57.貴族のお茶会に愛想笑いがよく似合う。
「ささ、ヴィクトーリアさま。こちらもお召しあがりになってくださいまし。こちら、我がレーンクヴィストお抱えの”新作”でございましてよ」
「ええ、ありがとうございます。では、いただきます……わ」
あン、まぁい。
そして。
くっ、さぁい。
……やっぱりこの世界の、この時代のお菓子ってなぁ、マジで食えたモンじゃねぇや。
あまりにも精製技術が拙いせいで、青臭さマシマシの上に製法上の問題から来ているものなのか、火が入りすぎてるせいで焦げ臭さまで添加されたこの砂糖は、甘味よりも、独特のえぐみの方が先に立つ。
しかも、それをまるで親の敵の如く大量にブチ込んでいやがるせいで、折角の生クリームの艶めかしくも純真な白さが鈍い暗褐色へと無残にも塗りつぶされ、更には新鮮な旨味も風味も、全て消し飛んでしまっているという。
いかに、精製技術がお粗末なため美味しくない代物であっても。
この時代、この世界において。
砂糖一粒は黄金……は、流石に言い過ぎか。
銀一粒には匹敵するほどに、高価な食材。
お貴族さまってなぁ、基本的に”味”よりも”見栄”を取る。
素材の持つ風味をどれだけ無残に壊されていようが、高価で希少な砂糖をふんだんに使ったお菓子を、持て成しの場で客に出すのをやめない。
それこそが、高い身分の者が下々の者に見せつける”圧力”という名のステータスだからだ。
砂糖を使った生菓子って、確かに希少ではあるけれど、やっぱり美味しくないんだよね。
特に、【神の舌】を持つ”俺”にとって、これを口にして、あまつさえ咀嚼し呑み込むなどという行為そのものが、絶望を覚えるほどの拷問へと成り果ててしまうくらいには。
そして”元料理人”の勘が囁くのだが、こいつを無駄に大量に使うくらいなら、クセの強い山羊乳のバターと混ぜ合わせる方が、お互いの持つ独特の臭みを打ち消し合って、むしろ美味くなるかも知れない。
……なんて。
辺境伯婦人に、正面向かって言える度胸なんか、絶対に無いんだけど。
「どうでしょう? どうでしょう? ヴィクトーリアさまは、この様なお菓子、口にしたことありまして?」
「いいえ。この様な(美味しくない)お菓子は、口にした(いとすら思う)ことなぞございませぬ」
ああ、ヤバい。
ついつい本音がポロっと漏れ出そうになるし、思わず表情にも出てきちゃいそうだ。
こんな贅沢で不味いお菓子にも閉口しそうだし、長年腹芸の技術を叩き込まれ、それを実践してきたであろう”古強者”……なんて言っちゃあ、流石に失礼か。
そんな”辺境伯婦人”であるエレオノールさまは、御年30歳。
フィリップ卿が数え14歳だから……うん、相当にお若いウチから辺境伯家へと嫁いできたんだね。
そうか。
そうやって考えてみたら、辺境伯とエレオノールさまは、15も歳が離れてるのだ。
そりゃあ、9つ違い程度の”ヴィクトーリア”とフィリップ卿の縁談話なんか、最初から動じる訳がないよね。
その上で。
「ああん。お母さまばっかりズルい。わたくしだって、ヴィクトーリアさまとたくさん、たくさん、おしゃべりしたいのですわっ!」
辺境伯令嬢リースベットさまに、異様に懐かれて。
ついでに云っちゃえば、物理的にも絡みつかれて。
ああ、うっざ。
この胴体に回された腕、強引に振りほどいてしまいたい──
なんて。
そうは思っていても、当然できる訳もなく。
今の”わたし”は、リースベットさまの為すがまま。
『茄子がママなら、パパは胡瓜か?』
そんな、つまんなくも滑りまくったギャグが、一瞬脳裏に浮かんできたけれど。
そもそも日本語を理解できなければ、こんなの何処にも面白ポイントがないっていう……てゆか、それ以前の代物、であるけれど。
てゆか、現実逃避をしたくなるこの気持ち。
誰か分かってくれよぅ。
急に湧いたフィリップ卿との”縁談話”。
一応”わたし”の口から、お断りの言葉を入れてみた訳、だけれど。
やはり辺境伯側は、全然納得してないってことよね、これ。
解り易くも、お菓子で一本釣りしようってか。
『まぁ、所詮平民だろ』
なんて。
そんな思いが、余りにも透けて見えてくる様で──本当に、不愉快だわ。
”俺”の生前の記憶を紐解いてみれば。
このレーンクヴィスト領を実質取り仕切っているのが、辺境伯婦人エレオノールなのだと聞いた気がする。
というよりか、当主のローランドは領地経営に関してからっきしの”無能”なだけとも云う……世の評判が事実であるならば、だけれど。
そんなエレオノール夫人がこうして忙しい時間を縫ってまで、所詮は辺境の村娘でしかない”ヴィクトーリア”を歓待しているってのは、つまりはそういうこと。
(そうまでして、彼らは【音の精霊】が欲しいと云うのか。それとも、何か別の狙いでもあると云うのか……?)
