50.道中の反省会。
「灰狼、左手からも3。気を付けて、おそらくそちらは”囮”ですっ!」
「はっ、はひぃっ!」
”俺”のせい……って言われたらその通りなんだけど、例の巨魔猪の影にビビりにビビりまくったヘンドリクの方針によって、微妙に街道から外れて移動しているもんだから、こうやって細かい魔物やら獣の襲撃をしばしば受けてしまっている様な気がする。
「がっはっはっはぁ! この辺りは獣が腹を空かせておるのか、活きが良くて大変よろしいっ!」
「カイの奴も連れてくりゃ良かったかねぇ? こいつらの毛質なら、わりかし上等なコートに仕立ててくれそうだよっ!」
「なんなら、何頭か土産に持って帰ろうかいのぉ、姐さん」
そんな事情も一切知らぬ、ばぁばと、アウグスト率いる”大地の人”たちは、「こんなものか」と思っているのだけが救いか?
アクティブ・ソナーの感では、35頭の群れと出たか……こりゃあ、ちょっとばかし数が多いな。
”ヴィクトーリア”はまだこども。こういう時は、無力を装わなきゃいけないところが辛いね。
こんな時、ばぁばに抱きかかえられながら、集団の中央で蹲って嵐が過ぎ去るのを待つしかない。
灰狼は分類上”魔物”の括りにあるが、実際のところ体内に魔石も無く、云ってしまえば”だだの大型の獣”に過ぎない。
当然、その習性は狼のそれであり、こういった”狩り”の場において、真っ先に標的にされるのは対象の群れの中にいる比較的弱い個体……ここで一番に当て嵌まるのは”ヴィクトーリア”だろう。
だから、灰狼たちは周囲の強者の壁を何としても突破して、柔らかい肉にありつきたい。その為に必死なのだ。
「ひいぃぃっ……くそっ、なにやってんだよ。はやくなんとかしてくれよぉっ!」
そんな彼らにとって、たぶん”次の標的”にあたるだろう<回復術士>のオットーなんか、みっともない悲鳴を挙げてガタガタ震えているモンだから、実際はこんな事態でも手伝える実力を持ってるのに、ただこうやって怯えるフリをして見ていることしかできない”俺”を、まるで責め立てている様に思えて余計に堪えるっていう。
硬直と乱戦の様相を呈してきたこの直中、キングこと王 泰雄が選択した【呪歌】は<空を割く紫電>……対象の行動速度を上げる強化付与曲か。完全に選択ミスだ。こりゃ、後で説教だな。
クリスことクリスティン=リーが、なぜ【呪歌】を使わず全体の指示役に徹しているのか。って、見て分からんのか。
村長の護衛として付いてきた3人は、ガタイが良くても中身はほぼ”ド素人”なんだぞ。そんなテンパった奴らに強化付与の曲を聴かせてみたところで、まず落ち着いての行動ができなきゃ話にならない以上、その強化幅だって高が知れている。
この場合一番に選択するのは、対象の精神を落ち着かせ冷静になれる<静謐の夜想曲>辺りか、それこそ弱体化付与の【呪歌】を率先して謳うべきだ。敵を弱らせちまえば、確実にその危険度を下げられるのだから。
(エル、アール、セントラル、サックス、マイク。姿を隠しながら<後悔の奏鳴曲>をお願い。あちらの気力を削いじゃえば、多分退いてくれると思うから)
これだけの大きな”群れ”ならば、それを率いるボスはそれなりに頭が回る奴のはず。もしかしたら特殊個体一歩手前にまで成長しているやも。そんな奴が、命の危険を感じるレベルの圧倒的な弱体付与を食らえば、どれだけ腹が減っていても諦めてくれるだろう。
クリキンのふたりに【呪歌】を教えていく内に、新たな曲を思い付いたり、さらには既存の【呪歌】の改良が進み、発動までに16小節もかかっていた大きな弱点も、今では8小節以内に発動するまでに短縮できている。その特性上、詠唱開始即発動っ! ……なんてのは、さすがに無理だけど。
目まぐるしく状況が移り変わる戦場を不得手としていた<歌手>にとって、素早く対応ができる様になったこの”強化”は、大いなる福音と云えるだろう。
こうやってリカバリーが容易になったのは、将来<歌手>として食っていくつもりの”俺”にとっても本当にありがたい。この技術が”世界”に拡がってくれれば、<雅楽の女神>さまも喜んでくれるかなぁ……?
