5.おお ゆうしゃよ しんでしまうとは なさけない
「はーい。ヨハ、ネス……だったっけ? クン、お疲れちゃ~ん」
コイツの気の抜けた声を耳にするのは、これで何度目になるのか。
正直に言ってしまえば、俺にとってコイツはただの”疫病神”だ。
一応は、この世界のあらゆる”因果”を管理しているという、とても偉い神様らしいのだが。
それこそ自分は、光の至高神でもある<創世神(全能神)>の”別側面”なのだ……と巫山戯た事をほざいていやがったか。
「……てめぇ、本当に何も干渉してはいねぇんだよな?」
流石に俺も馬鹿じゃない……と、思いたい。
いくら何でも、転生のたび転生のたび、どれもこれも毎回毎回碌な目に遭やしない。
特に転生一回目から”信じてた人からの裏切り”なんて嫌な”強制イベント”が、ほぼ毎回起こっていやがるのだ。
確かに、きっかけは俺の『やらかし』から端を発して……なのだけれど、それが毎度綺麗に死までのルート一直線ってのは、如何なものか、って話。
これが全部偶然でしたーとか、納得できる訳ないよな。普通に考えて。
当然、真っ先に疑うべくは、俺をずっと”観察”して愉悦しんでいる此奴だろう。
ましてや、こいつは自称”運命の神”なのだから。
状況証拠だけで言えば、こいつ以上に真っ黒な容疑者は、他に存在しないのだ。
「モチロン。何度も言うけれど、”人間観察”はボクの趣味なんだよ? わざわざ”因果律”を弄くってまで、ソレに傾倒なんかしないさ」
「ホントかよ。後ろに控える”天使”達は、どうやら違う意見の様だが?」
”運命の神”の後ろに立つ三人の天使達を、俺がそれぞれジロりと睨んでやれば、顔を真っ青にして勢いよく首を左右にブンブンと振った。
「はははっ、ワロス」
「……てめぇも、いっぺん俺の【呪歌】に酔いしれてみるか? ”大空魔竜”とかってぇご大層な二つ名の付いた<古代竜>さんは、俺の美声に感動してそのまま気持ち良ぉく逝きやがったみたいだぜ?」
死んで天界に戻ってくれば、その<古代竜>の魂とご対面……みたいな展開もあるかもな。
なんて予想までしていたのだが、どうやらアテが外れてしまったらしい。
そういう”仲間イベント”こそ、本来ならあって然るべきだろうが。全くもう。
「ちょっと待って。キミの創り出した【呪歌】は、人が持つにはあまりに過ぎた”技術”だよ。それこそ、下手をしなくてもその”権能”は、神の命にすら届き得る恐ろしいモノなんだ。だから、冗談でももうそんな怖いこと言っちゃダメなんだからね?」
「……へいへい」
……それは良いことを聞いた。何れ隙を見て実行してやるとしよう。
だが、それをやるタイミングは今じゃない。
うしろの天使さん達は、涙目になって未だずっと首をブンブンしているけれど。
その時は当然、君達も一緒くたに巻き添えなんだがな。特定の人間のみを対象に【呪歌】を当てるのって、できねぇことはないがとても面倒臭いのだ。嫌だったら離れてろって、な。
「まぁそれは置いといて……まさかあそこで皆をひと思いに殺っちゃわないとは、全然思わなかったよ」
あの時、俺は<女神達の子守歌>が発動するまでの4分間を、歌い上げることはできなかった。
”元恋人”が、俺の【呪歌】を止めたのだ。
ミーナの今にも溢れ出してしまいそうな濡れた瞳が、俺の”覚悟”を鈍らせた────
『皆殺し』
とまで宣言したのに。結局、俺は最期まで”お甘い”人間だったって訳さ。
「ま。でも、予め決めていた”勝利条件”に関して言えば、ほぼ達成したから良いだろ?」
<竜殺しの剣>を筆頭に、あのバカ野郎と、その護衛の騎士達に貸与した武具だけはほぼ全部を回収してやったのだから、まぁそれで良しだ。
「でも、キミの”元”徒党面子に貸し出してたアレ達は良かったの? あちらは特に”神代”の頃の、ヤバげな奴だったでしょ?」
ああ。
確かにミーナに貸し出してた錫杖<聖女の祈り>に、アッセルに貸し出した重盾<炎の大盾>と片刃剣<風神牙>に、タマーラの魔導弓<光の大弩弓>は、どれもが神話級上位にあたる、人が持つには”過ぎた代物”だ。
