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”運命の神”は、俺の敵。  作者: 青山 文
第三章 お貴族さまになりました
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83.門前の待ちぼうけ。




 クレマンス公爵家が治める最大の”都市”クルマルスに到着した時には、すでに城門は降ろされていた。


 「先触れは出していたのですよね?」


 「ええ、勿論でございまする」


 ”貴族”の慣習として、先触れを出さないままの訪問は、相手に対し最大の無礼に当たる。

 ましてや相手は、王統へと繋がる最上位の公爵家だ。

 その場で断処されてしまったとしても、何ら不思議は無い。


 「先触れを出していたとはいえ、閉門の時間に間に合わなかったのは、こちらの落ち度なのだ。ここで怒っても詮無き事だろうて」


 「ええ。御屋形様の仰る通りにございますが……」


 到着が遅れるのだと前もって先触れが出ていた場合、城門に案内が立ち通用門から都市内部へ招き入れるのが慣例なのだとイフォンネが云う。


 なのに。

 今回それが無い、と云うことは。


 「疎まれてンだろうねぇ」


 「そういうこと、なのかな?」


 もしくは、


 『所詮、貴族未満の準男爵。会うにも値せぬ』


 と云う、公爵家からの明確な意思表示なのかも知れない。


 だったら。

 それならそれで、”ウチ(リート家)”は全然構わない。

 ……のだけれど。


 「そういう訳には参りませぬっ! 如何に公爵家と云えど、礼節を欠いたこの対応。レーンクヴィスト辺境伯家への挑発にこざいましょうっ!!」


 イフォンネ、激おこ。


 ひとりだけ異常に怒ってるのを傍目で見ちゃうとさ、なんか妙に冷静になれない?

 今の”わたし”たちがそんな感じ。


 ひとり怒る家政婦長(メイドリーダー)を、()の手()の手で(なだ)(すか)して、どうしてそこまで()()なのかと訊ねてみたら。


 公爵夫人たるマフダレーナさまは、辺境伯夫人(エレオノールさま)の叔母に当たるお人で、謂わば”身内”なのだとか。

 その”身内”の”身内”たる”わたし”たちリート家をぞんざいに扱うということは、これ即ち辺境伯家への挑発なのだ、と。


 ……いやいや。

 待って、待って。


 相手は”公爵”さまなのですよ?

 辺境伯家から見ても、格上。格上なの。


 なのに挑発とかさ、もうその発想自体が訳わからんわ。


 「ええ、その通りなのですが、その通りでもないのです……」


 本当に面倒臭いから、頓智はやめて頂戴。


 「では、最初から……」


 公爵夫人(マフダレーナさま)は先王陛下の末妹で、当時後継者も無く空位となりかけていたクレマンス公爵家の養子として降り、西風王国(ゼピュロシア)方面の国境を守護するアテマ伯爵家から三男を婿養子に迎え、再興したのだという。

 如何に元王族なのだとはいえ、この国の法律では女性に爵位の継承権は与えられていないからね。


 「つまり、現公爵閣下は名ばかりで実権は無い、と?」


 「はい。それなのに、田舎の伯爵家の部屋住み如きが、辺境伯家に正面から楯突くなどと……」


 ……うん。

 ”貴族”の世界観、未だこれっぽっちも理解できず。

 ()()()()()()で、これから生きなきゃなんないのかと思うと、正直不安しかない。


 「まぁ、この際、その元部屋住みさんが()()()()()という前提で話を進めるけれど。それのどこが”挑発”に当たると云うの?」


 「アテマ伯爵家は何かにつけ、レーンクヴィスト辺境伯家を敵視してきた”歴史”がございますので」


 ……うん。

 どうにも”わたし”の脳が理解を拒むのは、何故なのカナ?


