44.さけ サケ 酒 リカー
「ぃよぉっ! 元気にやっとるかぁっ?!」
────あのぉ、どちらさまでございましょうか?
「ほ? ワシを知らぬと申すか……あーあー、すまんの。いつも眼鏡の小娘どもがお主のことを楽しそうに話すせいで、勝手にお主のことを昔馴染みかの様に錯覚しとったわい……<炎と鉄の神>と云えば、お主にも馴染み深かろうて」
っ! あー、はいはい。よく存じております。てか、”鍛冶”を司る神様が、一体俺に何のご用で?
「確かに、ワシは鍛冶の神でもあるが、妖精族の一種にすぎなかった”大地の人”を受肉させた神でもあっての……と云えば、察しの悪いお主でも、自ずと解るのではないかの?」
……蒸留器?
「そうだっ! あれは良いっ!! あれを使って、是非に地球の酒をこの世界で”再現”してくれんかいのっ?!」
待って。ちょっと待って。アレはあくまでも医療用途目的っ! てか、まだ図面を引いただけで作ってもいねぇよって。なんで大地の人がすぐそっち方面にへと暴走する理由が、今になって漸く解ったよ。神様が原因なんだな。
「そら、創造主の性質に引っ張られていくのは、仕方なかろうて?」
くそ、嫌な話を聞いちまったな。これから大地の人を見る眼が、ちょっとだけ変わってしまうくらいには。
「”神”とは端からそんなモンだ。ワシらに幻想を抱くだけ損だぞ、諦めろぃ」
────へいへい。で、なんでそこまで必死なの? 一応”神酒”ってのが、この世界にも存在するだろうに。
「そいつは、偶然の産物でしかないのだ。”嗜好品”如きのために権能を振るうは、神理に反するからの。欲しくてもやる訳にはいかぬ」
……だからって、その嗜好品欲しさに強引に人の夢枕に立ってまでせびってくるってのは、これも充分に神理に反する行為と云えるのでは? てか、自然発酵ならモロに<魔法と自然法則の女神>の領分でしょうに。まずはそっちに仰って下さいな。
「……奴らは酒精を嗜まぬからのぉ。呑むと思考を鈍らせるとか、そんなつまらんことをほざきよるわい」
まぁ、あの女神さまたちなら確かにそう言いそうだな、とは思いますが。てか、どちらかと云うと、俺もそちら側の人間ですね。今までお酒が美味しいって思ったことが……
「なんとっ? お主、それは人生の大半を損しとるぞっ?! 今からでも遅くはない、酒を呑めぃ。そうすれば難しい悩みなんぞ、全部ぱーっと吹っ飛ぶわいなっ」
幼児に酒を勧めるんじゃねーよ、馬鹿ちんが。悩みを吹っ飛ばすって、それ、ただ単に現実逃避してるだけじゃねーのかよっ!
「がははは。そも、忘却とは決して悪徳でないのだぞ。お主ら”人間種”は寿命が短いというに、総じてそんな無駄な時間に人生を割く悪癖がある様だのぉ。大地の人は、乳児の頃から離乳食代わりに酒の絞りカスを喰っとるのに……ま、今その話はええわいな。蒸留器はワシが幾らでもこさえてやるから、お主は地球の酒を”再現”せい」
────蒸留器をどうやって作るかで悩んでたから、その申し出は本当にありがたいけど。でも良いのか? 再現するにしても、すぐは呑めねぇぞ? 確か蒸留してから10年、20年木の樽で寝かせるとか……って聞いたし。
「時間をお主が気にする必要はない。樽もこちらで用意してやるで、お主は”再現”だけしてくれりゃあええ」
道具を全部用意できるんだったら、神様ひとりで全部やれよ。どうせ”俺の魂”から直接地球の知識を視たんだろ? なんでこんなまわりくどい……
「だから、神理というモノが……ええいっ、グダグダ言わんとやらんかいっ! そうだの、例の”太刀”の駄賃と思って、やれっ!」
うへぇ、やっぱりあれ、アンタ作かよっ! あんな危ねぇ”妖刀”なんかいらねーよっ! てか、そもそもこのナリじゃ、あんなデカ過ぎんの使えねぇって、最初から分かれよっ!!
