51.領都ルーヌ
レーンクヴィスト辺境伯領の中心地であり、その中でも最大の都市でもある領都ルーヌは、この”デルラント王国”内でも数少ない城塞都市だ。
魔物が多く棲む魔の森を挟み、北はウォルテ王国が。東には最大の強国ゴールマン帝国との国境を面している”最前線”でもある以上、そこを治める貴族は正しく”兵”でなくてはならない。
その居を構える”領都”が、高く頑丈な石組みの壁に覆われた城塞になってしまったのも必然だと云える。
そういえば、幼馴染みでもあったあいつらと徒党【風の翼】を結成したのが、ここの冒険者互助会だったんだよな。
『あの頃、俺も若かった……』
なんて、今更”俺”も言うつもりねぇよ?
まぁ、結末だけで言ってしまえば、確かに”若気の至り”。そのものずばりだった訳だが。
”脳筋”アッセルと、その”腰巾着”タマーラが、あれからどうなったのか?
ってのにも、正直興味が湧いてこないし。
そう。”俺”は、もうこの世にいない人間なのだ。今更ここで詳細に穿り返してみた所で、誰も、何の益も得られない、そんなつまらない話でしかないのだ。
それに、【風の翼】の本拠地は、王都だった。
ここが徒党を結成した思い出の地であるのは間違いないが、そこから軽く10年以上の月日が経っている。
10年もの時間があれば、人間種なんてのは、性根が大きく”変質”してしまうものだ。その良い例が、集団の先頭に立つ”じぃじ”だろう。
全てが成り行きだったとはいえ、開拓村の村長となり、国から騎士爵の号を賜った彼は、悪い意味で変貌を遂げてしまった。
最近、自身の言動と行動を顧みた様で、多少マシにはなってきたのだが、一時期の”前村長の魂の双子”と呼ぶに相応しき醜い相貌を思い出しては、今でも背筋が凍る想いだ。
その娘の”マーマ”も、今じゃホント何考えてんのか、全然解らんしな。
最近のベタ甘母親ムーヴには、ほとほと……
その癖、なんか妙にこちらの内面から深く探ってくる様な、そんな鋭い視線を向けてきたり。一体何がしたいのか、対応に困るったら。
ただまぁ、”俺”にとってストレスが貯まる緊張のひとときでしかないけど、”わたし”にとっては、きっとずっと待ち望んできた時間だったんだろうね。
お陰で、途切れていた”ヴィクトーリア”との繋がりを、今は微かに感じられる様になってきた……気がする。
なのに、今回の”野暮用”のせいで、その待望の時間を断ってしまう結果になってしまったのを、”俺”は彼女に謝るしかない。本当にごめんよ、ヴィクトーリア。
”マーマ”も”ヴィクトーリア”の身が心配だったんだろうね。
日々戦場にも等しき治療院は、今も猫の手すら借りたいくらいに忙しいだろうに、そんな中わざわざ<回復術士>のオットーを今回の一行に付けてくれたんだもん。
ただ、このオットーって奴が……
「ご主人さま、わたしも注意いたしますが、なるだけ彼には背を向けない様にしてください。なにやら妙な視線を……」
「うん、分かってる。微妙に殺気の混じった、嫌な感じ」
あの日、ばぁばに連れられてマーマの治療院に転がり込むまで、”ヴィクトーリア”はオットーと面識が無かった……はず。
なのに、なんでだろうね、一体? 彼に怨まれる様な出来事って、何かあったかなぁ?
領都までの往き道の4日間(やっぱり時間が余分にかかった)を改めて振り返ってみるが、心当たりが何も無い。
毎度毎度、野獣魔獣の対処に追われ、集団の中央でばぁばと三人で震えてただけだ。
そんな中、ちょっとだけ小声の【呪歌】で、支援を試みてみたら……
「あんな時に、なに楽しそうに歌ってやがったんだっ! このガキぃっ!!」
なんて。全てが終わった後、彼から八つ当たり気味にそのことを咎められたくらいか?
