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”運命の神”は、俺の敵。  作者: 青山 文
第二章 わたしはこれから生きていきます
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61.マリオネットじぃじ




 「”大地の人(ドワーフ)”の移住……ですか。人口の大半が人間種(ヒューマン)の我が国では、確かに珍しいお話ですが」


 「代表のアウグストと申します。わしらがあの村へ移住を決めたのは、とある酒の存在があったからでしての」


 おい、コラ、待て。

 勝手に話を別の方向へ持って行くんじゃ……


 「ほぉ、酒となっ!?」


 あ。

 辺境伯夫人(エレオノールさま)、一瞬だけ顔が般若の様に。

 マジでこの場を追い出されたくなかったら黙ってた方が良いぜ、辺境伯閣下?


 くそ、仕方ない。

 予定が随分早まっちゃったけれど、この流れでは紹介しない方がおかしくなっちゃうか。


 「実はこのヘンドリク、辺境伯様へのご挨拶のためその酒、用意してございます……」


 単眼鏡(モノクル)の執事に視線を向ける。

 くそ、じぃじの視界が分からないから、微妙にズレてる気が。


 「奥様。村長殿の”贈り物”を、こちらにお持ちしても?」


 「ええ。お願い」


 流石。

 執事さんも()()()()()()()()()()()()()として扱ってるわ。

 そんな拗ねた様な顔すんなよ、辺境伯。

 ”俺”が夫人の立場だったら、絶対同じ対応するもん。

 それだけの()()()()をやっちまったんだぜ、あんた。しかも、開幕の初手にさ。


 

 今回"辺境伯家への手土産”として村から持参してきた物品の種類はかなり多い。


 『下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる』


 ……って、そんな訳ではない、つもりだったのだけれど。

 ついつい、知らぬ間にそんな感じになっていたっていう。

 どれだけ不安抱えてたんだよって。



 「こちらが、村で収穫()れる芋で作った、焼酎という酒。そして、こちらがそれを用いて作りました、消毒用の酒精にございます」


 「ヘンドリクさま。消毒用、とは?」


 お?

 流石エレオノールさま。真っ先にそこに食い付くか。


 「はっ。我が娘ヴィルヘルミナは<回復術士(ヒーラー)>をやっておりまして。傷口の消毒、周囲の清浄と。その必要に迫られましてな。この様なモノを作ってみた次第で。アウグストが云う酒、焼酎とは、そもそもそれの副産物でして」


 瓶の蓋を開け、すんすんと匂いを嗅ぐ婦人の仕草がちょっとだけ可愛いと思ったり……

 って、それアルコール度数75%で調整してるから、わりとキツいんだけどっ!


 「我がレーンクヴィストにも<回復術士>が幾名か席を置き名を連ねておりますが。傷口の消毒、ですか。それはどの様な?」


 傷口の洗浄、という概念自体は、それこそ文明が起こる以前からすでに在るものだ。

 動物であれば、本能的に傷口を舐め綺麗にしようとするのは反射的な行動であり、人間だって水で傷口に付いた汚れを洗い流そうとしたりと、その例に漏れることはない。

 だが、それはあくまで”洗浄”なのであって、”消毒”という概念にまでは至っていないのだけれど。


 「……そうですか。傷口から毒が入り、時にはそれが悪化する。と?」


 「はい。<回復術士>には<解毒術(アンティ・ポイズン)>という術があるとは聞きますが、早期治療に用いれば、術士のその一手間を省くことができます。勿論、完全ではございませぬが」


 しかし、<回復術士>の負担がひとつでも減れば、それだけ多くの者を癒やすことができるはず。


 ”マーマ”(ヴィルヘルミナ)に、少しでも楽をさせてやりたい。

 そこから始まったはずの話が、いつの間にやら……なんでこうなってしまったんだろう?



