81.ブラウエル子爵領
大勢の人数を引き連れて。
リート準男爵一家を乗せた馬車が、王都への街道をゆっくりと進む。
第一、第二楽団の人間総勢97名。
彼らの扱う楽器の調整、調律を行う為の技術者が4名。
<次元倉庫>持ちの荷物運搬要員が18名。
そして護衛が我がリート家から35名、辺境伯家からも騎士6名に、衛士48名が同行と、随分な大所帯に。
先頭の騎馬たちだけでなく、馬車まで列を成している、とか。
街道を徒歩でご利用の方々には、大変ご迷惑をおかけしております。
なんて。
そんな大名行列。
辺境伯領のすぐお隣の子爵領(名前失念)に入った途端、街道の様子が一変。
いくら何でも、道の整備が等閑過ぎだよ、これ。
いかに我がリートご自慢の、”大地の人”謹製高性能板バネを搭載している特別な馬車であっても。
元々の道が、石すら退けてもいないデコボコ道なんかじゃ、結局は揺れまくるっていう。
てゆか、”俺”の乗る馬車だけショックアブソーバーに、ゴムタイヤも追加した試験も兼ねた特別仕様車だったってのに、道がここまで酷いと流石に意味がねぇや。
でも、今の技術力では、”地球技術の再現”はここら辺りが限界っぽいし、後は内装方面での改良を考えた方が早いかも知れない。
家具。雑貨に関してなら”大地の人”の職人の中でも、カイに話を聴くべきかな。
一応メモしておこう……
如何にこの馬車が世界に類を見ないくらいに、それこそ各国の王ですら涎を垂らし欲しがるだろう”大地の人”職人達の趣味と技術の粋を凝らして作られた”特別仕様車”であったのだとしても。
あまりに悪い路面状況のため車内の揺れが酷く、ばぁばは酔ってしまって顔面真っ青でぐったりしている。
そして、その横に座すじぃじも以下略。
ちょっとだけ予定より早いけれど、これは一旦休憩を挟んだ方が良いかも知れない。
”わたし”は【姿勢制御】が働いているせいなのか、三半規管に一切影響無しのため全然平気。
「マーマは全然ケロっとしてんだね? なんか、意外」
「なんでだろうね? マーマ自身は何もしてないつもりなのだけれど」
ふたりに軽く<回復術>をかけながら、”マーマ”は”わたし”の問いに首を傾げた。
乗り物に酔わない人というのは、元々そういう”特性”を持っているだけで何も特別なことをしている訳ではないと聞く。
そういえば【風の翼】の中では、彼女が一番馬に乗るのが巧かったな、
もしかしたら、”俺”みたいな【ギフト】頼りなんかじゃなく、ミーナは三半規管が異様に強いのかも知れない。
乗り物酔いの特効薬は、ずばり、
『今現在乗っている物から降りること』
これに尽きる。
「ふう。何とか落ち着いてきたわい……」
「あたしたちのせいで、皆には迷惑をかけちまったねぇ」
白湯を飲んで一息吐いたふたりの老夫婦は、すまなそうに周囲の者全員に頭を下げた。
未だ”お貴族さま”に成りきれないふたりのこんな行いを見る度に、ついつい笑みが零れてしまうのは、本当に何故だろう?