彼は【呪歌】の存在自体知らないのだから、あれを不謹慎だろと断じられてしまっても、まぁその通りとしか言えないので、こればかりは仕方がない。
大人げないな。とは、ちょっと思ったけどさ。
だけど、さすがにその一件だけで、幼児に殺意を向けてしまう様になるまで怒りが発展していったのだとは……できれば、思いたくないなぁ。
「キングにも彼を注意する様、伝えておいてくれる? 必要以上に警戒する必要はないと思うけど、念のため」
「承知」
何だろうね? ただ、何故だかオットーがやらかしそうな嫌な予感が、ずっと。
(シド、あいつを警戒。張り付いて適時報告をよろしく)
我ながら、本当に臆病なことで。
なんて。たまにそんな自分に呆れたりもするけど、こればかりは性分だ。仕方ない。
保険、保険。そう軽く思っておこう。
それでなくとも、”ヴィクトーリア”や”大地の人”にとって、都会は怖いところなのだから。
◇◆◇
今回の”領都行”の一番の目標が、辺境伯との面会。
じぃじは一代限りの木っ端だとは云え、国から騎士爵号を賜った歴とした”貴族”の一員だ。正式な手順をちゃんと踏めば、”俺”たち平民とは違い、雲の上の存在との面談も可能のはず、なのだ。
その面会の場で、アウグストたち”大地の人”20名の開拓村への移住の話を伝え、正式な庇護を求める。
そうすれば、少なくともアウグストたちは辺境伯領の住人と認められるので、彼らを害する如何なる勢力とも正面を切って相対することができる様になるし、”辺境伯の後ろ盾”を謳っても、当然何のお咎めもない。
まぁ、その代わり一人頭年間金貨3枚相当の人頭税がかかってしまうのだが。
それだって、立派な”大地の人”の職人ならば、屁にもならん端金でしかない。ウチにとっては、かなり重い額なんだけど。
そのついでに、辺境伯様の御用商人へ顔つなぎをお願いして、”大地の人”の作品各種と、新しい村の特産品になるであろう”焼酎”と”消毒用アルコール”の売り込みをする。塩や雑貨の定期便の数を増やして貰うことができれば尚良しという、なんともまぁ我が儘な計画だ。
……ただ、この計画には、かなり重大な欠陥があるけれど。
「さて。辺境伯さまと面談が叶うのは、果たして何時になることやら……」
これだ。
辺境の村長に下賜される”騎士爵号”なんてのは、貴族から見て正式な騎士とは違い、平民にチョロッと毛が生えたくらいの、所詮”擬き”程度の認識でしかないのが現状だ。
簡単に言ってしまえば、公務の忙しい合間を縫ってまで、好んでそんなのと面会してくれる”働き者”は、さて。どれだけいるの? って話。
「宿代まですまんな、キングくん」
「いえいえ。我らにとって、これは”投資”の一環ですので。村長殿はお気になさらず」
それ、全額”俺”の【アイテムボックス】から出した金だけどね。言わんけど。
辺境伯閣下にその気が全く無かったら、返事は遅くとも4、5日といったところだろうか?
そんな閣下が、逆にお仕事熱心だったりしたら……さて。返事だけで、どれだけ待たされてしまうことやら。
「すまんが、村長。わしら、ちぃとばかし街へ繰り出そうかと思ぅとるが、よろしいかの?」
よろしくないに決まってンだろ、馬鹿野郎! ここは半分”敵地”だって、”俺”この前言ったよな、アウグスト?
「ああ、構わんよ。だが、”街”は恐ろしい。ちゃんと夜には戻ってくるんだぞ?」
あかーんっ! じぃじに”亜人差別”の思想が無いのだけが救いだけど、現状把握がこれっぽっちもできてねぇっ!!
「ほっ、こどもじゃあるめぇし。ちゃんと戻ってくるわいな。満足したら、な?」
「ほうじゃ、ほうじゃ。兄さん、姐さん行こうかの。酒場へっ!」
「まだこの国の酒の味なんてなぁ、あたしら誰も知らないからねぇ。美味いと良いんだけど」
じぃじの許可を得たと同時に、さっと部屋から出て行く”大地の人”ども。どれだけ待ち焦がれていやがったんだって。酒に。
「はぁ……キングおにいちゃん」
「……承知」
本当にすまないねぇ。さすがにこどもの”ヴィクトーリア”が、彼らに付き合う訳にいかないからさ。
本当に、こいつら大丈夫かよ?
ああ、マジで不安しかない。
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