79.音が満ちる世界へ。
「本当に、これでよろしかったのでしょうか?」
「うん、どうして?」
途中様々なトラブルがあって、結局完成までに長い月日が掛かってしまったピアノも、ようやくの第一ロット”出荷”を視察した時、クリスことクリスティン=リーが”俺”にひとつの疑問を投げかけてきた。
「いえ。ご主人さまのお志し、確かに尊きものかと存じます。ですが、ここまでなさる必要があるのかと」
「どうだろうねぇ? 今回、半分”賭け”みたいなところがあるのは認めるけれど」
今回のピアノの”出荷”に関しては。
実は楽器本体だけでなく、演奏者も込みでのお話だったり。
何せ”この世界”には、ピアノの原形となる弦楽器ですら”俺”が制作する以前は、ほぼ存在していなかったのだ。
これがどの様なモノで、どの様な音色が出せるのか。
そして、それを鳴らすにはどう扱えば良いものなのか?
何の用途に使われるのかすら解らない、そんな巨大なモノをいきなり一方的に贈られたとして、一体誰が喜ぶというのか?
つまりは、そういうこと。
送り先は、勿論このデルラント王国を統べるダリュー王家。
レーンクヴィスト辺境伯の名によって行われる手筈となっている。
”王家”への献上品というものには。
贈る側の”格”も、当然求められてくる訳で。
こんなギリギリ”貴族”未満の。
しかも末席も末席の、木っ端な準男爵如きには。
そんな栄誉なぞ、赦される訳も無く。
逆を云えば、”リート”の名を前面に出さなくて済む分だけ、多少は面倒事から遠ざかれるっていう良い側面も、実際にあるのだけれど。
それに、演奏者の年の俸禄を出すのは、当然辺境伯家だ。
こちらとしては、
『ラッキー、その分の経費浮いちゃったー☆』
なんて。
素直に喜んでいれば良い……演奏者には申し訳無い話、なのだけれど。
何せ、辺境伯家からのお給料はかなりお安いのだと国内でも有名だったりするから。
「そこは、こちらからも多少の色を付けておやりになった方が?」
「……考えとく」
冷ややかにツッコミをくれるキングこと王 泰雄の声があまりにも平坦過ぎた。
ごめん、少しだけ反省するわ。
考えてみたら、”この世界初”の楽器の奏者ともなれば、確かに特殊技能とも言えなくもない。
……うん。
そりゃ、高給取りでなくては可哀想だ。
この職を失ってしまった場合、これっぽっちもつぶしが効かないのだから。
ましてや、王都は紛う事なき都会であり、この国の”首都”なのだ。
その物価は、領都ルーヌの比では無い、はず。
やっぱり、後で辺境伯夫人にお手紙を書こう……
「話を戻すけど”賭け”たぁ、折角苦労して作ったってのに、何だか嫌な表現するじゃあないか、お嬢?」
「うん。何せ、(この世界は)”音を楽しむ”なんて習慣がそもそも無いからさ。”これこれこんな音が鳴りますよ”って実演しながら言っても、『ふーん。』だけで終わったりする心配が……」
何度でも言うけれど、所詮”文化”なんて代物は。
いくら偉そうに御託を並べようが、結局はそれを楽しむ心の、そして生活のゆとりがあって、そこで初めて成立するものだ。
現状、デルラント王国を取り巻く政情は、お世辞にも健全とは言い難い、と思う。
3つ、4つの派閥に分裂し、互いに足を引っ張り合うだけの貴族ども。
表から、裏からと、要らぬちょっかいをかけ続けるはた迷惑な隣国の存在に。
いがみ合い続ける派閥との力関係のせいか、3名存在するはずの王子の中から、次の王太子を未だ決めかねている優柔不断の王にと……
そんな風に、指折り数えながら並べ立ててみたら。
……うん。
なんだか急に、すごく逃げたくなって。
「そン時ゃ、さっさと教会の方にも贈ってやりゃあええじゃろて。あくまで王家には、最初に贈ってやったという実績さえくれてやれば、臣下として一応の面目は立つ訳だしの?」
「まぁ、アウグストの言う通りなんだけど……」
ピアノに対する王家の反応次第では、”楽団”のお披露目自体、見送りする方向で考えてはいる。
そもそも今回の”出荷”は、そのための見極めという目論みが、多分に含まれているものだったし。
微妙だったその時は、もう王家を見限って創世神正教と組むしかないかもなぁ。
……なんて。
そんなつもりで。
地球上の歴史において。
宗教と音楽の関係は、切っても切れない間柄だった。
古来より”舞い”もそうだが、”楽”として、神との交信の際に、常に用いられてきた”技能”の一つだったのだ。
今は名と姿を失ってしまった<雅楽の女神>や、”俺”のやらかしのせいでこの”世界”に突如発生してしまった<祭りと舞踊の女神>の権能をつけるためには。
どうしても”楽団”という一手が必要なのだから。
そういう意味では、神像の奉納で、教会とはそれなりに良い関係を築けたと思うのだけれど。
「なら、いっその事さ。アタシらの手でそこの空き地におっ建ててやろうかい? ”音楽”を鳴らすための、デッカい建物でも」
「領民の皆は”楽団”の練習に好意的ではございますが、冒険者どもには『うるさい』と、幾度か言われておりますな。そういう意味では、確かに専用の建物があるとよろしいかと」
「その様な不心得者どもには、ワタシ自らの手で【呪歌】<悪魔の耳>をくれてやっております。半日ほど耳を殺してやれば、きっと奴らも安眠できておりましょう」
「ひでぇ」
てゆか、その報告さ、わたし全然聞いてないんだけれど、何故かなぁっ?!
クリキンのふたりの話……というか、クリスの物騒過ぎるお話に関しては、一先ず置いとこう。
考えていたら色々怖くなってきたし。
うん。
アーダの言う通り、それもアリ。なのかも知れない。
別に公権力に頼る必要は無いと言えば、確かに無い。
ただ、広まる早さと、その影響力を考えるならば、それが最善手なのはきっと間違い無いけれど。
ただお酒欲しさだけで、魔の森を見事につるっ禿げにしてしまった実績を持つ”大地の人”たちならば。
寄って集って立派な音楽堂なんか、あっさりと仕上げてしまうことだろう。
それに、材料は腐る程ある訳だし。
魔の森の木々に、各種魔物達の骨に、岩盤を掘り起こした際に出て来た石材なんかも。
「そうだね。それじゃアーダ、お願いしちゃっても良いかな?」
「りょーかいだよ、お嬢。さぁて、また楽しくなってきやがったよっ!」
まぁ、楽器の量産が始まったらアーダは暇になっちゃうし、音楽堂の建設事業は確かに丁度良い機会なのかも知れない。
問題は。
「その図面を引くの、当然わたし……なんだよね?」
「当たり前に決まってンだろ? ”音”に関しては、お嬢しか解る奴ぁいないんだからねぇっ」
コンサートホールという奴は。
音響技術の粋が込められた、科学理論の結晶であり、芸術の結晶でもある。
当然、この世界においては【音楽の才能】を持つ”俺”にしかできない仕事であるのは確かだ。
「……なんかさ、わたしだけ仕事がバカみたいに増えていってない?」
「バカみたいに勝手に増やしてってンのは、お嬢ちゃん自身だからなぁ」
ぐっ。
アウグストのばっさり過ぎる言葉を否定できないところが、本当に悲しい。
誤字脱字等ありましたら、ご指摘どうかよろしくお願いいたします。
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