「いいえ、奥様。この様な道の状況では、慣れない方がこうなっても仕方がございませんわ。全く、辺境伯家から再三の注意がこちらには行っているはずだというのに、未だ改善の兆しすらも無いとは……」
王都へと伸びる主要街道の整備は、地を治める領主の義務のひとつだ。
地を水はけの良い路面に整備までしていれば最上。
例えそれができぬとしても、最低限度大きな石を退かし、路面を均すくらいはやっていて当たり前。
そこから、少しでも領内の流通に熱心な領主であれば。
野盗・山賊の掃討、もしくは警邏の兵を定期的に歩かせたりもするものだが……
イフォンネがポロリと零したその内容からは、この領を治めている子爵様の”怠慢”が良く解るというものだ。
「街道の状況は、恐らくはこの先もずっと同じでございましょう。余裕を持って予定を組んでおりますれば、早め早めの休息を挟んでいくしかありますまい」
キングこと王 泰雄がそう進言してくる。
彼はこういう細かいことに良く気が付く、大変便利なひとだ。
「近くの町へ”先触れ”を出して頂戴な。少し早いけれど、今夜はそちらで夜営を」
イフォンネもキングの案を了承したらしい。
さすがに総勢200を超える規模の集団にもなると。
小さな町程度では、全てが宿泊できるキャパなぞ普通に考えてどこにも無い。
それでも、”貴族”という生き物は。
行動ひとつ取っても、周囲に富を撒かねばならないし、経済を動かしてやらねばならない。
なので、わたしたち家族と、その付き人たちは。
町に停泊し、必ず宿を借りねばならないのだ。
それがどんなに粗末なモノであったのだとしても。
だから、必ず”先触れ”が行く、と。
防犯上、一棟まるまるでの貸し切りが当然だからね。
本日予定していた宿は、これから入る町よりひとつ、ふたつ先にあったのだけれど。
この路面状況では、まず無理。
到着した頃には、恐らく吐瀉物の海に溺れた半死人どもの集団に成り果てていたと思うよ。
それだけ酷いのだ、道が。
馬車ですらこれなのだから。
徒歩の面々と云えば。
「どうやら、何名か足をやっちまってる様で」
「……今回同行してる<回復術士>ってさ、何人いたっけ?」
「”若奥様”含め、3名で」
およそ200を超える集団の中で、貴重な<回復術士>が3。
多いと云えば、確かに多いのだけれど。
その内の1名は、本来数に入れてはいけない人間だから、本当に判断に困る。
「マーマは基本ダメだかんね。どうしても2人では回らない様だったら、もう一度聞きにきて」
「はっ」
どうにも、旧村の青年団の皆は言葉遣いがあかんままだなぁ。
この先、要らぬ恥をかいても”わたし”は知らないぞ?
「貴女もそれに引っ張られていましょうに……」
うるさいな、キング。
仕方ないじゃんっ! 小さい頃からの顔見知りなんだからさ。
◇◆◇
当初の予定より倍近くの時間をかけて、問題の子爵さまが治める領都に入った。
”貴族”として王国に籍を置く人間は。
礼儀上、特に急ぎの旅程でない限り、領主が治める”街”を素通りすることは赦されない。
今回の王都行きは。
リート準男爵家の子爵への陞爵と、そのお披露目を兼ねているため、とくに道中の挨拶というのものが大事になってくる。
彼らへの手土産は、わが街特産の”ブランデー”と”ウィスキー”に”芋焼酎”が各3樽。
高い物になると、1樽の末端価格が金貨で何百枚もの値になっていると聞く。
高々酒如きにどれだけの高値を付けてんだよって。
一切呑めない”俺”には、この界隈のことはホント良く解らないよ。
個人的には、楽器を贈りたいのだけれど。
流石にアレは弾ける者がいなければ、触る楽しさなんか微塵も伝わらないのだから、やはり贈り物として適さないだろう。
それはきっと悲しいことだけれど、布教はこれからなのだと思い直せば、改めて気合いも入ろうってモンだ。
「……しかし、おっさんのあの言葉は」
「うん。物凄く不快だったわ」
歓待の宴の席で。
ブラウエル子爵家当主ボー卿の視線というものが。
ウチのマーマを、まるで舐める様で。
大変不躾でいやらしいものだった。
視線だけなら、まだミーナも我慢ができたのだろうけれど。
「まさに女盛りといった所ですな。今まで随分と寂しい思いをしてきた事でしょう。今夜にでも、我と……忘れられない一時にして差し上げますよ?」
なんて。
隣の席に、己の夫人が座っとるだろ何考えてンだって。
そんな大変失礼なお話が。
「礼儀知らずにもほどがありまする。此度の一件、辺境伯家の名で抗議のお手紙を認めさせていただきます」