 「つまり個人的な”私怨”に、あたしらは巻き込まれたってのかい? ホント馬鹿らしいったらないねぇっ!」


 ばぁば、言い方。


 「いいえ。恐らくは”今回の一件”も、深く関わっているのではないかと思われますな」


 「少なくとも”寄親”の立場としては、きっと怨み節のひとつ、ふたつはございましょう」


 クリキンのふたりが<次元倉庫(ストレージ)>から夜営道具を出しながらさも当然の如く宣う。


 「ああ、それならわたしも理解できる」


 ブラウエル子爵の()()()()の数々の影響は、あまりにも大き過ぎた。

 降格云々の騒ぎどころではなく、領地没収の上お取り潰しまでは、ほぼ確定なのだから。

 当然、寄親たるクレマンス公爵家であっても知らぬ存ぜぬは通用しないし、体面上、何らかの罰は受けねばならないだろう。


 ──黙って見て見ぬ振りをしておれば良いと云うのに。

 そんな大恥を掻く原因を作りやがった、新興の木っ端貴族に対し──


 「好意的に見るだなんて、出来ようはずもありますまい?」


 「だねぇ」


 キングこと(ワン) 泰雄(タイシオン)の説明は、ストンと”わたし”の胸に降りてきた。

 そういう理由なら納得できるわ。

 正直、納得したくは無いけれど。


 「でも、それって。私は黙ってあのエロ子爵の慰み者になっていれば良かったのに。って云われてる様なものじゃないっ!」


 「有り体に云ってしまえば。まぁ……」


 組み立てに最低ふたりの手は欲しい大型の天幕を、たったひとりでテキパキと組み立てるクリスことクリスティン=リーの返答は極々短い。


 「所詮、体面が大事な”お貴族さま”って奴さね。ああ、嫌だ嫌だ。老い先短いってのに、なんでこんな因果なモンにされちまったのかねぇ」


 ぶちぶちと怨み節を吐きながら、ばぁばも手際よく夜食の準備を始める。

 今夜こそは、美味しいものであって欲しいものだ……この祈りが、まず天に届かないことは解りきっているのだけれど。



 ◇◆◇



 明朝。

 クルマルスの城門が開いても、わたしたちの足止めは続いた。

 上から何かを言い含められているのか、門番たちはわたしたちを受け入れようとしてくれないのだ。


 この様な大集団。

 正門で足止めを喰らえば、他の者にも多大な迷惑が掛かってしまう。

 仕方なしに城門から離れ、遠巻きに石組みの高い壁を眺めるのみだ。


 「どうやら公爵閣下は、わたしたちを都市の中に入れたくない、みたいだね?」


 「だったらもうさ、素通りしちまったらどうだい。向こうは会いたくない、こちらは会う必要も無い。なら、どちらも幸せになれるだろ?」


 「奥様、そういう訳にもいかないのです……」


 「貴族、面倒臭い」


 今回一番の被害者(貧乏くじ)となった”マーマ”(ヴィルヘルミナ)が、完全に拗ねちゃった。

 仕方なし、そんなマーマのご機嫌取りのため、”わたし”は彼女の抱き枕役を引き受ける。

 ついでに軽く【浄化(ギフト)】を使っちゃおう、結構胸のモヤモヤが晴れるんだぜ、これ。

 ふふふ、徹底的に癒やされるが良い。


 「ですが、日程的に厳しいのもまた……」


 「キング君、猶予はどのくらいかね?」


 「明日、明後日中にクルマルス入りできぬ様でしたら、やむを得ませぬ。この街は素通りせねばなりますまい」


 「徒歩の者を先行させれば?」


 「今朝の時点で、もうすでに先行させております。その上で、ここが限界……といったところ、ですな」


 「……そういう嫌がらせできたかぁ……」


 ”貴族”の慣例に従えば、王城への参内が間に合わず。

 王城の参内を優先すれば、”貴族”の慣例に逆らってしまうことに。


 でも、その場合。


 「明日も()()ならば、やむを得ん。そのまま王都を目指すとしよう」


 王様を優先するのは当たり前。

 無礼だと誹るなら、最初からこんなつまんない嫌がらせなんかすんじゃねーよって、そんなお話。


 「後で公爵さまに難癖付けられても面白く無いからさ。”魔導具(アレ)”使って門番たちの対応の録画、録音よろしく」


 「「承知」」


 リート準男爵家で買い占めちゃっているから、なのだろうか。

 この魔導具、相場が一気に跳ね上がっちゃってさ、今では一機辺り帝国金貨(ライヒスゴルト)900枚もしやがんの。

 普通に神話級クラスの、伝説の魔剣が買えておつりまで出ちゃうっていう……しかもこれ、1回こっきりの使い捨てなんだぜ?

 お財布に厳し過ぎるったら。

 どこかに魔導具に詳しい”森の人(エルフ)”でも転がってねーかなぁ、なんて。



 「焼きたての、それもふっかふかのパンが食べたい……」


 お昼になって。

 保存第一に作られた、水分の欠片も無い、堅い乾パンに無理矢理歯を立てながら。

 ある程度乳歯と永久歯が入れ替わった、数え9つの”わたし”。


 今後のことを、真面目に考えると。

 できれば、歯に要らぬダメージを与えたくないのだけれど。

 そんな虚しき抵抗の、8020(ハチマルニーマル)運動。


 知ってる?

 完全に水分の抜けたカッチカチの乾パンってさ、全然水分吸わないの。

 鍋に水を張ってそこにブチ込んだとしも、本当に表面だけしか。


 「あの門を潜れさえすれば、きっと焼きたてのパンだって、普通に買えるのだろうに」


 「目の前でお預け、だなんて。食いモンの怨みは、恐ろしいんだゾー」


 マーマとふたり。

 もし目の前に公爵閣下が現れやがったら。

 絶対に全力で殴ってやろうね、なんて。


 そんな怨み節を切々と吐きながら、無駄に咬筋を鍛えている状況。


 「ああ、ようやく追い付きましたね」


 そんな中、辺境伯の紋章を付けた豪華な馬車の一団が。


 「エレオノールさま。領都はよろしいのですか?」


 「現状、そうも言っていられる状況でなくなってしまいましたので。さて、ヴィクトーリアさま。今から公爵閣下(サンデル)の大馬鹿野郎のところへ、参るといたしましょうか」


 ……あ。

 エレオノールさま、激おこだ。


 本当の淑女ってさ。

 こういう人のことを云うのだろうね。


 笑顔のままのはずなのに、般若も斯くやってそんな相貌(かお)


 ……うん。

 やっぱり、”わたし”。

 お貴族さま(この世界)は全然向いてないや。



誤字脱字等ありましたら、ご指摘どうかよろしくお願いいたします。

評価、ブクマいただけたら大変嬉しいです。よろしくお願いします。

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