俺の”奇襲”が未遂に終わってしまった時のもしもの為の保険には、あのくらいの武具で最低限だったのだから、これはもう仕方が無い。
だが……
「だから、逆に構わんのさ。アレは人が持つにはあまりに過ぎた”権能”だ。所持している。ただそれだけで人の世では、大きな禍を呼び込む”呪い”になってしまう程に……な」
ヴィルヘルミナならまぁ大丈夫だろうが、アッセルとタマーラは……あいつらの性格を考えれば、多分ダメだろう。
周囲に自慢しまくって、盛大に”自爆”する未来しか見えないほどに。
良くて、寄って集っての身ぐるみ剥がされての急転落。
悪けりゃ、その場で無残な死体へと成り果てる……そんなんじゃないかな。
ああ、さっさと売っ払ってしまうかも。
って可能性も辛うじてあるか。
その時は、足下を見られ安く買い叩かれるか、もしくは騙されてそのまま奪われるか──だろうけれど。
だから俺は、口を酸っぱくして言い続けたんだ。
『モノの”価値”はしっかり知っておけ。”目利き”は常に鍛えておけ。それがお前の”最後まで付き合ってくれる武器”になるのだから』
と。
……ま、今更だな。
逆に今思えば、こんな口煩い人間が近くにずっといたせいで、あいつらがああなったのかも知れないし。
でも反省はしない。
「……相変わらず、お優しいのか、はたまた外道なのか。本当に判断に困ることを言うよね、キミって」
「ほっとけ」
少なくとも、俺はコイツが言う様な”外道”ではではない。そのはず……だ。
「それと、ずっと疑問だったんだけれどさ。今回ボクがあげた【ギフト】、1回も使わなかったよね? アレを使っていれば、あんなの簡単に”処理”できたんじゃないの?」
ああ。
表現は酷いが、今回の”転生ガチャ”で得た【多重思考】を使えば、確かにあの程度、訳は無かっただろう。
【呪歌】の詠唱に集中したまま、回避も、攻撃も、変化をし続ける”戦場”の状況を逐一把握し、【音の精霊】達への指示も、さらには”伏兵”の存在に対しても直ぐ様反応できただろうし……
だが、それもこれもその【ギフト】を自在に使いこなせていればの話でしかない訳で。
「無理言うんじゃねぇっ! 人の脳味噌なんてなぁ、そんな優れた処理能力も、速度も、端っから持っちゃいねぇんだよっ!」
だから、俺は今世でこの【ギフト】の使用を、端から”断念”していたのだ。
いくら”訓練”をしても、発動と同時に身動き一つ取れなくなってしまうほどの頭痛のせいで、俺は最後まで一度たりとも使わなかったのだ。
これを使いこなせてさえいれば、確かに簡単に切り抜けられたのだろうけれど。
「……ごめん。人間種の貧弱過ぎるオツムには、流石に無理があったみたいだ。その【ギフト】」
「良いさ。だが、せめて一発だけは殴らせろ。力の限り全力で。めいっぱいに音高く」
漫画みたいな”並列思考”ですらまともに出来なかったところを見ると、人間の”脳の処理速度”なんってなぁ、そこまで優れてはいない様で。
せめて瞬間だけでも使えねば、今回の結果は大ハズレもいいとこなのだ。
「痛いのは嫌だから、全力で拒否するよ。その代わり、今回は2回引いて良いから、それで赦して」
「……てかさ、ソレを扱える脳味噌にしてくれるとかってーのは?」
普通に考えれば、まずそこじゃね?
「ごめん。やっぱ【多重思考】自体無し。だって、考えてみたらコレを使うって事は、使った分だけ”人格が無限に増える”って可能性にも繋がってくるんだわ。だから危険なのでナシ」
「……やっぱ、1回全力で殴らせろ。力の限り全力で。めいっぱいに音高く」
握力には自信があるぜ。
豚人程度なら、素手で殺れるくらいには。
「だから、ごめんって」
ざけンな畜生。
何で死んでまで、神様とくだらない漫才しなきゃなんねーんだよ……
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