イフォンネ、激おこ。
そりゃそうだよね。
ブラウエル子爵家というのは、レーンクヴィスト辺境伯家が属する派閥と同じなのだ。
そんなのが、派閥上位者の縁者たるウチのマーマに、公式の席で無礼な視線と無礼な言葉を投げかけたとなれば。
辺境伯家の顔に盛大に唾を吐きかけた上に、さらにはそれを掌で丁寧に塗りたくったってことにも当たる訳で。
てゆか、あの席に”ヴィクトーリア”という幼女がいたのも無視して、だからねぇ。
情状酌量の余地もなく、子爵家当主の品性から問われてしまう一大事件なのよ、マジで。
「それよりもイフォンネ。あの席で子爵夫人が何も言わなかったのにも、多少問題があるのでは?」
「普通に考えればそうと云えましょう。ですが、これは他家のお話でございますので、一概には」
そうなのか。
もし辺境伯夫人が彼女の立場だったら、きっとあの場でボー子爵の生命は無かっただろうな、なんて。
「ですが、少なくともカトー子爵夫人が家内でも軽んじられておられるのは、間違いないかと思われまする」
「……でしょうね」
奥さんが隣にいるってのに、他の女に夜の誘いを平然としやがったもんなぁ……どれだけ舐めてんだよって。
”わたし”なら、確実に血のナイフの夜が訪れるぞ。
「あまりボー子爵は良い噂を聞きませぬので、ご不快かと存じますが、ヴィルヘルミナ様、ヴィクトーリア様お二方におかれましては、近辺の警護を密にさせて戴きとぉござりまする」
まぁ、あんだけ人を舐めた言動を取ってくる人間だ。
突然夜這いに来たとしても、なんら不思議は無い。
てゆか、この部屋がさぁ。
”俺”の<アクティブ・ソナー>に、色々と反応が出てるんだよねぇ……
それを正直に、皆へ伝えられないのが本当にもどかしい。
クリスことクリスティン=リーに、それとなく目配せをしてみる。
軽く頷いてくれる彼女の顔が、本当に頼もしいったら。
「この壁。どこかと通じているやも知れません」
クリスが壁をコンコンと叩き、この部屋の異常性を皆に伝えてもらう。
云ってしまえば、あまりに古典的な仕掛け。
各人の滞在部屋は、当然子爵家からの指定によるもの。
一応まだこどもである”わたし”は、母親のヴィルヘルミナと同室にするのが当たり前であるはず、なのに。
同室を希望してみたら、素気なく断られた時点で少し違和感を覚えていたのだけれど。
夜這い目的だろう、マーマを隠し通路がある部屋に指定した時点で。
「ほぼ黒。と観るべきでしょう」
「強引に既成事実を作り上げてしまおう。そういう魂胆、なのかな」
貴族の女なんてのは、その程度の扱い。
密室に男女がいた時点で、そう見られてしまうのが常だ。
品の無い言い方になるけれど。
実際にヤったヤらなかったの話ではない……というところが、本当にいやらしい。
「それだけリート家の持つ”権益”が、外から大きく見えているのは確かにございます」
まぁ、街道整備にお金を回さない時点で、色々財政的に厳しいのか、はたまた別のモンに注ぎ込んじゃっているのか、もしくは最初から出す気が無いだけなのか。
少なくとも、領内整備にあまり熱心でないのだけは透けて見えた。
その癖、贈答品の酒樽を見た彼の眼は、解りやすいまでに、
『金っ!』
って云ってたね。
あまりに無礼で品性を疑うレベルになったけれど、歓待の席で誘いのあんな言葉をかけてきたのも、この既成事実をでっち上げる為の口実のひとつなのかも知れない。
『ダメもとでお誘いしてみたら、彼女、意外とノリノリだったので……』
なんて。
賢いのか、馬鹿なのか。
”俺”としちゃ、そんなのどっちでも良いから、珍子モゲろとしか。
「はぁ。ねぇ、イフォンネ。ブラウエル子爵家、潰してしまってもよろしいかしら?」
いや。
もう面倒臭いから、この際”俺”が全力でモイでやるよ。
「寄親であり、派閥の長たる公爵家の顔に泥を塗ってしまいまするが……」
ンなの知るかよ。
こんな馬鹿を平然と野放しにしている時点で、そんな派閥潰れちまえとしか。
「でしたら、その公爵閣下への”手土産”にすることといたしましょうか。ボー子爵さまの、首を」
ウチのマーマの危機なんだ。
容赦するつもりなんざ、”俺”にゃ欠片もねーよ。
子爵本人と各種証拠を取り揃えて、公爵様御自ら裁いて戴こうか。
誤字脱字等ありましたら、ご指摘どうかよろしくお願いいたします。
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