極端な話。
当初、辺境伯がわたしらに言い募った通りに、
『その”魔導具”を寄越せ』
などと、クリスから力尽くにでも召し上げてしまった方が、手っ取り早かったに決まってる、ハズ。
彼女らは、所詮”流民”の”冒険者”だ。
権勢尽くで強引に迫ってしまえば、生き残るためには最終的にどこかで折れるしかない。
無論、タダで済む訳などあり得ない話だけど。
『この商売、舐められたら終わりだ』
信用を売る”冒険者”にとって、これは絶対に守らねば成らぬ最後の一線。
その冒険者の持ち物を欲するのであれば、それ相応の対価を指し示さねばならぬのは、自明の理。
だからこそ、懐柔策で来た、そういう話なのだろう。
『将を射んとせばまず馬を射よ』
とも、云う訳だし。
最悪、一度サックスを辺境伯に差し出して、後で”帰ってこい”をやってしまうって手も、一瞬考えはしたけれど。
それをやったら、当然詐欺に当たるよ、ねぇ……?
ああ、あちらさんの狙いが分からない以上、流されるしかこちら側ができることはない訳で。
何処までも、何処までも面倒臭い。
「ね、ね? ヴィクトーリアさま。フィリップ兄さまのこと、あなたはどう思いまして?」
「はい? ええっと……」
リースベット孃の質問の意図が解らん。
そりゃ、見た目だけで言えば、彼はアリだ。
それこそ、こちらへ直接の関わりさえ無ければ、推しにしても良いくらいには。
容姿端麗、文武両道。
家柄は良く、人当たりもまとも。
結婚相手と見るなら、確かに優良物件だろう……家が抱える膨大な借金に目を瞑るならば、という絶対の悪条件が存在する訳だけど。
あと個人的に、性格にも少々難有りって感じかな。
”ヴィクトーリア”を身分ロンダリングというインチキによって嫁いだ場合、その後確実に被るであろう”災厄”について、”俺”が言及した時、
『安心しろ。俺が絶対に護ってやる!』
……なんて。
そのくらいの強い言葉が、彼の口から出ていたら。
”俺”も素直に頷いても良かったのだけれど。
「……少々、控えめ過ぎるきらいを覚えます。わたしは、”強いひと”が好きですので」
だから、正直彼は”無し”。
父親の眼から見て、あんなのには、絶対に大事な娘をやれんっ!
「そうですかぁ……でしたら、ミカル兄さまはどうでしょう?」
……次男のミカルか。
見た目だけなら、辺境伯一家はエレオノールさま側の因子を良い具合に受け継いだみたいで、全員美形だ。
誰もローランドさまに似なくて良かったね、って言いたくなるくらいに。
「申し訳ありませんが、わたくし、ミカルさまとは一度もお言葉を交わしてはおりませぬので」
「そうですわね、そうですわねっ! ああ。わたくしったら、少しあわててしまっておりますわね。だって、将来こんな可愛い”義妹”がわたくしにもできるのですもの。必死にもなりましてよっ?!」
「うふふ、焦ってはいけませんよリースベット。でも……そうね。貴女の気持ちも母は解らなくもありません。だって、聞いてくださいまし、ヴィクトーリアさま。貴女が我が家に嫁いできてくださる日を、私も今か今かと楽しみにしておりますもの」
うっへ。
こちら側がいくら断っても、レーンクヴィスト家側にとっては、婚約話が未だ継続中ってことなのかよっ!
ダメだこりゃ。
やっぱり村を捨てて。
そして、家族を捨てて。
逃げ切るしか、方法がないってのかねぇ……?
『その前に、お前の生命がやべぇ。オットーの野郎、今丁度”裏ギルド”で、お前さんと家族の殺しを依頼しやがったぜ』
はぁ?
ちょっ、何でそうなってんのさ?
てゆか、全然訳分かんねぇんだけど?
『俺もそんなの知らねーよ! てか、どうする?』
っていきなり云われてもなぁ……どうしようか、シド?
うん、困ったね。
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