 「そして周囲は、一見清浄に見えておっても、その様な目に見えぬ毒が満ちております。これを用いて拭き掃除を行えば、その様な危険(リスク)を少しでも減らすことが……」


 そもそも”菌類”という存在の発見は、地球でもかなり後年になって、の話だ。

 当然、”除菌”なんて云う概念なんかは、その後に漸く出て来る話なのであって、今この場でそれを完璧に説明するには、かなりの無理と無茶がある。

 だから、どうしても話が胡散臭くなってきてしまうのは、まぁ。


 それこそ”ペスト”とか”コレラ”とかが一度でも流行していれば、確実に説明の……

 いや、だめだ。ペスト菌にアルコールは効かなかったはず。

 てゆか、その前にそんな危険な病気が流行りでもしたら、確実に国が滅ぶ話に発展するぞ!


 ……この際、次亜塩素酸系消毒液も作るべき?

 まぁそれは、おいおい考えていくか……

 また<本と知識の女神(インティグレイス)>大はしゃぎ案件にもなりかねないし。


 ”消毒”の概念が有効に働くのは屋外。

 この世界で一番解り易い例は、それこそ”戦場”辺りになるだろうか。

 内政こそ”無能”であるが、やはりローランドは国境を守護する家の当主だ。

 いち早く()()に気付いたらしく、急に目付きが変わった。


 「……これを用い(くりや)を常に清浄にしておれば、中毒の危険は少しでも減らせましょうて」


 「なるほど……」


 でも、戦場に立つ経験の無い夫人に対しては、”食中毒リスクの回避”を例に出して言うしかないか。

 これも結局は保存状態の悪い食品を使うことが一番の原因だったりするから、一概には言えない話なんだけど。

 それに、厨房を預かる人間ならば、お貴族さまの口に入る物を扱う以上、衛生管理は徹底しているはず。

 そうしなきゃ自分の生命が危ないんだし。




 ◇◆◇




 で。

 辺境伯お待ちかねの酒の試飲と、アウグストたち”大地の人”謹製各種最上級品の品評会も兼ねたお披露目を、無事に終えることができた。


 まだ村での酒造りは始めたばかり。

 年間の人頭税はこれまで通り支払う代わりに、他家の横槍等の、何かしらの”干渉”は全て排除してもらう方向で話を纏めた。

 開拓村周辺を警護する騎士団を常駐して貰える様にお願いできたことで、今後は自警団に若い働き手を無理に割かずに良くなったのは正直ありがたい。


 その上で、領都で仕事にあぶれた人間の受け入れ先になるよという提案をこちらからしてみたら、すごく喜ばれた。


 そういった人間は、酒の材料でもある芋やぶどう作り辺りを担ってもらうつもりでいる。

 他にも”俺”の頭の中に色々と村の生活向上のネタがあるし、人手はいくらあっても困りはしない。

 困りものの人間は、正直要らないけど。


 アウグストも村の酒造りが軌道に乗る頃には、”大地の人”の移住者がもっと増えていくだろうと太鼓判を捺した(もう要らねぇってのが本音だが)し、そうなっていったら、そいつらに酒造りを任せてしまおうかとも考えている。

 村の”職人”は、正直すでに定員オーバー気味なんだし。


 一見和やかな雰囲気の中でも、アーダはその間ずっと終始無言。

 やっぱり辺境伯が”人類至上主義者”だったことに引っかかりを感じたのだろう。全然不機嫌を隠そうともしない。


 「まだ多くの数をお出しすることはできませぬが、焼酎は春にも領都に持ち込めましょう。ブランデーは今暫し、それそこ10年以上の刻を必要としましょうが」


 「良い、良いっ。その日を楽しみにしておくとしよう!」


 ありゃ。

 辺境伯、すっかり気持ち良く酔っちまって……あとで夫人にこってり叱られろ。


 「きっとその頃には、ヴィクトーリアさまもフィリップの子を抱いてるのでしょうね。ああ、楽しみだわ……」



 だから!

 それは”わたし”が直接断ったでしょ?!



