54.偉い人には口髭が似合う。
「ねぇ、クリス。<睡眠術>の効果時間ってさ、どのくらいまで保つんだっけ?」
「だいたい半日程度です。ただ、それはあくまでも最長で……の話ですが」
「……そっかー」
魔術による眠りは、術の効果が切れた瞬間にスパッと目が覚める。
まだこどもであるヴィクトーリアが宿屋から抜け出すために、最大のネックとなる”保護者の同意”を華麗にすっ飛ばし、強引に寝かしつけて来ちゃったツケを、どうやらここで支払わなくてはならないらしい。
「じぃじとばぁば、起きたら心配するだろうなぁ……」
「少なくとも、通るであろう言い訳を考えておかねば、ならないでしょうね……」
いや。そりゃあ、全てが終わった後に色々と取り調べとかで拘束されちゃうカモ?
ってのは、”俺”も覚悟はしていたけれどさ。
こちとらまだこどもなんだから、日が沈む頃にはおねむを理由にさっさと解放してくれるんじゃないかって。そんな、ちょっとだけ甘い考えでいたのは、まぁ確かだけど。
「てゆか、なんでわたし。今さ、こんなドレスを着せられちゃってるのカナ?」
レースのひらひらがふんだんに使われた薄桃色の上等な生地の端を摘まんで持ち上げてみせる。カーテシーっていうんだっけ、これ? うへぇ。何となくうろ覚えのままやってみたけれど、全然様になんねぇわ。ナチュラル平民の”俺”じゃ……
「……それを仰られるのでしたら、わたしなぞ、コルセットまで」
そんな苦笑いを浮かべるクリスことクリスティン=リーの後ろでは、今正に”蛮族”を”淑女”に変えるべく、彼女の背中に足をかけコルセットのヒモを強烈に締め上げ奮闘する家政婦の皆さんが。
あー、無理無理。
その程度の人数で、この人の筋肉と太めの骨格に勝てる訳なんか無いって。てゆか、最低でもその数の倍は連れてこい。今ここでクリスがくしゃみでもしたら、確実に全員吹っ飛ぶぞ。
「お嬢ちゃんたち、諦めな。元から”お貴族さま”ってなぁ、こんな奴らなんさ。自分たちの流儀を押し付けて来て『ほれ、お前らごときの稼ぎじゃ、一生着られないだろうかわいいおべべをお情けでくれてやったんだ。喜べ』ってな。そうほざきやがるのさっ!」
”大地の人”のアーダがつまらなそうに嘯く。
そんな彼女も、現在は下着のみの姿。横に分厚く、縦に短いこの亜人種に合うドレスが邸内のどこにも無いもんだから、現在急ピッチで仕立て直しが行われていたり。
……てゆかさ、寒くないのアーダ?
「ホント気の利かない奴らだよ。せめて暖を取るために、温めた酒の一杯でもくれないモンかねぇ?」
ちくしょう。ホントどこまでもブレねぇなこいつ。
……もう面倒臭ぇし、言うこと聞かせるためのこいつら専用の酒でも造っちまうか?
いや。そんなことしたら、こいつら絶対つけ上がる。なんせあの神様の眷属だ。碌なことにならねぇはず。
<本と知識の女神>たちは、なんだかんだで”俺”の方が迷惑のかけっぱなしで本当に申し訳無く思えるが<炎と鉄の神>はなぁ……そろそろ本気で殴りたい。てゆか、今じゃ<運命の神>よりも、殴りたい度は遙かに上だ。
こちらから神様へ連絡する手段が無いのが、本当にハラ立つ。奴ら、いっつも一方的なんだよなぁ。
◇◆◇
「<継承者>殿。此度の一件、お役目を果たせず、誠に……」
「うん。全然気にしなくていいよ、キング。てゆか、似合うね。凄く格好良い」
地球の感覚で云えば、キングこと王 泰雄は、黒目黒髪のいわゆる東洋人系カテゴリに含まれる容姿をしているが、顔の彫りはわりかし深い部類だ。
日本人だったら確実に噴飯モノでしかないそんな貴族風の装いも、長身で細身の彼ならば物凄く似合って見える。それこそ、彼が「実は俺、○○国の王子なんですよ」などと云ってきたら、一瞬信じてしまうくらいには。
「……で。なんでお爺さんたちはそのままなの?」
アウグストとグスタフの格好は、少なくとも旅の垢だけは落としたのだろうが、何故か宿屋を飛び出した時のみすぼらしい旅装のまま。この後の”辺境伯様”との面会に相応しくないだろうに、よくこの家の執事がその様な無礼を許したな?
