68.荷馬車が揺れる
馬車での移動は確かに楽だ。
徒歩の場合と比較して、ではあるが。
それだって、乗る馬車のグレードによっては、明確に天国と地獄に別れる結果となる。
「ま、そこをケチろうだなんて考えは、端から持ち合わせてはいませんがね」
「お陰で大助かりですよ、<継承者>殿。尻が割れずに済みます」
”乗り物”である以上、居住性というものは重視して然るべきであるのに、どうやらこの世界も御多分に漏れず、真っ先に削られてしまうのは、そういった実務を預かる者たちの快適さの様だ。
車軸上に直接荷台を固定すれば、そりゃ地面の震動がダイレクトに決まってる。
そんな粗悪な環境では、いわゆるワレモノなんかは値段が青天井だ。
運んでいる間に、どれだけの数が無事で済むのか分からないのだから。
板バネの概念、それ自体は”この世界”にもすでに在るし、揺れや振動を抑えようと数々の試みが施された馬車だって多数存在している。
王族だったり、上位貴族……それも公爵クラスの特別な方々だけがお乗りになる馬車に採用される様な、超高級モデルには。だけれど。
「まさか、それを荷馬車に付けちまおう、だなんてねぇ」
「なんなら、これだって立派な村の”特産品”にできると思うんだけどなぁ、わたし」
こういった諸々の”準備”のせいで、領都の滞在期間が予定より大幅に伸びている。
気が付けば、すでに年を越していたし、そこから月も跨ぎそうな勢いだ。
完成した荷馬車を一目見て、辺境伯夫妻の眼がぎらりと光ったところをみるに、”俺”の着眼点はそう間違っていない、はず。
今後増えていくという”大地の人”たちの今後の身の振り方も、こちらは考えていかなきゃなんないのだ。
村での”商品”の品目が多くなれば多くなるほど良いに決まってるしね。
「楽器だけでも充分村の”売り”にできるだろうに……少しお嬢は考え過ぎだよ」
「音楽ってのはね、音を楽しむ余裕ができて、そこで始めて需要が生まれるんだよ」
生きるだけで精一杯。
そんな心の余裕の無い状態の者の隣で、暢気に演奏でもしようものなら。
『喧しいっ!』
なんて。
そう云われて終わるだけのお話。
下手をしたら、そんな文句と同時に拳だって飛んでくる可能性もあるくらいには。
結局、”音楽の力”なんて、その程度のもの。
まぁ、でも。
そんな必死な状況であっても。
「【呪歌】ができた切っ掛けは、そんな生きるのに必死だった時、なんだけどね……」
あの時、なんで”俺”は、農作業の時に歌う古い伝統歌謡を口ずさんでいたのか?
信じていた”夫”に裏切られ、山賊どもに売られたという悲しい生の記憶の一部でしかなかったというのに。
何故か。
魔物共との乱戦時に、知らぬ間に口から出てた、らしいんだよなぁ……そのことすら、もう思い出せないんだけれど。
「<歌祖>のお話、でございますか」
「そう、そこから始まったんだ。きっと、そこから……」
<運命の神>がこの世界に”俺”を喚んだのは、もしかしたらこのためだったのかもな……って。
ふと、そんな風に思う時がある。
実際はどうだか分からないけれど。
「だからさ、まずみんなの”生活の余裕”を作り出すところから始めていこうって。お酒だって、音楽だって。まずは楽しむ余裕が無くっちゃ、ね?」
「あたしゃ、いつでも、どんな時であったって酒を楽しめるんだがねぇ?」
「皆アーダみたいな人じゃないんだから……」
こいつホントにブレねぇな。
こんなのの手綱をしっかり握ってるんだから、アウグストって実は凄い奴?
