4.もう”自重”は必要ねぇ。
「ゆけっ! 何としても奴の息の根を止めるのだっ!!」
しかし、化けの皮が剥がれた悪役ってなぁ、何でこうも一様に同じ台詞を吐きやがるのかねぇ。
まぁ、それは良いか……できれば、俺の腹がいっぱいになるまで待っていて欲しかったのだが。
たぶん、もう二度とこの味にはありつくことができないのだから。
……仕方無ぇ。
「てめぇら”盗人”如きに、簡単にくれてやれる首じゃあ、ねぇんだよっ!」
毒入り鍋を引っ掴み、盗人の首魁の方へと、それを力を込め思いっきりブン投げる。
おー。
【鑑定】の結果では、あの中には強力な麻痺毒が大量に含まれている……んだとさ。
少量でも摂取したら、呼吸さえ困難になるレベルの神経毒だとか。恐ろしいねぇ。
もしかしてアレを用意したのは、野伏タマーラかな……
あいつの”趣味”だけは、本当に理解できない。する気も無いが。
「うぎゃぁああああああああ!」
「「「ぼっちゃまっ!」」」
だったら、熱々のこんなのを浴びちまったら……結構楽しい事になりそうだな。
沸き上がる悲鳴が大変心地良い。ざまぁって奴だ。
毒鍋を投げた勢いと混乱を利用し、俺は”囲い”から抜け出すと同時に、護衛どもへと投擲用細短剣を次々に投げ付ける。
腰に吊した片手剣は、神話級の、確かに結構な価値とそれ以上の権能を持っちゃあいるが、ソレを扱う人間の技量が、それこそ一般人に比べりゃちょっとだけマシ。
その程度しか持ち合わせていないので、正に宝の持ち腐れだな。
当然、そんなのに命を預けられる様な自惚れも、度胸も。俺の中には、端っから無い。
だったら、後はもう”物量”に頼るしか、残された手段は無い訳で。
「ああ、本当に【アイテムボックス】様々だよっ! 自分で投げる必要すら、ねぇんだからな!!」
下手な鉄砲も数打ちゃ当たる。
ド下手で貧相な刃でだって、そりゃあそれが”弾幕”レベルにもなれば、たとえ金属鎧の集団相手であっても、それなりの効果はある。
地球で生きてきた頃の”記憶”のお陰で、こんなアホな戦術すら実行できちまうとか。
ゲートオブなんちゃら……ってな。
なんていうか、本当に……
ある意味、この状況を楽しんでるよな、俺。
てか、最早”自重”の必要なぞこれっぽっちも無いのだから、そりゃ後は今出せる”全力”を楽しむしか無いのだけれど。
「っく、絶対に逃がすなっ! もう一度奴を囲い、魔法で追い込むのだっ!!」
……流石。
雇い主こそは腐りきった性根をしていやがったが、腐ってもやはり相手は”騎士”だ。
あっさりと混乱から立ち直ってみせた練度とその覚悟には、本当に見事としか言い様が無い。
……まぁ、元々が”大空魔竜”なんて、絶望的、圧倒的な相手を想定して組まれた集団なのだから当然っちゃ、当然か。
その練度にも驚いたが、人員の充実ぶりもヤバい。
たとえ誰かが重度の火傷と、ひとたび喰らえば生死を彷徨うレベルでの猛毒に陥ったとしても、直ぐ様それを癒やす技量を持つ<回復術士>を複数飼っているのだから。
まぁ、”戦闘集団”を運営している以上、当たり前の話なのだろうけれど。
んで、こちらが飛び道具で応戦してくるなら、そりゃ相手も飛び道具を使ってくるかぁ。
不規則に飛んでくる魔法が結構ウザい。
ただまぁ、飛んでくる炎の矢の数が少ないところを見るに、あちら側にいる<魔導士>の数がそんなにないのだけが救いか。
でも、本当にもうね。
それら全部を一人で相手にするのかと思うと、ただひたすらに『面倒臭い』。
この一言しかない。
ゲームでよくあるボス戦で、特に嫌われるパターンってのから、今回のケースで当て嵌めてみると……
・雑魚の無限湧き。
・無駄に固いだけの奴。
・ボス自体特に強くもないが、何度も何度も回復してくる。
・周囲の雑魚がとにかく厄介な攻撃をしてくる。
こんな感じか。
……ああ、無限には湧いてこねぇか。
すぐさま回復されているっぽいから、そんな風に感じるだけだったわ。
……てか、俺の”下手な豆鉄砲”なんかじゃ、数があんま減らせないのなら、もう他の手段で全部をいっぺんに片付けちまうしかないよな。
「不味い。とうとうアイツら出しやがった……」
”脳筋”アッセルの声に、絶望が混じる。
……ああ、そうだ。
そうやって少しでも俺を畏れ、敵対したことを後悔しろ。
「ようやく出して来おったか。さぁ、ヨハネスよ。そいつを我によこせっ! 世に無二のそれを扱うは、我こそが相応しい!」
俺の”切り札”でもある9体の【音の精霊】達を見て、カスペル卿が何か寝言をほざいてやがるが、無視だ無視。
俺を裏切りやがった対価、今からきっちりと請求してやるからな……
◇◆◇
それを耳にして、快、不快を理解できる程度の知能が対象に備わってさえいれば、その効果は必中。
そして、同じ曲を重ねれば重ねただけ、その影響力は倍々へと膨れあがっていくというエグい特性を持つ【呪歌】という特殊技能。
その絶対的な”力”を、こいつらも先刻思い知ったばかりだ。
あの上位竜の、しかも<特殊個体>の無傷での単独撃破を、俺はしてのけたのだから。
(ドレミ、ファ、ソラは俺と一緒に<女神達の子守歌>。エル、アールは俺達に<戦慄の行進曲>を。シド、セントラル、マイク、サックスは<後悔の奏鳴曲>だっ!)
