71.雌伏雄飛。
オリヴィエ商会のパメラが、定期的にこの開拓村とその周辺の集落に訪れる様になってから半年が経った。
未だこの開拓村自体、貧しき辺境の寒村であることに変わりはない、のだけれど。
それでも、村民はたまの贅沢が許される……そのくらいにはなれたんじゃないかな、と思う。
街道の整備に、その周囲の森の開拓。
こうやって商隊を呼び込むための環境整備をほんの少し行うだけでも、新たな雇用が創出できる。
新たな雇用が創出できれば、そこに新たな経済圏も同時に生まれる。
人が集まり、人が増え。
未だ公式には認められていない”リート準男爵領”ではあるが、着実にその力を蓄えていけている。
そのはずだ。
「旦那様。こちらの書類に関して、でございますが……」
「う、うむ……」
全部が全部、おんぶに抱っこの。
辺境伯夫人の掌の上。の話ではあるけれど。
まぁ、じぃじが元衛兵だったのは、まだ不幸中の幸いだったかなぁ。
少なくとも、最低限度の読み書きはできてる訳だから。
「素晴らしいっ! お嬢様、大変お綺麗な姿勢でございますわっ! ああ。このお姿、リースベット様にもお見せしたいくらいです……」
かく云う”わたし”も、色々と要らぬ苦労を背負い込む羽目になっているのだけれど。
てゆか、こんなところでも【姿勢制御】が役に立つとか、”俺”も全然知らなかったわ。
しかしさぁ、偉ぶった”貴族的な歩き方”って奴は、本当に独特だと思うよ。
『頭の上に載せたコップの水を、揺らしてはいけない。当然零してもいけない』
……とか。
結局これって、一体何の役に立つんだよ?
なんて。
一々そんな疑問を持つ諸々とかをこなしつつ。
「その癖、ダンスの練習とかは無いんだよなぁ……?」
ラノベやらなろうの知識でのお話、だけれど。
この世界、貴族の家に生まれた女性主人公の頭を悩ませてきた”ソレ”が無いのは、流石にどうなの?
なんて。
まぁ、今まで無くても社交の場が回っている時点で、正直必要の無いモノでしかないのだろうけれど。
「わたしなら、確実に無双できる要素なんだけどなぁ」
そりゃあね。
【音楽の才能】に【姿勢制御】。
さらには<剣舞踏士>の修行も、当然続けている訳で。
身体を動かすアレコレは、”わたし”の独壇場間違い無しなんだよね。
……だったらやるしかないよね?
ってことで、色々と始めてみたのだけれど。
「なんかわたしだけ、無駄に忙しくなっただけだったーっ!」
「楽器を量産したって、それをまともに扱える人間は、まだアンタしか居ないんだからさぁ。こうなって当たり前、って奴だぁね」
各種楽器の設計、概要を制作者へ説明し。
完成品の調律に、楽譜を書くのは当たり前。
そこからようやく演奏者の教育へ、と。
それらの”仕事”が、各種楽器完成と同時に全部で発生するのだ。
「我々もお手伝いできれば、まだ良かったのでしょうが……」
「悲しいかな、今は我らも学ばねばならぬ身。<継承者>殿には、ご負担ばかりお掛けしてしまいます」
”俺”が今からやろうとしている”事業”に関して言えば、そもそも”冒険者”である【クリスタル・キング】のふたりにはあまり関係の無い話になるのだから、こればかりは仕方ない。
……てゆか。
武器を扱いながらでも演奏ができる都合の良い楽器って、そもそもあったかなぁ?
いっそのこと、ふたりにはハーモニカでも咥えさせてみる?