 「その件ですが、我が孫、ヴィクトーリアの護衛を務める”冒険者”クリスティンからも資料が提出されておるはずですが」


 仕方ない。こうなりゃトドメだ。


 「本来であれば、わたくしめの口から出すのは色々と憚られましょうが。確か、レーン子爵家でございましたか。今回の騒動の”首魁”。どうやらそちらの様で……」


 ヴィクトーリアの”身分ロンダリング”先の宛てがその分家の子爵家であるならば、これで確実にこの話を潰せる、はず。

 身分ロンダリングを行うこと自体は、貴族の家にとって何のリスクも無いが、縁繋ぎ先に旨味が無ければ、当然やる価値も無い。


 レーンクヴィスト辺境伯家は、公爵、侯爵、宮中拍……と続いていく中でも侯爵位とほぼ同等であり、歴史も古い名家だ。

 ただし、先代が事業を失敗し、莫大な借金を現在も抱えているため、この家と縁続きになりたいと思う奇特な貴族家は、そんなに多くはないだろう。

 ましてや現在、魔の森を挟んだ北にあるウォルテ王国とは、近く燃え広がってしまいかねない程の”火種”も抱えている訳だし。


 その様な現状、本家のゴリ押しによって、分家にこの”養子縁組”を押し付ける。

 それしか手段が残されてはいないはず……と”俺”は睨んだのだが。


 で。


 そのレーン子爵家の()()()()でもある人身売買は、”犯罪奴隷のやりとり”という一部例外を除き、この国でも特級の重罪だ。

 しかもこいつは、”亜人専門”の部隊までをも持っていやがったという悪質さだ。

 これを王家に黙ったまま内々で処理しようするなら、辺境伯家もヤバくなる極めつけの”厄ネタ”でもある。


 さて、辺境伯よ。どう出る?


 「ああっ、そういえばっ!」


 ……やっぱ辺境伯は”無能”だ。口答で説明を受けてはいただろうが、半分聞き流した上で一切資料に眼も通していなかったらしい。

 そうなれば当然、夫人にその話がちゃんと伝達される訳も無く……子爵家のことを放っておいたまま、暢気にこんな席を用意できた訳だよ、全く。


 執事さんに向かって無言で手を向ける夫人の顔が、表現するのも憚られるレベルでヤバい。

 そりゃそうだ。

 少しでも対応を誤ったら、下手をしなくても辺境伯家ですら色々と吹っ飛びかねない案件なのだから。


 ガタガタ震えながら差し出された資料の数々に眼を通す夫人の形相が……

 うん。

 ”俺”は見てない、見なかった。


 「……申し訳ありません、ヴィクトーリアさま。此度のわたくしたちの”提案”、一度無かったことにしとうござます」


 夫人のその冷え冷えとした震え声だけで、こちらも一気に凍り付きそうだ。それだけ辺境伯夫人の怒りの度合いが深いのだろうね。


 「時にヘンドリクさま。貴方、確か”騎士爵”でありましたよね?」


 「はっ、恐れ多くも。わたくしめ、”騎士爵”を拝命仕っておりまする」


 ……一体、何の確認だ?

 でも、ここで嘘を言っても何の意味も無い。素直に頷いておく。


 「でしたら、我がレーンクヴィスト辺境伯家の名において、汝ヘンドリクに”準男爵”の位を授けましょう。早い内に、頑張って男爵位へと上がってきてくださいましね?」


 「は……?」


 何で、そうなるの?



 ”俺”、エレオノールさまの考えが全然分からんのだけど……?



 誰か、教えてプリーズ。



誤字脱字等ありましたら、ご指摘どうかよろしくお願いいたします。

評価、ブクマいただけたら大変嬉しいです。よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
 ひとつ寄子を潰すから代替の貴族家をひとつ創設しますって所かな。  そうすりゃ「ヴィクトーリア」も嫡子として貴族に連なるから提案の骨子は変わらない、と。  うぜぇw  いや高位貴族なら当然の瞬間思考だ…
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