「……入る服が無ぇんだとよ」
「ああ。そういうこと……」
肩や背中の開いたドレスならば、”大地の人”が着るにしてもまだ布を増やすことで何とかでっち上げることはできるが、流石に男性用の服を一から用意するのは辺境伯家の力を持ってしても無理があったか。まぁ、彼ら腕の太さだけでも人間種の軽く倍はあるもんなぁ……
ここで、単眼鏡をしたいかにもな執事さんが、辺境伯閣下との面会時においての注意事項の説明を。
平民如きが直奏は許されない……から始まり、絶対に目を合わせるな等……ってゆか猫かよ?
みたいな。そんなツッコミどころがありつつも、如何にもな面倒臭いモノを右から左へと聞き流す。
どうせ”俺”みたいなこどもは、この場では置物に過ぎないし。結局彼らのメインは今回の”功労者”であるクリスなのだから。
「『お主を召し抱えて遣わす』……くらいは、言ってくるカモね?」
「なんと。考えただけでおぞましい。わたしの”主”は、ご主人さまだけです」
一番解り易く手っ取り早く事情を伝えるためだったとはいえ、【音の精霊】を辺境伯様の前に見せちゃったのは、流石に不味かったかも知れない。
たぶん、彼らの目的はクリスではなく、サックスだ。
考えなくても、そりゃそうだよね。
侵入さえ出来てしまえば、敵対者の弱味となるであろう映像や音声を【音の精霊】は好き勝手に撮り放題だ。そんな夢の様な”魔導具”を欲するのは、周囲が全部敵と云っても過言ではない”お貴族さま”なら当然の話。
でなきゃ、子爵様を放置したままで、わざわざ時間を作って”こんな席”を辺境伯家が設ける訳がない。本来であれば、分家のやらかしは、嫌でも本家へと波及するのだから。それが封建社会では当たり前の話なのだし。
「……最悪、逃げてしまいますか?」
「そうだね、キング。一応、それも視野に。元々開拓村のことなんか、全部じぃじに任せてれば良かったんだし……」
ただ、すでに面の割れた”大地の人”たちをどうするかなぁ……?
それをした場合、”その後の彼ら”という懸念点がどうしても残ってしまうが、”俺”たちの身の安全を第一で考えるならば、やっぱり彼らは二の次だ。
『……でも、それでも』
なんて。どうしても割り切れない”わたし”が、”俺”の中にはいる訳で。
最悪、大地の人全員を引き連れ”西風王国”へと高飛びする方向も検討すべきなのかなぁ?
ああ、本当に面倒臭ぇ。
「皆の者、楽にせよ」
ひとり頭を抱えていたら、知らぬ間に豊かな口髭を蓄えた辺境伯閣下が目の前に。
よく見たら、その後ろにフィリップ卿の姿もある。たぶんこれ、辺境伯一家勢揃いって奴なのだろう。ますます危険だ。
大慌てでうろ覚えのカーテシーを。大丈夫、ヴィクトーリアはまだこどもだ。このくらいの無礼なら、まだお目こぼししてくれるさ。
ちらりと付近を探ると、ちゃんとアウグストたちも跪き頭を下げていた。
良かった。彼らも必要最低限の礼儀は守ってくれた様だ……後でそんなことを言ったら、怒られちゃうかも、だけど。
で、挨拶の後は、大凡”俺”が予想した通りの展開に。
ただ、その中で少しだけ予想から外れたのは、クリスを召し抱えようなどと辺境伯様の口から一切出てこず、サックスを寄越せって話。
「買い取ろう」ではなく、「寄越せ」ときやがったか……
情けない。いくら借金で首が回らないからって、どこまでケチなんだよ、辺境伯閣下。こんなのがウチの領主様なのかと思うと、ホント泣けてくる。年間の人頭税が、他の領より金貨一枚分高いのも納得だよ。
で。
もう一つの予想外……てか、害?
「ヴィクトーリアよ、喜べ。貴様は、我がレーンクヴィスト家が後ろ盾となってやろう。分家レーン子爵家の養子に入り、ゆくゆくは我が子、フィリップの許嫁となることを許そう」
「……はぁ?」
ざけンな。なんでそんな勝手な話が通ると思っていやがんだよっ!
なんだかすっげぇムカついてきたぞ。
自重、もうやめちゃおうかな……?
誤字脱字等ありましたら、ご指摘どうかよろしくお願いいたします。
評価、ブクマいただけたら大変嬉しいです。よろしくお願いします。