「……”妖刀”か。ふむ。どうやら斬れ味を求め過ぎたあまり、少し良くない”雑念”が混じってしもうた様だの。解った、今度こそちゃんとした”神剣”として、気合いを入れ打ち直してやるわいな。だから────」
だから、やめてくれっての! そんな絶対表に出せねぇ様なヤバそうなの打たないでぇっ!! やるからっ! ちゃんとブランデーにウィスキー、ついでに穀物焼酎も各種作るからぁっ!
「分かればええんじゃ。んっとに、聞き分けの無い事をグダグダと……神の”好意”は素直に受け取らんかい」
……もう何も言うまい。最初から、俺が気を付けていれば良いんだ……もう二度とやらかしはしない、ぞっと。
「ええな。ワシも急かしはせんが、ちゃんと”履行”せぇよ?」
◇◆◇
……ああクソ。全然寝た気がしねぇや。
人の夢見にまで強引に割り込んで、色々と無茶な要求してきやがるんだから神様って奴ぁ、人の都合なんざお構い無しだ。
<本と知識の女神>も、<魔法と自然法則の女神>も、言ってしまえば、さっきの奴と同類だ。
精神年齢だけで云えば、確かに200歳は軽く越える”俺”だけど、肉体の方は、数え5つの幼児なのだ。この時期の人間なんて、当然「寝て、喰う」ことこそが一番の”仕事”になる。その”仕事”の邪魔を平然としやがるのが神様って奴らなのだ。
”娘”の健全な成長を妨げる様な”悪”は、”俺”がいずれ殴ってやる。それこそ、力の限り全力で。めいっぱいに音高く。
”俺”は女だろうが、一度敵と認定したら容赦無く殴れちゃうんだぜ? てか、今の俺も同じ女性なんだし。文句はねぇよな?
……しかし、あの”妖刀”は、やっぱり<炎と鉄の神>の仕業だったのかぁ。
これからは下手に<本と知識の女神>に要らん知識を植え付けん方が良いな。知った、認識した途端、あんニャロ、実践・検証しようとしやがる。危なっかしいったら。
それの何が問題かって、何故か【アイテムボックス】と神界が直接繋がってるってことだ。あの女神さまがちょっと何かを思い付いたら、そこからやり取りをさせられるんだぜ? これからそれもあり得るって考えただけで、なんかもう恐くなってこねぇ?
”俺”は、<雅楽の女神>さまの”使徒”なのであって、<本と知識の女神>でも<炎と鉄の神>の使徒になった憶えも、これっぽっちもないんだけどなぁ……
まぁ、”マーマ”と治療院のことを思えば、鍛冶の神様の申し出自体は、大変ありがたかったのは確かだ。
地球の酒の”再現”、ねぇ?
一応この世界にも”蒸留”の概念は、すでにあるっぽい。実際ブランデーやらサクランボ酒に近い酒は、俺の【アイテムボックス】の中にも入ってるし。主に製菓用途で仕入れてみた奴だけど。でも、やっぱり元の醸造技術自体がダメなのか、香りが弱すぎて結局一度も使ってない。
目録を喚び出してみたら、すでに俺が設計した通り──ああ、でも縮尺が全然違ってたわ──の”蒸留器”が何機も入っていたのを確認して戦慄。どんだけ酒が欲しいんだよ、アイツ。
……うへぇ、樽も凄い数入ってるよ。もしかして、ひとりでバレル単位の酒を作れって言うのか? さすが神様。無茶言いやがる。
しかし蒸留器を変えてみたところで元の酒の出来自体お察しレベルなのだから、本当に神様が求める様な蒸留酒に仕上がってくれるのか疑問。
まぁ、俺が呑む訳じゃないし、やるだけやってみるとするか。
元々消毒用アルコールは必要なんだし。
……なんか、当初の目的とかなりズレてきている気がしなくもないんだけど。
ま、良いかぁ。
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