「アーダには、これからも頼りきりになっちゃうけれど、よろしく」
「いいさ。いつもお嬢の”要求”ってな、面白いのばっかだからね。”ピアノ”だっけ? あいつも早く完成させてやんないとねぇ」
ピアノが完成したら、その第一号を出荷する場所は”俺”の中ですでに決まっている。
”貴族”の一員として、この国の政治体系に組み込まれてしまった以上、この立場を徹底的に利用するさ。
その一手が”ヴィクトーリア”の幸せに繋がっていくのだと信じて。
◇◆◇
予定していた野営地まであと少しの距離で、【音の精霊】たちの<アクティブ・ソナー>に大きな塊の反応があった様だ。
『やっぱり、怨まれてるネー』
……だろうね。
ちゃんとアーダが手加減してくれたからこそ、あの程度で済んだに過ぎないのだが。
そんなの、やられた方に云わせれば気付くはずもないし、もし気付いたにしても、だからと云って許せるはずもない。
マイクたちの話では、あの時”模擬戦”で大地の人夫妻にブチのめされた連中が主になって、この先で待ち伏せしている様だ。
どうやって傷を癒やしたのかまでは知らない。この短時間で完全治癒……となれば、少なくとも懐にそれなりの大打撃はいったはずだが。
こちらの<アクティブ・ソナー>にも感。
どうやら応援も沢山呼んできているらしい。これはちょっと数が多いや。
後方からも”冒険者”らしき一団が、ずっと車列から付かず離れずで付いてきているし。もしかして挟み撃ちを狙っているのかも知れない。
馬車より少しだけ先行している、クリスことクリスティン=リーを呼ぶ。
「村の人たち、お願いしていい?」
「承知」
相手は崩れではあるが、一応は本職の”冒険者”だ。
じぃじの”護衛”として村から付いてきた素人同然のジュードたち村の青年団の皆では、これからの戦い”足手纏い”が確定している。
そんな彼らだって、忙しい農作業の合間にずっと鍛錬してきたのだから、こんなことを言われたら怒るのかも知れないけれど。
でも、今ははっきり言って、邪魔。
だから。
「<深層睡眠術>」
全員眠らせて、荷台にぶち込んでもらう。
その際ついでに、ふたりの老夫婦も。
「今回は、わたしが全力で支援する。みんな、頑張ってね」
広く展開していた【音の精霊】たちを、”襲撃者”の方へと全て向かわせ、”わたし”は小竪琴を構える。
味方の”護衛”たちに見られたって、この際一切気にしない。
フィリップ卿からお借りした5人の騎士は、今となっては貴重な戦力だし。
辺境伯家にお借りしたふたりの<回復術士>は、辺境伯夫人から恐らくは”魔導具”の話を聞いてるはずだ。
でなければ、如何に許嫁候補からの可愛くないお強請りだとはいえ、貴重な<回復術士>をふたりもホイホイ付けてくれる訳がない。
きっと、色々と探られているんだろうなぁ……
なんて。
”人材”を集めるのにも、育てるのにも。
こちらには何のノウハウも無い以上、全てあちらに融通して貰わなければ何事も回っていかないのだし、そこはもう覚悟の上と諦めた。
「この先に襲撃者アリっ! 皆、警戒っ!!」
”奇襲”の失敗を告げる様に、”わたし”は今出せる精一杯の大声を挙げる。
これで退いてくれるのなら、本当に嬉しいけれど。
……まぁ、そんなのあり得ないよね。
「アーダ、グスタフ。なるだけ殺しちゃダメだよ? できれば、手足の一本程度で済ませて」
「「えー?」」
えー?
じゃねーよ、バカちんが。
殺したら後々面倒臭いんだよ。頼むから、いい加減それくらい分かってくれ。
「クリス、キング。【呪歌】の選択は、ふたりの判断に任せる。わたしはそれ以外を歌うね」
「「承知っ!」」
強化付与系の歌の”重ね掛け”は、護衛として雇った弾除けごときには、多大な負荷にもなりかねない。
なるだけ被らない方向でいかないとね。
その代わり、前後から来る”襲撃者”には弱体付与系の歌を、たっぷりと重ねてやるんだがな。
……さて。
それじゃ、はじめようか。
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