのかと思うと、恐ろしさのあまり、わたくし身が震えてしまいますわ」
「そっ、それは……」
「お黙りなさいっ! ……本当にお恥ずかしいお話ですわ、エリー。貴女のお顔にも泥を塗ってしまって、本当にごめんなさいね。国王陛下には、しかとお伝えくださいな。『申し訳ありませぬが、”元”公爵は此度の”お披露目”、出席できそうにありませぬ』と」
「えっ? 元って……待ってくれ、マフダレーナ。違うんだっ!」
「承りましたわ、叔母さま」
……あ、公爵閣下終了のお知らせ。
「貴女方にも、随分とご迷惑をお掛けしてしまったみたいね。クレマンス公爵家の名で、謝罪を」
公爵夫人が、わたしたちに軽く頭を下げてきた。
本来であれば、これはまずあり得ない。
というか、あってはならない事態だったりもする。
何せ、元は付くけれど。
王家の直系の血を引く尊きお人が。
こちらも一応元が付くけれど、平民に対し、頭を下げた──だなんて。
「サンデルの”処分”は、こちらに全て任せて頂戴な……公爵家としても、王家からしても。こんなのは、もう要らないものね」
「そんなぁ……」
公爵閣下、完全終了。
てゆか、大っぴらに”こんなの”呼ばわりですよ。
公爵夫人にここまで云わせるって、今まで一体どれだけやらかしてきたのさ?
◇◆◇
そのことを、特に訊いてもいないのに。
「あのひと、本当にダメだったのよねぇ……」
お茶の席で大暴露ですよ。
「当時、”アデル伯の秘蔵っ子”だなんて持て囃されていらしたのも過去のお話。名ばかりの”公爵”に勘違いをしてしまうのも、仕方がなかったのかも知れないわね……」
サンデル卿は、本来婿養子になるにあたって、公爵の看板を掲げる案山子役に徹し、王家から続く血を残すことだけを望まれていた……と云うのに。
その看板に勘違いしてしまったのか、王家の意向にも、ついでにマフダレーナさまの考えにも、彼は微妙に逆らい続けてきたのだそうで。
それでも多少の失敗はあれど、まだ巧くいっている内は、結果オーライで何とかお目こぼしをされてきた訳、なのだけれど。
というか、そんな勘違いのお調子者を切りたくとも、ふたりの間には娘ひとりしか設けることがなかったため、それもできず。
そんな一人娘のエリーセも、入り婿マクシミリアンを迎え、嫡子ラファエルと次男のパウルが生まれ、特に死亡率の高い幼少期を無事健康のまま潜り抜け漸くといったところで。
今回のブラウエル子爵家のやらかしが発覚。
調べていく内に、どうやらサンデル卿もそこに一枚噛んでいたと思しき形跡が見つかったところで、半ば王命に逆らう形でアデル伯爵家に纏わる”私怨”までをも持ち出しての今回の独断による一騒動。
マフダレーナさまが切る決心を固めるのには、充分過ぎる罪科がすでにサンデル卿にはあったのだと。
「さすがにこの様な大事、決して公にする訳にはいかないもの。当分の間、彼には”隠居”していただくことになるのでしょうね」
サンデル卿、人生も終了のお知らせ。
貴族、本当に怖い。
公爵夫人に、辺境伯夫人。
そこにさらにこの場合、”公爵令嬢”で良いのかしら? エリーセさまと、子爵夫人……何処の家のお人なのか、そこまでは教えて貰えなかったので、下々の身分であるわたしでは逆に訊くに訊けないこの辛さ。
ばぁばも”マーマ”も。
全然慣れていない上に、雲上人ばかりが並ぶ、この様な居心地の悪過ぎる席では。
「「…………」」
どうやら地蔵に徹するつもりの様だ。
「ね、ね。ヴィクトーリアさま?」
でもさ。
「はい、何でしょう、マフダレーナさま」
地蔵にさせてもらえそうにない”わたし”は、一体どうすれば?
「さっきエリーに訊いたのだけれど、貴女って、お歌が上手なのだそうね? 不躾なお願いになってしまうのだけれど、わたくしにも、一曲お願いさせていただいてもよろしいのかしら?」
「はい、勿論喜んで。心を込めこの一曲、マフダレーナさまへと捧げましょう」
そのくらいなら、まぁ。
慣れないお人相手に、これまた慣れない女子トークを続けさせられるくらいなら。
ジュークボックス役に徹する方が、よっぽど気が楽だ。
こうなったら、喉が嗄れるまで歌ってやんよ。
音に関する【ギフト】の他に、何かまた最近生えてきた別の加護のせいで、そうなることだけは絶対に無さそうなのだけれど。
実は色々と怖いからさ、あれから自分に【鑑定】を一度もしてないんだよね。
そろそろ、ちゃんと自分の持つ数々の”チート”と向き合った方が良い気も僅かにしてるのだけどさ。
アーダに頼んで作って貰った特性のギターを使用人に持ってこさせて、弦の具合を確かめる。
【音楽の才能】の補正のお陰で、瞬く間に1Hzすら音のズレも赦さず調律を完了する。
「皆様におかれましては、少々はしたなく見えてしまいましょうが、この楽器を固定するために必要な所作でございますので。ご容赦願います」
やっぱりギターって、ドレス姿で弾く楽器じゃないよなぁ。
でも、かと云ってパンツルックになるわけにもいかず。
というか、女性は足の形が解る様な衣服を着用すること自体『はしたない』といわれてしまう世知辛いこの世界。
下手をしなくてもこの国の常識だと、異性に足首よりも上の肌を見せるのは、世間的にアウトらしいよ?
クリスことクリスティン=リーみたいなヘソ出し太股丸出しの蛮族スタイルなんて、以ての外だとか。
ファンタジー作品だと、ヒロインがミニスカでパンチラとか当たり前なのにね。
でも、そんな服を着て盛大にパンチラしろとか云われたら、”わたし”は断固拒否するけれど。
足を組み、ギターを載せて弦を爪弾く。
今回のマフダレーナさまの決定。
冷徹に思えるかも知れないけれど、このお人は、”家”を守る”貴族”の義務を果たしたに過ぎない。
ふたりの間には、何も無かった。
そんなことは決してない、はずだと思う。
一人娘のエリーセさまも、実父がまさかこうなるだなんて思ってもいなかっただろうし。
……なのに。
わたしに対しても、マフダレーナさまに対しても、彼女は何も仰らないのだから。
きっと、”貴族”という人種たちは。
”わたし”とは、色々と違うのだろうな、と。
事の他、思い知らされた。
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