だが、そんな結果だけを見れば、まるで対処法が無い様に思える”最強の力”の【呪歌】であっても、実はどうしようもない明確な弱点が存在する。
まず対象に、これは曲だなと認識させなければ、そもそも絶対に効果が現れない点。
その為には、効果の軽い曲で最低でも16小節以上を。
そして、かの”大空魔竜”を葬った<死神達の葬送曲>にもなると、全体で10分以上にもなる曲のほぼ全部を聴かせねばならない。
<女神達の子守歌>は、死に至る怪我を負ったとしても曲が流れている間、対象は絶対に目覚めることのない眠りに誘う歌。これの効果が現れてくるまでの約4分間、途切れることなく歌い続けねばならない。
<戦慄の行進曲>は、対象の反応速度を底上げする強化付与系の曲だ。
これの効果が現れるには最低16小節は歌う必要がある。
<後悔の奏鳴曲>は、対象の気力というか、”意識”を落とす弱体付与系の曲だ。
それが四重奏にもなれば、鎧の重さが5倍以上にも感じてしまうだろう。
これも最低16小節以上聴かせねばならない。
そして歌なのだから当然の話なのだが、歌い続けていなければ効果は続かない。
まぁ、強化付与、弱体付与曲たちの効果が現れる前の約1分前後の攻防こそが、生死の分かれ目って奴か。
当然、凡そこの様な”多対一”の乱戦時において、発動にまで時間がかかる【呪歌】は、まともに使える技術だとは、正直言い難い。
……だから良いのだ。
俺はすでに、今世を諦めている。
今やってることは、いわゆる”嫌がらせ”の一環でしかないのだ。
我ながら……
『なんとも性格のお悪いことで』
と思わなくもないのだが。
だけれど、そもそも最初から最後までムカついてしまったのだから、これはもう仕方が無い。
一応挙げてみるが、俺の”勝利条件”は……
・完勝……<女神達の子守歌>が発動するまでの約4分間、どうにかして逃げ切る。
・勝ち……奴らに貸与した全ての武器の奪還と、裏切った仲間達への報復。
・辛勝……出回るとちょっとヤバい武器の回収。
……ってところか。
それ以外はもう全部”負け”で良いや。
まぁ、あのカスペル卿への”嫌がらせ”に関しては、ある意味もう達成している訳だし。
”大空魔竜”の骸は、俺の【アイテムボックス】の中だからな。
”荷物持ち”を名乗る上で必要な”前提技能”の1つでもある収納魔法<次元倉庫>と、俺の持つ【アイテムボックス】との”差”は、能力者の死亡時に明確に出る。
<次元倉庫>の能力者が死亡した際、そいつが魔法空間に保管していた全ての”荷物”が、その場に飛び出てしまうのだが、そういやこれを「アイテムドロップw」などとアホなことを抜かす品の無い輩もいたな。
なんつーか、ホント情けないったら。
対して俺の【アイテムボックス】は、たとえ俺が死んだとしも、俺がそうと望まねば中身は欠片も出て来ることはなく、全部来世の俺のモノになる。
だから、ここで俺を殺せたとしても、奴らは世に<竜殺し>の名乗りを挙げることは絶対にできないし、今回の旅路の全てが、文字通り無駄骨になるのだ。
その根拠でもある”大空魔竜”の骸と”戦利品”の数々は、全て俺の【ギフト】の中に在るのだから。
俺にアレの収納を命じた時点で、クソ野郎さまが地団駄を踏む結末はすでに決まっていたのだ。ははっ、ざまぁ。
悲壮な顔で遮二無二になってこっちに突っ込んで来るアッセル、タマーラの顔を見て、俺は妙に心が軽くなった様な気がした。
誤字脱字等ありましたら、ご指摘どうかよろしくお願いいたします。
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