65.そんなに偉いの、人間種?
オリヴィエ商会でこの冬を越すための食糧の諸々を大量購入しては、グスタフとクリスの<次元倉庫>に次々にぶち込んでいく。
<次元倉庫>の容量というものは、個々の魔力に異存するのだと聞く。
グスタフは”大地の人”の中でも比較的容量が多い部類なのだそうで、オディロンが是非スカウトしたいと鼻息を荒くしていた。
待て待て。
”俺”の目の前で人材の引き抜きをしようだなんて、ふてぇ野郎だな。
クリスことクリスティン=リーは、多種多様の魔法を扱える器用さを持っているが、少ない自身の魔力を何とかやりくりしようとしていく内に自然に身に付けただけのもので、収納容量はさほど多くないらしく、
「微妙に使えなく、本当に申し訳ありません……」
などと、いきなり頭を下げられたり。
「いや。別にそんなつまんないことで貴女を責めるつもりなんか、わたしは欠片も無いのだけれど」
”俺”には容量無限・時間自在の【アイテムボックス】があるし、正直に言ってしまえば、ふたりの<次元倉庫>はそんな俺の”チート”の隠れ蓑でしかないのだしさ。
だが、開拓村の発展を考えていく上で、<次元倉庫>持ちの……というか、物流資源の確保は最重要課題にもなっていくだろう。
一応は商会との商取引合意文書の中に、”商会から村への定期的な訪問”という条項を設けさせてもらった。
だが、これは厭くまでも”定期便”なのであって、こちらからの不意の需要に必ずしも応えてくれるものではない。
やはり、村主体の物流手段は、どうしても必要になってくるだろう。
だからと云って、そこで”俺”が動く訳にもいかないのも事実。
何せ、【アイテムボックス】は<次元倉庫>にある制限が一切無いのだから。
この存在がバレたら、確実に”ヴィクトーリア”の人生は詰む。
──せめて、馬車のひとつやふたつくらいは要るかもなぁ。
今更そんなところでケチっても仕方がない。
金は腐るほど持ってるんだから、牛やら豚やらもついでに買ってしまおう。
「すみません。流石に全部を、すぐという訳には……」
「ああ。揃ってからで、こちらは全然構いませんよ。手付金は出しますので」
さすがにひとつの商会だけでは、こちらの望む物全てを賄うには無理があるだろうし、ある程度揃えるのにも時間が掛かるのは仕方がない。
グスタフに預けていた金貨袋を一掴み、商会長の娘であるパメラへと放り投げ……るどころか、重くて全然持ち上がらねぇ。
やっぱり幼女のままじゃ、全然格好が付かないや。
もうっ! 早く大きくなりたーい。
本来であれば、紹介してくださった辺境伯夫人の顔を立てて、各商会にバランス良く発注すべきなのだろうけれど。
交渉の場に立った”ヴィクトーリア”がまだこどもだからと舐めやがって、向こうから紹介者の顔に泥を塗りたくってきやがったのだ。
今更そんな礼を欠いた奴ら相手に、こちらからの配慮など一切必要無い、はずだ。
「<継承者>殿。店の外に出る時は、ご注意を。付けられておりますれば」
「はぁ、どこまでエレオノールさまの顔に泥を塗るつもりなんだろうね。ここの不心得者どもは……」
ここの商会長の半分でも”誠実さ”を見せてくれたら、多少安い金額を提示されたとしても、こちらは笑顔で契約してやったというのに。
後日になって、逃した魚の価値に思い至り、急にそれが惜しく感じこんな頭の悪いことをしでかしたのだと云うのなら、今すぐ心を入れ替えやめるべきだ。
”わたし”が持参した紹介状の主は、一体何処の何方からでしたっけ?