……って、アホか。
口が塞がっちゃうんだから、無意味に決まってるだろって。
【呪歌】という技術は、特定のリズムと音階に、実行時の術者の魔力の揺らぎによって、その効果内容が決まる。
様々な楽器を用いても、それが【呪歌】の法則に完全に則って演奏されているものであれば、当然、望んだ通りの効果が発現できるって訳だ。
たとえ術者がひとりであっても、歌唱だけでなく楽器も併用するのであれば、効果は倍になる。
ただし、それは厭くまでも、手で演奏できる楽器の話。笛とかの管楽器では口が塞がれてしまうので、歌唱の分をまるまる犠牲にすることになってしまう訳、なのだが。
いや、待てよ。
管楽器なら歌声よりも音が大きくなる訳だから、一概に無意味だと切り捨ててしまうのもあれか。
効果範囲だけで考えれば、アカペラに比べても倍以上にはなるはずだし……これも、要検証かな。
……あ。
そういえば。
「いつの間にか【アイテムボックス】の中に忍ばされていたコレ、使えないかな……?」
取りだしたのは、かわいい感じのわりと大きなふたつの鈴が付いた赤いリボン。
多分、手足や首へのアクセサリーも兼ねているのか、もしくは髪留め辺りにでも使うのだろうか。
弦楽器を演奏しながら、だなんて。両手が塞がってしまうのだからそもそも戦える訳が無い。
管楽器なんかは口が塞がってしまうのだから、そこに歌唱が乗らなくなってしまうので正直微妙。
──だったら、なっちゃうしかないよね?
自分自身が、楽器にさ。
つまりは、そういうこと……なんだろうなぁ、これってば。
どこまでも神さまの掌の上なのかと思うと、本当にげんなりしてくる。
その癖、全部、
『キミが選択し続けてきた結果、だろう?』
とか、平然と云ってきそうでさ。
……でも、使えるモノは何だって使っていかないと。
直近の目的と、遠くに立てた目標。
これを両立していくためならば、”俺”は何だってやってやるさ。
開拓村とその周辺の集落の発展だって。
自身の戦う力の確保だって。
全ては”己の身を守る術の確保”なのだから。
ちゃんと食べられる様になったお陰か、同じ年頃の娘と比べても、そこまでの差が無くなって来た気がするこの子供の肉体。
弛まぬ日々の鍛錬のお陰で、そこに薄らと筋肉も付いてきて……今後、世間様から”ご令嬢”とちゃんと呼んで貰えるのだろうか?
……なんて。
少しだけ不安を覚えたりも。
<炎と鉄の神>の野郎が”俺”と交わしたはずの約束を平然と破り、しれっと【アイテムボックス】に入れられていたというこれをお外に出すのには、かなり色々と憚られてしまう”神剣”を携えて。
こいつの何が憚られるっていうか。
”刀”ってだけでも、色々と問題があるってのにさ、その刀身から放たれるオーラが。
ホント、もうね。
でもさ、
『ヴィクトーリア氏、扱える武器が皆無問題』
が、諦めてこれを用いれば解決しちゃうのだから、仕方なく。って奴。
いや、そんな後ろ向きなことを言ってはみても。
やっぱりさ、”俺”ってば、根っ子が男の子だったんだなってさ、嫌でも自覚しちゃう訳よ。
だってさ。
”専用装備”に燃えない奴、いないっしょ?
しかも、それが”神様作”の、如何にもって感じのカッコイイ奴なんだもの。
ちょっと煌びやかな拵えをした柄を握りしめただけで、妙にニヤけてくるってばさ。
──いやいや。
一応は、これ、鈴の実験なのだから。
より実戦に近い動きをするために、この刀を取りだしただけ、なんだからね?
厨二心溢れまくる自分に無理矢理言い聞かせる。
一度正眼に構え、力を込めず、流れる様に振るう。
”俺”の動きに合わせて、凛。と鈴が鳴る。
刀の影を握り、二刀に分ける。
師であるキングこと王 泰雄の流派の教え通りの”型”を一つずつなぞっていく。
”ソード・ダンサー”とは良く表現したもので、まるで踊っているかの様な彼の流麗な動きに、”俺”自身が魅了された。
だからこそ、師事を仰いだ。
鈴の音を【呪歌】のリズムへと、なるだけ同期する様に自身の動きを徐々に修正していく。
【音楽の才能】と【姿勢制御】。
ふたつの【ギフト】が、この時も良い仕事をする。
たぶん”俺”個人の技量だけでは、まだ拙い動きしかできないと思う。
うん、思った通りだ。
打楽器であっても【呪歌】の法則に沿っていれば、効果が発揮されるみたいだ。
このまま”型”を、繰り返してみるか。
────あれ?
おかしい。
効果が────
有り過ぎるっ!
ヤバい。
また”俺”。なんかやっちゃいました?
なんて。
そんな事案、発生かも……?
誤字脱字等ありましたら、ご指摘どうかよろしくお願いいたします。
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