そういや、”前世の俺”が天界に還った時、あの女神顔を出さなかったな……最近、本来”俺”と直接の関わりが無いはずの神さまばっか相手してたモンだから、逆に恋しくなってきたぞ。
こちらから逢いに行く手段が無いのが残念だ。
だからこそ、一方的に枕元にやってくる<戦と武器の神>とか<炎と鉄の神>が。ホント、もうね……今度こそ枕元に立ちやがったら、全力で殴り掛かってやろう。絶対に。
「やった! 奴ら逃げていくぞ」
「まだ気を抜かないで。気配が無くなるまでこのまま」
……アクティブ・ソナーに、範囲内の魔物の感は無し。どうやら当面の脅威は去ったみたいだ。
「じゃが、血の臭いは隠しようが無い以上、夜営場所を移すしかあるまい。かあさんや。すまぬがヴィーを……」
「あいよ、おとうさん。ごめんよ、ヴィー。頑張って、もうちょっと起きていようね?」
「うん。だいじょうぶだよ、ばぁば」
情けないけど、どこまでも足手纏いでしかないんだよなぁ、今の”俺”ってば。こればかりは仕方がないんだけど。
さっきの【音の精霊】たちですら、本来は反則なんだから……やっぱり、”わたし”は自重していかなくちゃね。
◇◆◇
「さて。んじゃ、今からさっきの反省会をしよっか?」
「やはり先程のアレは<継承者>殿の……」
「たしか、<後悔の奏鳴曲>でしたか。気力減退とは、ああなってしまうのですね」
やはりクリキンのふたりには、ただ単に楽譜を手渡すだけでなく、一度全部の【呪歌】を歌わせた上で、自分たちでその効果を体感させなきゃならないんじゃないかなって、今更ながらに思う。
前村長の次男の一件で発覚した旧<生命の賛歌>の明確な欠陥とか、その問題点をよりマイルドになる様に改善した新しいバージョンの<生命の賛歌>の違いとか……それを口で説明してみたところで、凡そ全体の理解は不可能だろうし、
『この曲を聴かせた場合、対象がどうなってしまうのか?』
これを個別に把握させてやらねば、全てを伝えたということにはやはりならないのだろう。
ああ、そうそう。旧バージョンの奴は<暴食の哀歌>って名前に変えた。その上で、曲の中身を従前よりも飢餓状態を加速させ、攻撃性、凶暴性がマシマシになる様に変更を加えてたり。
「【呪歌】の発動ってのは、魔術による強化付与、弱体付与とは違って、どうしても時間がかかる。だから状況把握とその選択。というのは、<歌手>として生死を分ける明確な差にも繋がってくる。今回キングが選んだアレ、完全に悪手だったね」
”俺”の言葉で、キングが解り易く項垂れた。その理由に直ぐ様気が付いたらしい。
「クリスが指示役に徹していた以上、一曲だけになる強化付与は、メンバーの力量から考えても微妙だよ。だったらあの場合、弱体付与の曲を選択する方がよりベターだったかな」
基本的に強化、弱体の術というものは、きっと明確な数字上の話で語れるものではないのだろうが、それでも”俺”の体感だとやっぱり”%の効果”だと思う。
強化術をかけるのなら、やっぱり元が強い人の方が上げ幅は大きいに決まっているし、元が弱ければ当然その幅も微妙になってくる。さらに云えば、元が弱過ぎると身体が底上げした効果に耐えられないのだ。
もし仮に、あの時クリスも詠唱に加わって二重奏になっていたのだとしても、あの選曲ではやはり悪手だったと断じるべきだろう。
「そういえば、ふたりは銀級なんだっけ? こちらの階級に当て嵌めると、丁度B級上位に該当するのかな。なら、場数を多く踏んでいるんだろうし、これからはちゃんと考えていかなきゃね。とくに【クリスタル・キング】は、二人組なんだからさ」
【徒党面子】が多くなっていけば、そういった細かなミスもきっと誰かがフォローしてくれるのだろうが、彼らみたいな二人組の場合だと、どちらかのミスがそのまま致命傷へと繋がっていく可能性は、どうしても否定できない。
【呪歌】は強力で凶悪な技能だ。
でも、その強力で凶悪な権能は、他に仲間があってこそのモノでしかないのだ。
『数は力だ』
なんて。散々、他人に裏切られ続け”他人なんか頼らない”って言い続けてきた”俺”が、ここにきてようやく編み出し手に入れた手段こそがソレなのだから、この皮肉に笑うしかないのだけど。
────ああチキショウ。今すぐ<運命の神>を殴りたい。それこそ、力の限り全力で。めいっぱいに音高く。
これが逆恨みなんだと云われれば、正しくその通り。でも、これが”俺”の今の心境だ。
誤字脱字等ありましたら、ご指摘どうかよろしくお願いいたします。
評価、ブクマいただけたら大変嬉しいです。よろしくお願いします。