って、そういうお話。
少なくとも、彼らがわたしにしてきた行動全てが、かの辺境伯夫人の耳にしかと入ってしまう訳なのですよ。
そこに気付けなかった時点で、彼らは遠からず”資格”を失ってしまうだろう。
だけど、”俺”は全然優しくないから、その日が来るまで待ってやるつもりは更々無いのだけれど。
「キング。わたしが”囮”になるから、全員確保で。皆にもそう伝えておいて」
「承知」
辺境伯夫人の云ってた、
『試験です♡』
の内容って、つまりはこういうこと、だったんだろうなぁ……
例のレーン子爵絡みで、この領都ルーヌも色々とヤバげな問題がボロボロと発覚しているみたいだし、どうも辺境伯夫人の方も形振り構わなくなっている様な気が。
証拠は無い。
だけれど、状況、情勢から見て、こいつは限り無く黒に近い灰。
そんな商会もモノのついでとばかりに、一緒に混ぜ込んできたって感じ。
まぁ、近くに数名の護衛の騎士が張っているのは<アクティブ・ソナー>で解っていたし、夫人の思惑に上手く乗せられてやっても、こちらとしては全然構わないのだけれど。
「できれば、ひとことくらいわたしにも教えといてくれればなぁ……」
近い将来、”わたし”はあんなのを、
『お義母さま』
なんて。
そう呼ばなきゃなんないのかぁ。
”お貴族さま”の世界は、本当に地獄だぜぇ。
ふははははははは……
◇◆◇
「我が美姫。大丈夫だったかいっ?!」
「ええ、まぁ……」
馬から飛び降りた勢いそのままに、”ヴィクトーリア”に抱きつこうとしてきやがったフィリップ卿の両の腕をひらりと躱す。
婚約話のその是非については、この際もう諦めた。
だが、まだ貴様如き変態に大事な”娘”の貞操まで許すつもりなぞ”俺”には無いわっ!
まぁ、街中を馬で疾走するなんて危険を冒してまで現場に駆けつけてきた、そのクソ度胸と心意気だけは”俺”も評価してやるさ。
だが、それとこれとは全く別のお話。
そもそも今回の一件自体が、アンタの母親の”マッチポンプ”なんだからさぁ。
今回あちらさんが使ってきたのは、それなりの階級のにいる身形の良い冒険者たち。
てゆか、なんで”それなりの階級”──B級上位の冒険者たちが、誘拐なんて明確な犯罪行為に手を染めちゃった訳?
なんて。
そんな疑問が。
捕らえた冒険者曰く。
なんでも、
『誘拐された我が娘を、卑しき亜人どもと、悪辣なる冒険者どもの魔の手から、是非とも救い出して欲しい』
という指名依頼が入ったのだそうで。
彼らは、そんなご家族の悲痛な叫びに対し、胸に灯った正義感を熱く滾らせた、
『これは勇気と信念に基づく正義の行いだっ!』
とのことで。
────はぁ。ここにも人類種至上主義者かよ。
そんなご立派過ぎることまで大声で喚き散らしやがっている癖に、そのお腰にぶら下げた得物は、お前ら曰く”卑しき亜人ども”の最たる”大地の人”謹製の武器、だという。
その矛盾に全然気付いていないとか。ホント、もうね。
どこまで人と現実を舐めきっていやがるんだろうね、こいつら。
まぁ、確かに【クリスタル・キング】が手にする装備は、全て神話級上位の諸々だし、アウグストたちの得物だって、職人たち自身の、恐らくは最高傑作だ。
多少の目利きができる”商人”であれば、そんなのから”目的の少女”だけを攫ってこよう。
なんて。
いくらそこらのゴロツキどもを大量投入してみたとて、どだい無理筋過ぎる無謀なお話。
であれば、”扱いやすい腕利き”を、少数用意する方が確実だ。
──という訳。
「なんかさ。ここ、凄い胸糞悪いんだけど?」
「同感だよ。あたしも、さっさと家に帰りたくなってきちまったねぇ」
街は、人の嫌なところが見え過ぎる。
いや。
だからと云って、特段開拓村が良い訳じゃないのだけれど。
それでも、限度というものが。
なんて。
そんなお話。
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